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澱み
十九
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四千を失い六千となった天狼隊は、曙光が差すのと同時に駆けだした。
「ちっ」早々に悪態をついた。
華陽攻略に全集中を傾けていた、趙と魏に陣形が変わっている。依然として魏軍が華陽を攻め掛けているのに変わりはないが、趙軍の大分が後方から迫る天狼隊への迎撃態勢を示している。中軍・左翼・右翼。その総ての陣形が華陽から背を向ける格好なのである。
「迎え撃つ」
賈偃は沈着に指揮刀を振るった。六千に九万余りの兵力を投じるのだ。端から見れば恥も外聞もない。ただ此処で確実に白起を潰しておきたかった。例え後に秦の本隊が到着しようと、総指揮官である白起が不在であれば、十全の力を引き出すことはできない。何より白起を討つことは、未来に起こるであろう、厄災を防ぐことに繋がる。
「放て‼」
驟雨の如く矢が放たれる。だが天狼隊は速い。矢の着地点を遥か後方として、風を味方に駆けてくる。地に突き刺さる無数の矢。この四日間、嫌気が刺すほどに、化け物じみた騎馬隊の動きを肌で感じてきている。矢を躱すことぐらいおり込み済みだ。
「磨り潰せ」
両翼が孤を描くように、中央に向かって駆けてくる天狼隊へ向かう。
(大軍で包み込み退路を断つ)
「なっ」
眼を疑った。天狼隊は反転することなく、縦一直線に伸びて加速する。
(馬鹿な。捨て身か)
長く伸びた陣形ほど横の衝撃に弱い。まして、敵の大軍が横撃を仕掛けようとしているのだ。愚策もいい所だ。
(決死の覚悟か)
白起は中軍に構える、己の首だけを狙っている。故に防禦を捨て、極限に攻撃力を高めた飛矢の如き陣形で決着をつける気なのだ。
「見事な覚悟だ。白起よ。いいだろう。受けて立ってやる」
敵でありながら、白起の才覚と勇気には畏敬の念さえ覚える。多勢に無勢でありながら、白起の首を奪れば、己にとって軍人として何ものにも変え難い名誉となるだろう。
「第一陣!来るぞ!衝撃に備えよ!白起を懐に潜りこませるな!」
両翼の包囲を掻い潜り、戦塵を散らし、騎馬隊が猛烈な速度で駆けてくる。
高揚で躰が熱を帯びる。戦塵から覗く白い気配。賈偃が居るのは第四陣。彼等が己の首を奪るには、四つもの分厚い壁を破る必要がある。
衝撃派。大地が揺れる。前方の第二陣まで撓むのが分かる。
敵、味方入れ乱れる乱戦の様相。蝟集する歩兵に囲まれ、馬の脚が止まる。
(無駄だ。白起。一陣二万からなる肉壁を破り、俺まで達することはできない)
賈偃は己の凡庸さを理解している。故にどのような情況であっても、冷静さを欠かない。だが今は違った。稀代の英傑の首を前に、抑え難い衝動が体躯を駆け巡っている。
「俺も出る」
旗本の五千を率いて、戦車を駆けさせた。
(白起の首は、俺が自ら奪る)
「ちっ」早々に悪態をついた。
華陽攻略に全集中を傾けていた、趙と魏に陣形が変わっている。依然として魏軍が華陽を攻め掛けているのに変わりはないが、趙軍の大分が後方から迫る天狼隊への迎撃態勢を示している。中軍・左翼・右翼。その総ての陣形が華陽から背を向ける格好なのである。
「迎え撃つ」
賈偃は沈着に指揮刀を振るった。六千に九万余りの兵力を投じるのだ。端から見れば恥も外聞もない。ただ此処で確実に白起を潰しておきたかった。例え後に秦の本隊が到着しようと、総指揮官である白起が不在であれば、十全の力を引き出すことはできない。何より白起を討つことは、未来に起こるであろう、厄災を防ぐことに繋がる。
「放て‼」
驟雨の如く矢が放たれる。だが天狼隊は速い。矢の着地点を遥か後方として、風を味方に駆けてくる。地に突き刺さる無数の矢。この四日間、嫌気が刺すほどに、化け物じみた騎馬隊の動きを肌で感じてきている。矢を躱すことぐらいおり込み済みだ。
「磨り潰せ」
両翼が孤を描くように、中央に向かって駆けてくる天狼隊へ向かう。
(大軍で包み込み退路を断つ)
「なっ」
眼を疑った。天狼隊は反転することなく、縦一直線に伸びて加速する。
(馬鹿な。捨て身か)
長く伸びた陣形ほど横の衝撃に弱い。まして、敵の大軍が横撃を仕掛けようとしているのだ。愚策もいい所だ。
(決死の覚悟か)
白起は中軍に構える、己の首だけを狙っている。故に防禦を捨て、極限に攻撃力を高めた飛矢の如き陣形で決着をつける気なのだ。
「見事な覚悟だ。白起よ。いいだろう。受けて立ってやる」
敵でありながら、白起の才覚と勇気には畏敬の念さえ覚える。多勢に無勢でありながら、白起の首を奪れば、己にとって軍人として何ものにも変え難い名誉となるだろう。
「第一陣!来るぞ!衝撃に備えよ!白起を懐に潜りこませるな!」
両翼の包囲を掻い潜り、戦塵を散らし、騎馬隊が猛烈な速度で駆けてくる。
高揚で躰が熱を帯びる。戦塵から覗く白い気配。賈偃が居るのは第四陣。彼等が己の首を奪るには、四つもの分厚い壁を破る必要がある。
衝撃派。大地が揺れる。前方の第二陣まで撓むのが分かる。
敵、味方入れ乱れる乱戦の様相。蝟集する歩兵に囲まれ、馬の脚が止まる。
(無駄だ。白起。一陣二万からなる肉壁を破り、俺まで達することはできない)
賈偃は己の凡庸さを理解している。故にどのような情況であっても、冷静さを欠かない。だが今は違った。稀代の英傑の首を前に、抑え難い衝動が体躯を駆け巡っている。
「俺も出る」
旗本の五千を率いて、戦車を駆けさせた。
(白起の首は、俺が自ら奪る)
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