白狼 白起伝

松井暁彦

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澱み

 十五

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 翌日。払暁と共に全軍を投入し、華陽を陥としにかかる。流石に華陽を守る韓兵も後手に回り始め、防御が薄い箇所が出始めている。

間隔にばらつきはあるものの雲梯が城壁に掛けられていく。犠牲は相当なものだった。既に二万は討ち取られているだろう。本来籠城を決意した敵に、攻め手が直情径行に猛撃を仕掛けるのは愚かなことだ。だが策を選んでいられない情況まで来ている。

賈偃は戦車の上で斃れゆく同胞から眼を背けることなく、ぐっと胃から込み上げてくる苦いものを嚥下えんげした。その時、爪先から旋毛つむじまで悪寒が這うのを感じた。

(何だ。この嫌な感覚は)
 背後を振り返る。陽が煌々と照り、強烈な光線が地上へと降り注いでいる。光の反射から逃れようと眼をすがめる。光線の間隙に立ち込める陽炎。地平線の果てまで、灼熱の大地が続いている。

「ん?」
 刹那。陽炎の中に煌めく何かが見えた。二度、三度。小さな点としか捉えられないが、確かに輝いている。

「あれはー」
 陽炎が消え去った。現れたのは紅塵こうじん

「敵襲‼」
 最後尾に配置した将校の声が響き亘る。
 大地を震わす馬蹄の響き。射光を受けて翻るは天狼の旗。

「馬鹿な」
 賈偃の指示より早く鉦が鳴る。弾かれたように指揮刀を振るう。

「迎撃用意‼」
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