白狼 白起伝

松井暁彦

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澱み

 十三

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 趙・魏の合従軍は兵の損失を懼れず、果敢に華陽を攻め込んでいた。だが、城郭は堅牢であり、容易に陥とすことは叶わない。華陽一帯を密に包囲し兵站は断っているので、立ち枯れていくのを待てば良いものだが、趙軍総大将賈偃かえん。魏軍総大将芒卯ぼうぼう共に急いていた。

理由としては、やはり後方から迫る秦軍の存在だろう。そして、彼等の強迫観念を一層強めるのは、やはり軍神白起の存在。今やこの長大な中国で白起を懼れぬ者などいない。秦の援軍を含めても合従軍の数が優勢とはいえ、白起一人の名は五万の兵圧にも相当する。

賈偃、芒卯両名が兵士の士気の低下を危惧し、包囲戦を急くのは、むべなるかなである。だが、合従軍が何も策を講じていない訳ではない。華陽から東二百里の山岳地帯に、五万の兵を埋伏している。率いるのは趙の名将廉頗。
 
背後から奇襲を仕掛け白起を討ち取ることが叶えば御の字であるし、でなくとも数日の間、秦軍の足を止めることができれば成果はある。埋伏を含めて幾つかの仕掛けの用意はしているが、此方の戦況が動かなくては意味がない。衝車等も出し惜しみすることなく投入し続けているが、城壁から放たれる矢の雨に阻まれ続けている。
 
賈偃が知る情報では秦軍が穣を出発して三日が経っている。胸算用では秦軍の到達は速くても後四日。其処に廉頗の横槍が入れば、数日は伸ばせるだろう。長くても一月以内で蹴りをつけてしまいたい。秦軍が華陽に布陣すれば、此方としても秦軍に対して兵力を割かなくてはならない。
 
 だがそれから二日経過しても戦況に変化は生じなかった。城郭に籠もる韓兵の鋭気は依然として高く、手痛い反撃を食らわせてくる。軍備、食糧共にまだ余力がある証拠だ。趙軍の陣営に、魏総大将の芒卯を呼んだ。
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