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王星
十七
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上党から陣を引き払う前に、白起は魏翦を連れて帰還した。大幕舎には既に王齕と胡傷が控えている。従者が素早い動きで、上座の位置に胡床を置く。
「総帥。あの御方は?」
従者は幕の前に控える、薄汚れた麻の服を纏う魏翦を見遣る。
「見ての通り客人ではない。立たせておけ」
「では」恭しい会釈し、魏翦を横目に従者は幕舎から出ていく。
王齕と胡傷も突如連れてきた得体の知れない少年に戸惑いながらも、胡床に腰を落ち着かせる。
「首尾の方は?」
「魏は三県を譲渡する共に和平を請いました」
胡傷が報告する。
「大梁を陥とすまでには至らなかったか。此度の遠征は吝嗇の秦王が兵糧を渋ったせいで限りがあった。まぁ、この辺りが落としどころという所だろうな。で、魏冄の容態は?」
控える魏翦が立派な双肩を揺らした。
「疲労により寝込んでおられるようですが今の所、命には別条はないと王騎の遣いの者が申しておりました」
ふっと息をつく。魏冄が死んでは元も子もない。
「あのー。殿。そろそろ説明して抱けませんか?」
胡傷と王齕の眼が魏翦へ向いた。
「こいつは魏冄の落とし子だ」
「は?」
あけすけに告げる白起に、二人は丸くなった眼を向ける。
「時に王齕」
「はぁ」
「お前妻帯はしていたな」
「まぁ、一応」
明らかに訝しんでいる様子で王齕は答える。
「子は?」
「娘が一人」
「この餓鬼をお前の養子とする」
「はぁ!?」
王齕は鼻の孔さえも丸くする。
「ちょっと待ってください!彼は魏冄殿のご子息なのでしょう?」
「俺と魏冄は知っての通り、秦王に煙たがられる。此度の遠征とて、魏冄を総大将として担ぎ上げたのは魏冄の権勢を懼れたからだ。あわよくば陣中死でもしてくれと、あの馬鹿は考えたのだろう」
「魏冄殿はご子息の存在を?」
胡傷が訊いた。
「知らない。奴は自身に胤がないものと思い込んでいるからな。落とし子がいるなど露ほども思っていないだろう」
「彼を魏冄殿の息子として、父君の元へ置いてやるというのは危険ということですね」
得心したように胡傷は頷く。一方、傍らの王齕はわなわなと唇を震わせ狼狽している。
「何故、私なのですか!?私には荷が重すぎます。魏冄殿のご子息ですよ!?とてもじゃないが私には!?」
白起はにやりと不敵に笑む。
「上官として頼んでいるのではない。友として頼んでいる」
「これは断れんな。王齕」
胡傷も同調して意地の悪い笑みを浮かべている。
「横暴な。そ、そうだ。彼の気持ちはどうなのです!?」
助けを求めるように見遣った、魏翦は面を下げている。
「異論はないな?」
白起の口調は有無とも言わせない圧がある。
「俺はー。元より父の顔も声も知りません。だから、戸籍上、誰が父であろうが、俺には関係ない。でも聞かせて欲しい。総帥殿は何故、俺を探し出し此処へ連れてきたのか。まさか、俺と生き別れた親父をわざわざ引き合わせる為ではないでしょう?」
父の面影は僅かだ。だが射貫くような勁い視線は、若き頃の魏冄に似ている。
「総帥。あの御方は?」
従者は幕の前に控える、薄汚れた麻の服を纏う魏翦を見遣る。
「見ての通り客人ではない。立たせておけ」
「では」恭しい会釈し、魏翦を横目に従者は幕舎から出ていく。
王齕と胡傷も突如連れてきた得体の知れない少年に戸惑いながらも、胡床に腰を落ち着かせる。
「首尾の方は?」
「魏は三県を譲渡する共に和平を請いました」
胡傷が報告する。
「大梁を陥とすまでには至らなかったか。此度の遠征は吝嗇の秦王が兵糧を渋ったせいで限りがあった。まぁ、この辺りが落としどころという所だろうな。で、魏冄の容態は?」
控える魏翦が立派な双肩を揺らした。
「疲労により寝込んでおられるようですが今の所、命には別条はないと王騎の遣いの者が申しておりました」
ふっと息をつく。魏冄が死んでは元も子もない。
「あのー。殿。そろそろ説明して抱けませんか?」
胡傷と王齕の眼が魏翦へ向いた。
「こいつは魏冄の落とし子だ」
「は?」
あけすけに告げる白起に、二人は丸くなった眼を向ける。
「時に王齕」
「はぁ」
「お前妻帯はしていたな」
「まぁ、一応」
明らかに訝しんでいる様子で王齕は答える。
「子は?」
「娘が一人」
「この餓鬼をお前の養子とする」
「はぁ!?」
王齕は鼻の孔さえも丸くする。
「ちょっと待ってください!彼は魏冄殿のご子息なのでしょう?」
「俺と魏冄は知っての通り、秦王に煙たがられる。此度の遠征とて、魏冄を総大将として担ぎ上げたのは魏冄の権勢を懼れたからだ。あわよくば陣中死でもしてくれと、あの馬鹿は考えたのだろう」
「魏冄殿はご子息の存在を?」
胡傷が訊いた。
「知らない。奴は自身に胤がないものと思い込んでいるからな。落とし子がいるなど露ほども思っていないだろう」
「彼を魏冄殿の息子として、父君の元へ置いてやるというのは危険ということですね」
得心したように胡傷は頷く。一方、傍らの王齕はわなわなと唇を震わせ狼狽している。
「何故、私なのですか!?私には荷が重すぎます。魏冄殿のご子息ですよ!?とてもじゃないが私には!?」
白起はにやりと不敵に笑む。
「上官として頼んでいるのではない。友として頼んでいる」
「これは断れんな。王齕」
胡傷も同調して意地の悪い笑みを浮かべている。
「横暴な。そ、そうだ。彼の気持ちはどうなのです!?」
助けを求めるように見遣った、魏翦は面を下げている。
「異論はないな?」
白起の口調は有無とも言わせない圧がある。
「俺はー。元より父の顔も声も知りません。だから、戸籍上、誰が父であろうが、俺には関係ない。でも聞かせて欲しい。総帥殿は何故、俺を探し出し此処へ連れてきたのか。まさか、俺と生き別れた親父をわざわざ引き合わせる為ではないでしょう?」
父の面影は僅かだ。だが射貫くような勁い視線は、若き頃の魏冄に似ている。
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