白狼 白起伝

松井暁彦

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光輝の兆し

 六

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 楚都である郢に向けて、白起は十五万を率いて進軍した。内訳は三万が騎兵。内十二万が歩兵にあたる。馬の繁殖は順調だった。白起は将軍を拝命した頃より、馬の繁殖に血道けつどうを上げていた。馬の繁殖能力は、
他の哺乳類に比べて著しく低い。犬や猫などと違って、一度に子を孕めるのはたったの一頭のみである。馬匹を安定させるには、相当な年数と軍費が掛ったが、それでも常時三万の軍馬を配備できるまでに安定化した。

理想は十万を超える騎馬隊であった。数がものをいう訳ではないが、やはり馬の移動は速い。行軍速度が上がれば、作戦の幅が広がり敵の意表を衝く動きも可能になる。研磨され続けてきた軍略とてきの機動力が合されば、最強の軍隊が創成できるはずだ。

 十五万の大軍勢は船団で咸陽の南に流れる漢水を渡河とがした。漢水の支流一帯では、気候の変動が激しい。冬には一帯は乾燥が著しく支流は断流することもあるという。今は春。幸い陽気も穏やかで気候の変動も見られなかった。

 渡河を終え、南に延びた漢水の分水嶺に至る頃、突如として眼前に雲霞うんかの如し軍勢が姿を現した。白起軍の行軍は疾風はやてのような速さで進み続けていた。本来ならば、楚は漢水を秦が渡り終えるまでに迎撃を仕掛けたかったはずだ。

 戦時において速さは最も尊ぶべき技の一つである。神速ともいえる行軍速度の恩恵で楚軍に不利な情況で戦に引き摺りこむことができる。数百里南へと進めば、郢が拠る江水こうすいにあたる。江水を沿うように東進すれば、数百里圏内に郢がある。敵勢は浮足立っていた。斥候の知らせでは、八万ほどである。

(第一陣というところか)

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