白狼 白起伝

合従軍戦 弐

十一

　臨淄が落ちた今頃、各国は陣を退き払う準備に取り掛かっている頃合いだろう。淖歯率いる楚軍は、泰山を睨む位置まで東進していた。当初の手筈では、楚軍は薛を陥落させた後、泰山までの道を拓いた上で陣を退き払うことになっている。既に斉の西は合従軍の手の内にある。

王都が落ちた今、斉の西では民が蜂起する可能性は低い。後は兵站線を確実に確保できる、燕が虫の息である斉を追い込む手筈である。

　淖歯は馬上でほくそ笑んだ。燕軍だけが残った臨淄。陣の退き払いと合わせて、楚軍が北進し臨淄に襲い掛かる。魏―。というより宰相である孟嘗君との盟約を結んでいた。臨淄を始め斉西の領土を与える代わりに約従に背き、斉の与国となる。盟約の条件としては悪くなかった。斉西を領土に組み込むことができれば、尾羽打ち枯らした楚の国力の回復が見込める。更には斉の都であった臨淄が約従に背くだけで手に入るのだ。

王都には湣王がせっせと蓄えた財宝が眠り、後宮には何千という美女がいる。楽毅は英雄面をして、美女達を手厚く保護しているようだった。馬鹿な男だと思う。義心など犬にでも食わせればいい。臨淄を押さえれば、全てが淖歯の思いのままになる。かつては斉王自らから、斉の相国の印綬を賜った。故に国庫の備蓄、後宮の美女の数を知悉している。霊峰泰山の裾野で野営とし、欣喜雀躍きんきじゃくやくしながら幕舎へと入った。