白狼 白起伝

松井暁彦

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合従軍戦 弐

 五

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憮然ぶぜんとしているな」
 傍らに並んだのは孟嘗君。視えもしない先を見遣り、それとらしく、峻厳な表情を浮かべているのが余計に腹正しい。

「何が麒麟児だ」
 吐き捨てるように言った。

「ああ。その実わしもお前と同じ化け物かもしれん」

「斉を生かす為に、斉の兵士や無辜の民を犠牲にするのだな。お前はもう俺に道理は説けない」

「分かっているさ。わしは斉の民より祖国の存続を選んだ。この業はわしの小さな双肩には背負いきれないほど大きなものだ」

「お前の狡猾さは俺以上だ。とうが立てばというほどものでもない。生来からあんたの内にある昏い闇だ」

「闇か。わしは飾るだけの偽善者だったのかもしれん。善人として着飾っている分、表裏一体のお前より遥かに邪悪な存在だ」
 孟嘗君は大河が運ぶ水飛沫を含んだ風を頬に受けながら無表情で呟いた。

「お前は人の精気が視えるという。ならばお前の精気は一条の光も射すことのない漆黒の黒なのだろうな」
 孟嘗君が瞬いた。そして白起を半呼吸の間見つめ、自嘲するように薄く笑んだ。

「どうだろうな。わしには己の精気が視えない」
 天頂に至る陽に孟嘗君は掌を翳す。強い日差しを受け、光が透過し血管を浮き彫りにする。

「いや違うな。視えないのではない。わしの精気は純然たる黒なのだ。精気は視界に覆いかぶさる虚無と同化していたに過ぎないのか」
 翳した掌を収め強く握りしめる。

「なるほど。だからこそ俺はお前を脅威に感じるのだな。己の対極にいる存在だからこそ」
 孟嘗君は微苦笑を浮かべる。彼が白起に対する敵愾心はない。だが何がどう交わっても、二人は相剋そうこくする存在なのだと肌で感じる。

「業に灼かれて死ね」

「その時が来れば死んでやるさ。だが今はまだその時ではない」
 戦の喧騒が近くなる。腰に佩いた愛剣の銀牙ぎんがは主の凪いだ心に応えるように、鞘の中でしんと鎮まり返っていた。
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