白狼 白起伝

松井暁彦

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合従軍戦

 九

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 戦果としては上々。だが、合従軍を指揮している孟嘗君も、それほど悠長には構えていられないはずだ。兵糧の問題。更には、斉の領土は燕に虎視眈々と狙われている。直ぐに腰を据えた戦へと転化するだろう。
 
 読み通り、二日目から合従軍は猛撃を繰り出してきた。間断なく壁に梯子が掛けられ、関門を衝車が襲う。
 
 十日目。猛撃に晒され、兵士達にも疲弊が窺える。やはり、敵には圧倒的な数の利がある。兵士達の手が間に合わなくなっている。まだ、敵の侵入を許してはいないが、魏冄の内にもゆとりが無くなってきている。
 
 それから数か月小康状態しょうこうじょうたいが続いた。合従軍の糧道の太さは魏冄の想像を超えていた。連中はどんと腰を構えている。

 あと一年でも二年でも戦い抜くことはできるのだぞ。という気魄がもろに伝わってくる。兵士達の士気は下がっている。合従軍に宋も加わり、集中した疲弊を避ける為に、五か国が日替わりで前軍を務め、波状攻撃を仕掛けて来る。

 打って変わって、秦軍に他国からの援軍の見込みはなく、独力での戦が強制される。秦兵達は蛆の如く湧き出てくる、合従軍の兵力を前に、心が挫けかけていた。

 更に悪いことに、臆病な嬴稷は咸陽に過剰な兵数を置いている。もし函谷関が陥落すれば、合従軍は都邑を蹂躙しながら咸陽へと驀進ばくしんするだろう。咸陽に置いている軍は十万とも謂われ、いわば秦王を守るだけの軍勢ともいえる。

 孟嘗君が合従軍を興した今、秦そのものが滅亡の危機にある。本来ならば、その十万も函谷関に送るべきなのだがー。情けのないことに、嬴稷は祖国の存亡の危機より、己の身の安全を第一としている。

(魏冄は相当にやり切れないだろうな)

 白起の読みでは、保って数か月。孟嘗君が肚を据えてきている以上、敵が立ち枯れるのを待つ訳にはいかない。気魄はこけおどしではない。恐らく二年、三年。函谷関の前に布陣するだけの国力が斉にある。

(このままでは秦は敗けるな)
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