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孟嘗君
十五
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休む間もなく隠し通路を駆け続け、一行は出口に辿り着いた。青銅の蓋に土が盛られており、力任せに持ち上げ外界へ飛び出ると、其処からは咸陽が一望できた。隠し通路は咸陽から約二里は離れた丘の頂上に繋がっていた。見上げた夜空の闇は未だ深い。
突如、咸陽の方角から砂煙が上がって来るのが見えた。砂塵は迷うことなく、此方に向かってくる。
「何か来る」
驚いたことに盲目の男は近づいてくる、一隊の気配を敏感に感じ取っていた。
「分かるのか?」
孟嘗君は固く頷くと、食客が彼を囲った。
丘を駆け上がり、一隊は白起の前で停止した。
「隊長」
王齕が颯爽と馬から下馬する。九人の少年兵。そして他に引き連れているのは、十一頭の引き馬だった。孟嘗君を守る、食客達が瞬きする。
「安心しろ。俺の麾下だ」
「孟嘗君。我々が責任を持って、函谷関まで御連れ致します」
王齕は慇懃に告げると、皆を馬へと促した。
「俺は此処までだ」
「礼を言うべきかな。いや、君が望むべきものを知った今、やめておこう」
「礼などいらない。生きて帰れ。そして、あんたが停滞の口火を切れ」
孟嘗君と視線を交わす。彼の色を失くした瞳孔が、収縮を繰り返す。まるで白起の姿が捉えているようだった。
孟嘗君は視線を薙ぐと馬に跨った。そして、再び白起に眼を向ける。
「孤独なる白き狼よ。奇妙なことに、戦を望む君からは人としてあるべきはずの卑しさがない。だが、其れは褒められたことではない。本来、人として持つべきもの君は持ち合わせていないのだから。君は躊躇なく人を殺せる。たとえ善人であったとしても」
「だったら?」
「俺は恐ろしい。いずれ、君が何十万という人々の命を、躊躇なく奪い去るのではないかと」
孟嘗君の馬が嘶いた。
「必要とあれば、迷わずそうする」
眼の前に何十万という無辜の民の屍が転がる。想い描いても白起の心は凪いでいた。
「君は異端だよ。何故、天が俺と君を引き合わせたのか理解できた気がする。君が刃を振るう時、俺が全力で止める」
「俺の邪魔をするなら、斬り捨てるまでだ」
孟嘗君は眼許に、哀々とした皺を刻んだ。
「天は君に無限の才を与えたが、人としての本質を奪った。哀しい生き方だな。白起よ」
西の空から流れ吹く、白さを纏った風が孟嘗君の外衣をはためかせる。
「さらばだ。白起」
少年兵達に先導されながら、孟嘗君達が地平線の彼方へと消えていく。
不思議な男だった。何処か白起の存在を否定しながらも、獣として生まれ落ちた己に同情の念を抱いていた。
盲目の男。白濁した眼は何を捉えていたのだろうか。皮肉にも敵でありながら、誰よりも白起の生涯に寄り沿い同情していた。異国にはあのような茫洋とした男もいるのだと、彗星が流れる空を仰ぎ、静かに思った。
突如、咸陽の方角から砂煙が上がって来るのが見えた。砂塵は迷うことなく、此方に向かってくる。
「何か来る」
驚いたことに盲目の男は近づいてくる、一隊の気配を敏感に感じ取っていた。
「分かるのか?」
孟嘗君は固く頷くと、食客が彼を囲った。
丘を駆け上がり、一隊は白起の前で停止した。
「隊長」
王齕が颯爽と馬から下馬する。九人の少年兵。そして他に引き連れているのは、十一頭の引き馬だった。孟嘗君を守る、食客達が瞬きする。
「安心しろ。俺の麾下だ」
「孟嘗君。我々が責任を持って、函谷関まで御連れ致します」
王齕は慇懃に告げると、皆を馬へと促した。
「俺は此処までだ」
「礼を言うべきかな。いや、君が望むべきものを知った今、やめておこう」
「礼などいらない。生きて帰れ。そして、あんたが停滞の口火を切れ」
孟嘗君と視線を交わす。彼の色を失くした瞳孔が、収縮を繰り返す。まるで白起の姿が捉えているようだった。
孟嘗君は視線を薙ぐと馬に跨った。そして、再び白起に眼を向ける。
「孤独なる白き狼よ。奇妙なことに、戦を望む君からは人としてあるべきはずの卑しさがない。だが、其れは褒められたことではない。本来、人として持つべきもの君は持ち合わせていないのだから。君は躊躇なく人を殺せる。たとえ善人であったとしても」
「だったら?」
「俺は恐ろしい。いずれ、君が何十万という人々の命を、躊躇なく奪い去るのではないかと」
孟嘗君の馬が嘶いた。
「必要とあれば、迷わずそうする」
眼の前に何十万という無辜の民の屍が転がる。想い描いても白起の心は凪いでいた。
「君は異端だよ。何故、天が俺と君を引き合わせたのか理解できた気がする。君が刃を振るう時、俺が全力で止める」
「俺の邪魔をするなら、斬り捨てるまでだ」
孟嘗君は眼許に、哀々とした皺を刻んだ。
「天は君に無限の才を与えたが、人としての本質を奪った。哀しい生き方だな。白起よ」
西の空から流れ吹く、白さを纏った風が孟嘗君の外衣をはためかせる。
「さらばだ。白起」
少年兵達に先導されながら、孟嘗君達が地平線の彼方へと消えていく。
不思議な男だった。何処か白起の存在を否定しながらも、獣として生まれ落ちた己に同情の念を抱いていた。
盲目の男。白濁した眼は何を捉えていたのだろうか。皮肉にも敵でありながら、誰よりも白起の生涯に寄り沿い同情していた。異国にはあのような茫洋とした男もいるのだと、彗星が流れる空を仰ぎ、静かに思った。
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