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反撃
八
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戻ってきた少女は、手拭いを握りしめていた。それを水に浸し、硬く絞ると、白起の顔に付いた、血を丁寧に拭う。
「何なの。お前」
「私、北から送られた人質なんです」
「北?」
少女は白起と視線を合わせた。手が止まる。
「貴方が白起様ですね」
「だったら」
「私の名は柚蘭。義渠王の娘の一人です」
時が止まったかのように、二人の時が静止した。暫しの間、二人は見つめ合う。
「漢名か」
沈黙を破ったのは、白起だった。
「本当の名は?」
柚蘭は哀しみを湛えた、微笑を浮かべた。
「私は親に捨てられてました。だから、その時に本当の名を捨てたのです。柚蘭という姓名は旦那様から頂戴しました」
「魏冄がお前のような小娘に、感興をそそられるとは、奴の趣味も変わったようだな」
白起は冷たく言い放つと、彼女の手の中にある、手拭いを奪い取り、頬に付いた血を拭った。
「私はあなたに、謝罪しなくてはなりません」
無感動な眼を眇める、白起。対して、柚蘭は純粋な光を宿す、眸を潤ませている。
「何故?」
「あなたの御両親はー」
「やめろ。お前が謝った所で何にもならない。両親が戻ってくる訳でもない。それに、お前が俺に謝る道理はない」
柚蘭は堪え切れずに、とうとう大粒の涙を流し始めた。
「それでもー。私達の氏族が、幼いあなたから何もかも奪い去った」
柚蘭の涙で輝く眸は、白起の内にある、空虚を見据えていた。
「お前が俺に謝るのが道理ならば、俺は何千という者達に八つ裂きにされるだろう。それほどに人を斬ってきた」
「あなたの手が血に染まったのはー」
白起は鞘から剣を抜き放った。柚蘭は突如、抜き放たれた刃に、驚き身を固くしている。
それでも、この少女には、今ここで己に斬られても、仕方ないと思える、諦念と覚悟が備わっている。
「この剣を振るう意味を掴み始めている」
白起は遠い眼で、刃に武王の姿を映した。
「えっ?」
「ただ殺戮の為に、振るい続けてきた剣が、意味を持ち始めている。きっと、それは義渠の奴隷となり、あの人と出逢っていなければ、気付けなかったことだ」
白起は剣を鞘に納めると、柚蘭の手に、紅色に染まった手拭いを握らせた。
「つまらない業に縛られるな。お前は己の役目を果たせ」
「役目?」
柚蘭は涙を拭い、去り行く白起の背に尋ねた。
「魏冄の子を産めってことだよ」
陽にほどよく焼けた顔に、赤みが差す。
「じゃあな」
見送る前に、見えた白起の横顔は、気のせいか少し微笑んでいた気がした。
「何なの。お前」
「私、北から送られた人質なんです」
「北?」
少女は白起と視線を合わせた。手が止まる。
「貴方が白起様ですね」
「だったら」
「私の名は柚蘭。義渠王の娘の一人です」
時が止まったかのように、二人の時が静止した。暫しの間、二人は見つめ合う。
「漢名か」
沈黙を破ったのは、白起だった。
「本当の名は?」
柚蘭は哀しみを湛えた、微笑を浮かべた。
「私は親に捨てられてました。だから、その時に本当の名を捨てたのです。柚蘭という姓名は旦那様から頂戴しました」
「魏冄がお前のような小娘に、感興をそそられるとは、奴の趣味も変わったようだな」
白起は冷たく言い放つと、彼女の手の中にある、手拭いを奪い取り、頬に付いた血を拭った。
「私はあなたに、謝罪しなくてはなりません」
無感動な眼を眇める、白起。対して、柚蘭は純粋な光を宿す、眸を潤ませている。
「何故?」
「あなたの御両親はー」
「やめろ。お前が謝った所で何にもならない。両親が戻ってくる訳でもない。それに、お前が俺に謝る道理はない」
柚蘭は堪え切れずに、とうとう大粒の涙を流し始めた。
「それでもー。私達の氏族が、幼いあなたから何もかも奪い去った」
柚蘭の涙で輝く眸は、白起の内にある、空虚を見据えていた。
「お前が俺に謝るのが道理ならば、俺は何千という者達に八つ裂きにされるだろう。それほどに人を斬ってきた」
「あなたの手が血に染まったのはー」
白起は鞘から剣を抜き放った。柚蘭は突如、抜き放たれた刃に、驚き身を固くしている。
それでも、この少女には、今ここで己に斬られても、仕方ないと思える、諦念と覚悟が備わっている。
「この剣を振るう意味を掴み始めている」
白起は遠い眼で、刃に武王の姿を映した。
「えっ?」
「ただ殺戮の為に、振るい続けてきた剣が、意味を持ち始めている。きっと、それは義渠の奴隷となり、あの人と出逢っていなければ、気付けなかったことだ」
白起は剣を鞘に納めると、柚蘭の手に、紅色に染まった手拭いを握らせた。
「つまらない業に縛られるな。お前は己の役目を果たせ」
「役目?」
柚蘭は涙を拭い、去り行く白起の背に尋ねた。
「魏冄の子を産めってことだよ」
陽にほどよく焼けた顔に、赤みが差す。
「じゃあな」
見送る前に、見えた白起の横顔は、気のせいか少し微笑んでいた気がした。
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