白狼 白起伝

松井暁彦

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 その名は起

 九

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「王の兄弟達よ!俺に続け!」
 剣を抜き放った。吶喊が続く。力士達、少年兵が得物を抜き放ち、敵の包囲へと斬りかかった。四肢を刃が斬りつける。構うものか。己の中で、憤怒の赤気と憎悪の黒気が逆巻いている。

「やめろ‼白‼大王様の死を無駄にするな‼」
 魏冄の声。意識の深くには届かない。迸る激情が壁を作る。
 
 血に塗れていた。裏切り者の喉笛を裂く。それでも足りない。喉を奥深く突き刺し、首を断つ。
 殺す。殺す。殺し尽くしてやる。剣が哭いている。
 血風乱舞する。拓けた道。銀の祖双眼が捉える。
 背を向け、逃げる小男。馬の肚を蹴った。追いすがる。

「ひぃ」
 小男を囲む、四人の騎兵。

「邪魔だ‼」
 二合ぶつかる。

「行け!兄弟‼」 
 王齕が追い付き、二人を斬り殺した。
 
 白は牙を剥き出し、刃を薙いだ。血を浴びる。恐怖に染まる、呂礼のかんばせ。剣を振り上げる。
 刹那。蟀谷こめかみに強い衝撃を受けた。同時に視界が一面の空を捉えた。蒼い空が黒に染まる。

「白起。其れがお前の名だ」
 王の声が空から降り注いだ気がした。同時に意識は、混沌へと堕ちて行った。


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