白狼 白起伝

松井暁彦

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白という少年

 七

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 東宮で再び強制的な湯浴みを受けた後、白銀の鎧と灰色の軍袍と鎧を手渡された。使用人の手を借り、其れらを纏う。

「俺の身辺を預かり受けるのだ。多少は身なりに頓着してもらなくては困る」
 品定めするように、白銀の具足を纏った白の姿をつらつらと眺めると、嬴蕩は莞爾かんじとして笑った。

「うん。悪くないぞ。様になっている」

「動き辛いぞ」
 遊牧民は戦場では主に革の鎧―。戎衣じゅういを纏う。之を胡服こふくと呼ぶ。防御力こそ鉄の鎧には劣るが、革の鎧に方が騎乗する馬への負担が軽減される。遊牧民の戦で枢要なのは、何よりも速さなのである。また、細かな違いを述べれば中原諸国では、袖の長い上衣の下に、ゆったりと幅のあるはかまを合わせる。対して、胡服は袖の短い筒袖の短衣に、ずぼんを合わせる。裳は鞍上での動きを妨げる。故に、定住を好まない遊牧民族は簡素な造りの胡服を用いる。

「その鎧は特別だ。革の鎧と比べても、そう重量は変わらんように作らせてある。それに造りは胡服のそれと同じにしてある。お前用に大急ぎで造らせたものだ。文句を言うな」
 言われてみれば、少し窮屈さを覚えるだけで、重量としては、それほど変わりはないかもしれない。

 次に居室に通された。居室には香の馥郁ふくいくとした香りが漂い、所狭しと竹簡の山が幾つも出来上がっている

「字の読み書きは?」
 嬴蕩は竹簡の山を掻き分け、何かを探しながら訊いた。

「奴隷ができると」

「そりゃそうか」
 ははと馬鹿笑いし、「あった。これこれ」と騒々しく差し出したのは、銀色の鞘の収まった立派な剣であった。鞘には銀色の装飾。そして、柄には一片の曇りもない水晶があしらわれ、柄頭には狼の頭を象った装飾が。

「これはー」
 受け取った手が震えていた。鞘越しでも感じる。剣が放つ脈動を。そして、剣気が白の内包する気と混ざり合う。一体となる。まるで、白の為に鍛えられたような剣であった。

「やるよ。良い剣だぞ。俺の先祖、穆公ぼっこうが遣っていた剣だ」
 幾ら無知な白でも分かる。この剣の価値を。例え、己の命が十個あったとしても対価として贖えるものではない。
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