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七章 珠玉の疵
二
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寿春を脱出した熊啓は、蘄の地で王を僭称し、兵をほうぼうから募った。
所詮は、国命を尽くす前の悪足搔きだと軽く見定めていたが、既に三万を越える義勇兵が、蘄周辺に集まってきている。義勇兵の数は増加の一途を辿り、地方からぞくぞくと蹶起した民達が東へと流れている。
王翦は六十万を細かく分け、北へ流れる義勇兵の討伐に向かわせているが、何といっても楚の領土は長大だ。分水嶺のように別れた、人流を人海戦術で完全に抑することは難しい。
(頭を叩くしかない)
王翦は制圧した寿春周辺の宣撫を、息子の王賁に委ね、精兵二十万を率いて、蘄へと向かった。
「少し侮っていた」
王翦は馬を進めつつ、影のように付き従う、李信に言った。
「昌平君の人望を。ですか?」
「左様。奴は宮中に瀰漫する悪を根絶してみせた。それが民の心を惹きつけたのかな」
「それに奴は公子です。王を僭称できるだけの資格は充分にありました」
「だが、昌平君を討てば、王の資格を具える者は、楚土から消え失せる。わしは項燕に勝利し、楚土を平定した男として、未来永劫語り継がれることになる」
李信は峻厳な表情で、北の方角を睨んでいた。その眼差しには、含むものを感じる。
「まだ項燕が生きていると思っているのではあるまいな」
結果、項燕の亡骸はあがってこなかった。だが、あの乱戦の最中、逃げおおせるとは到底思えない。十重二十重と無数の兵が、項燕に覆い被さっていたのだ。有り得ないことであるが、もし項燕が生きているのなら、奴は天にこの上なく愛されている。
「いえ」
李信の眼から感情が引いていく。
「あと少しで全てが終わる」
戦が終焉を迎えた時、項燕に疵を付けられた戦歴は消え、本当の輝きを取り戻すのだ。
所詮は、国命を尽くす前の悪足搔きだと軽く見定めていたが、既に三万を越える義勇兵が、蘄周辺に集まってきている。義勇兵の数は増加の一途を辿り、地方からぞくぞくと蹶起した民達が東へと流れている。
王翦は六十万を細かく分け、北へ流れる義勇兵の討伐に向かわせているが、何といっても楚の領土は長大だ。分水嶺のように別れた、人流を人海戦術で完全に抑することは難しい。
(頭を叩くしかない)
王翦は制圧した寿春周辺の宣撫を、息子の王賁に委ね、精兵二十万を率いて、蘄へと向かった。
「少し侮っていた」
王翦は馬を進めつつ、影のように付き従う、李信に言った。
「昌平君の人望を。ですか?」
「左様。奴は宮中に瀰漫する悪を根絶してみせた。それが民の心を惹きつけたのかな」
「それに奴は公子です。王を僭称できるだけの資格は充分にありました」
「だが、昌平君を討てば、王の資格を具える者は、楚土から消え失せる。わしは項燕に勝利し、楚土を平定した男として、未来永劫語り継がれることになる」
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「いえ」
李信の眼から感情が引いていく。
「あと少しで全てが終わる」
戦が終焉を迎えた時、項燕に疵を付けられた戦歴は消え、本当の輝きを取り戻すのだ。
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