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月夜の闇に煌めく星①
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「ノーカットでいこう」
SUUの、提案だった。
反対したのはむしろ朔良と櫂で、それを、大丈夫だからとSUUは説き伏せた。
「おはよーございまーす」
事務所に入った瞬間から、カメラが回されていた。
「おーおはよー」
先に事務所に着いていた櫂は、回されるカメラを気にすることなくシャワーを浴びたばかりの姿で、現れた。以前は平気で全裸で歩いていたが、久しぶりだからか、Tシャツとラフなパンツを履いている。
「櫂、久しぶりなのに普通だな」
「んやぁ、緊張しとるよ、出さんようにしとる」
「ハハッ、俺も、なんか緊張してる」
「最後やもんな……朔、シャワー浴びてこいよ、髪、やったる」
「うん……」
まだ、『朔良』になりきれていない、20代半ばのただの男。温度低めのシャワーを浴びて、少しずつ『朔良』になる。
この作業も、これが最後。
『朔良』になって、『櫂』と絡んで、そして、モデルを引退する。
櫂との絡みは、モデルとして、プロとしてのそれを見せたい。冷静に、いられるように。温い湯を頭からかぶりながら、フゥッと、大きく息を吐く。
何度この作業をしてきたか。
初めてのとき、手取り足取り教えてもらった、一つ一つのその作業。どこに、何をされても大丈夫なように、綺麗にして、そしてなるべく行為を止めないように、自らソコを解す。
この仕事は、ある種洗脳のようなものなのかもしれない。こんな作業を当たり前に行えるようになり、それに対する嫌な気持ちや疑問すらも持たなくなる。もともと男なんて相手にしたことなかったのに、そこに、魅了される。
もし、この洗脳が解けたら?
全ての行為に違和感があるのだろうか。
そんな不安を断ち切るように朔良は、すべての泡を洗い流し、浴室を出た。用意されたラフなシャツとパンツを纏う。
笑い声が聞こえる。
SUUのおだやかな声。
KANの甲高い、陽気な声。
その声が当たり前にこの場所にあり続けて、そしてそこに今、あたたかい櫂の声が、戻ってきた。
「お、朔、髪やったるよ、こっち来て」
いつか切ってもらった時と、同じ。
ダイニングに腰掛け、櫂が髪をいじる。
「相変わらず柔らかい髪やなぁ」
久しぶりに感じる櫂の手。
その手が、あっという間に『朔良』を作り上げた。
「はやっ」
「このくらい一瞬やわ」
「流石だな」
「俺がいなくてもちゃんと朔良やったけどな」
「櫂さぁ……髪のやり方、教えてくれたときあったじゃん、あの時からいなくなること考えてたの?」
あれは、櫂が遅刻をしたイベントの日だった。
自分でセットして、いつもと違うと言われて。
あの日は、ずっと世話してきた妹の具合が悪くなった日で、あの後すぐ亡くなったと聞いたのは、最近のこと。
あの時、櫂は髪のセットの仕方を、教えてくれた。
「あぁ……そやなぁ、どっかではあったのかもしれん……決めてたわけやないけどな」
「ずっと気になってた、だから教えてくれたのかなぁって……」
「朔、最後に、俺になんて言ったか覚えとる?」
「んー……一緒に帰った日?」
「そう……引退発表した日……」
ふたりで帰った。
そして、何か言いたそうな櫂の言葉を、聞くことができなかった。
「なんて言ったかな……」
「櫂、頑張れ。俺も、上目指して頑張るから」
「……そうだった……かなぁ」
「うん、ちょっとだけ、あの瞬間甘えがあったんよ。朔に、甘えそうになっとった」
「甘えてくれて良かったのに」
「でも、朔がああやって言ってくれて、俺、頑張らなあかんって思えたんやで」
「俺は……あのときその櫂の思いを聞いてやれなかったことをすげぇ後悔した……」
朔良はきゅっと、拳を握った。
その後悔に気づいたのは、だいぶ時間が経ってからで、あまりにも遅すぎたと思った。
「でも……また偶然再会できて、こうやって話せて、本当に良かった……」
「あの日、朔が強引に俺のこと引き戻したんだよな」
「そうそう、友達といたところ強引に、話があるってな……」
「朔には……感謝しとる」
「なに言ってんだよ……デビューしたばっかの頃さ、逃げてた俺を強引に櫂が引き戻してくれただろ?」
「あー……あったなぁ、あん時、朔が辞めるんじゃないかってKANちゃんが泣いとったで俺も必死やったわ」
「あれがなかったら、今はないよ。俺も櫂には、感謝してる」
ダイニングテーブルに置かれた置き鏡に映る、背中の櫂と、静かに話をする。
全て、カメラに収められる。
櫂を追うカメラと、自分を追うカメラ。
これは、使われるのだろうか。
これを聞いたファンは、設定だと思うのだろうか。実話だと、思うのだろうか。
もう、どちらでも良かった。
全てを、曝け出して。
櫂朔の全てを、この作品に、ぶつけたいと思った。
鏡のなかの櫂から、後ろに立つ櫂へと視線を移す。
櫂も、見上げる朔良を見下ろし、そして小さく、口角を上げた。
露わになる朔良の首筋に、櫂は手を這わせた。
そして、ゆっくり、顔を近づける。
再会した日に、キスをした。
その後、お互いその先に進むことに躊躇した。
ここから始まった。
ふたりの関係は、ここから。
だからここから、また再開すればいい。
普通じゃない。
そんなことはわかっていて。
でも所詮、最初から普通じゃない。
ここからまた、始めればいい。
櫂は朔良の頬を覆い、そのカラダ中の空気を吸い取ってしまうほどに、長い長い、キスをした。朔良の脳内は、ビリビリと痺れる感覚に襲われる。
櫂の長い腕が朔良の腰を支え抱き寄せ、そしてダイニングテーブルに組み敷く。そこにあった鏡、スプレー、コーヒーが、櫂の手により払い退けられそして、ガシャンと音を立てて床に落ちた。流れるコーヒーの香りが、あたりに漂う。
「櫂……」
「朔、ずっとこうしたかった……」
「俺も……」
「おんなじ気持ちなのに」
「いつも時間がかかるよな……」
額をコツンと当て、そして櫂は目を瞑った。
出会った日から今日までの日々が、脳内を巡る。
同じ想いを共有した。
辛さも、悲しさも、苦しさも。
喜びも、楽しさも、それから、希望も。
「俺が、朔のいちばんを、引き出したる」
「決意表明?」
「朔の、決意表明は?」
「櫂の全部を、受け止める」
その言葉に、どれだけ救われたか。
その言葉に、どれだけ支えられたか。
櫂は瞳を潤ませ、そっと、キスをした。
SUUの、提案だった。
反対したのはむしろ朔良と櫂で、それを、大丈夫だからとSUUは説き伏せた。
「おはよーございまーす」
事務所に入った瞬間から、カメラが回されていた。
「おーおはよー」
先に事務所に着いていた櫂は、回されるカメラを気にすることなくシャワーを浴びたばかりの姿で、現れた。以前は平気で全裸で歩いていたが、久しぶりだからか、Tシャツとラフなパンツを履いている。
「櫂、久しぶりなのに普通だな」
「んやぁ、緊張しとるよ、出さんようにしとる」
「ハハッ、俺も、なんか緊張してる」
「最後やもんな……朔、シャワー浴びてこいよ、髪、やったる」
「うん……」
まだ、『朔良』になりきれていない、20代半ばのただの男。温度低めのシャワーを浴びて、少しずつ『朔良』になる。
この作業も、これが最後。
『朔良』になって、『櫂』と絡んで、そして、モデルを引退する。
櫂との絡みは、モデルとして、プロとしてのそれを見せたい。冷静に、いられるように。温い湯を頭からかぶりながら、フゥッと、大きく息を吐く。
何度この作業をしてきたか。
初めてのとき、手取り足取り教えてもらった、一つ一つのその作業。どこに、何をされても大丈夫なように、綺麗にして、そしてなるべく行為を止めないように、自らソコを解す。
この仕事は、ある種洗脳のようなものなのかもしれない。こんな作業を当たり前に行えるようになり、それに対する嫌な気持ちや疑問すらも持たなくなる。もともと男なんて相手にしたことなかったのに、そこに、魅了される。
もし、この洗脳が解けたら?
全ての行為に違和感があるのだろうか。
そんな不安を断ち切るように朔良は、すべての泡を洗い流し、浴室を出た。用意されたラフなシャツとパンツを纏う。
笑い声が聞こえる。
SUUのおだやかな声。
KANの甲高い、陽気な声。
その声が当たり前にこの場所にあり続けて、そしてそこに今、あたたかい櫂の声が、戻ってきた。
「お、朔、髪やったるよ、こっち来て」
いつか切ってもらった時と、同じ。
ダイニングに腰掛け、櫂が髪をいじる。
「相変わらず柔らかい髪やなぁ」
久しぶりに感じる櫂の手。
その手が、あっという間に『朔良』を作り上げた。
「はやっ」
「このくらい一瞬やわ」
「流石だな」
「俺がいなくてもちゃんと朔良やったけどな」
「櫂さぁ……髪のやり方、教えてくれたときあったじゃん、あの時からいなくなること考えてたの?」
あれは、櫂が遅刻をしたイベントの日だった。
自分でセットして、いつもと違うと言われて。
あの日は、ずっと世話してきた妹の具合が悪くなった日で、あの後すぐ亡くなったと聞いたのは、最近のこと。
あの時、櫂は髪のセットの仕方を、教えてくれた。
「あぁ……そやなぁ、どっかではあったのかもしれん……決めてたわけやないけどな」
「ずっと気になってた、だから教えてくれたのかなぁって……」
「朔、最後に、俺になんて言ったか覚えとる?」
「んー……一緒に帰った日?」
「そう……引退発表した日……」
ふたりで帰った。
そして、何か言いたそうな櫂の言葉を、聞くことができなかった。
「なんて言ったかな……」
「櫂、頑張れ。俺も、上目指して頑張るから」
「……そうだった……かなぁ」
「うん、ちょっとだけ、あの瞬間甘えがあったんよ。朔に、甘えそうになっとった」
「甘えてくれて良かったのに」
「でも、朔がああやって言ってくれて、俺、頑張らなあかんって思えたんやで」
「俺は……あのときその櫂の思いを聞いてやれなかったことをすげぇ後悔した……」
朔良はきゅっと、拳を握った。
その後悔に気づいたのは、だいぶ時間が経ってからで、あまりにも遅すぎたと思った。
「でも……また偶然再会できて、こうやって話せて、本当に良かった……」
「あの日、朔が強引に俺のこと引き戻したんだよな」
「そうそう、友達といたところ強引に、話があるってな……」
「朔には……感謝しとる」
「なに言ってんだよ……デビューしたばっかの頃さ、逃げてた俺を強引に櫂が引き戻してくれただろ?」
「あー……あったなぁ、あん時、朔が辞めるんじゃないかってKANちゃんが泣いとったで俺も必死やったわ」
「あれがなかったら、今はないよ。俺も櫂には、感謝してる」
ダイニングテーブルに置かれた置き鏡に映る、背中の櫂と、静かに話をする。
全て、カメラに収められる。
櫂を追うカメラと、自分を追うカメラ。
これは、使われるのだろうか。
これを聞いたファンは、設定だと思うのだろうか。実話だと、思うのだろうか。
もう、どちらでも良かった。
全てを、曝け出して。
櫂朔の全てを、この作品に、ぶつけたいと思った。
鏡のなかの櫂から、後ろに立つ櫂へと視線を移す。
櫂も、見上げる朔良を見下ろし、そして小さく、口角を上げた。
露わになる朔良の首筋に、櫂は手を這わせた。
そして、ゆっくり、顔を近づける。
再会した日に、キスをした。
その後、お互いその先に進むことに躊躇した。
ここから始まった。
ふたりの関係は、ここから。
だからここから、また再開すればいい。
普通じゃない。
そんなことはわかっていて。
でも所詮、最初から普通じゃない。
ここからまた、始めればいい。
櫂は朔良の頬を覆い、そのカラダ中の空気を吸い取ってしまうほどに、長い長い、キスをした。朔良の脳内は、ビリビリと痺れる感覚に襲われる。
櫂の長い腕が朔良の腰を支え抱き寄せ、そしてダイニングテーブルに組み敷く。そこにあった鏡、スプレー、コーヒーが、櫂の手により払い退けられそして、ガシャンと音を立てて床に落ちた。流れるコーヒーの香りが、あたりに漂う。
「櫂……」
「朔、ずっとこうしたかった……」
「俺も……」
「おんなじ気持ちなのに」
「いつも時間がかかるよな……」
額をコツンと当て、そして櫂は目を瞑った。
出会った日から今日までの日々が、脳内を巡る。
同じ想いを共有した。
辛さも、悲しさも、苦しさも。
喜びも、楽しさも、それから、希望も。
「俺が、朔のいちばんを、引き出したる」
「決意表明?」
「朔の、決意表明は?」
「櫂の全部を、受け止める」
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その言葉に、どれだけ支えられたか。
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