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fan side……
しおりを挟む弦くんが、引退した。
発表の時、彼は泣いた。
画面の中で涙を流す弦くんは、悔しさが滲み出ていて、なにかどうしようもない事情があるんじゃないかと思った。
「本当に、弦でいられて幸せだった。みんなのことが、大好きだったし、これからも愛してます」
弦くんは涙を拭いて、目を真っ赤にして、画面越しに、そう言った。
そして、
「急にこんなことになって、申し訳ない」
そう言った。
弦くんの最後の作品は、凌空くんとのドラマ仕立ての作品で、2人にぴったりだと思った。
ずっと、心のどこかにいたのに、素直になれなかった、きっかけがなかった、ただ、それだけなのに一緒になれなかった2人。
時を経て、彼らが結ばれた時、それは本当の2人の姿に見えた。
斗真くんというパートナーがいた凌空くん。
同時期にデビューしながらパートナーではない立ち位置で、凌空くんを見守っていた弦くん。
斗凌のような、櫂朔のような、明らかなカップルではなかったけど、ライブやイベントでふたりには、ふたりだけの空気があるような気がして、私にはそれが、よりリアルに感じられた。
あの作品は、そんなふたり、そのものだと思った。
DVDをセットして、ラスト作品を流す。
ふたりの絡みは、圧巻だった。
ベテラン同士の、無駄のない、綺麗なSEXだった。
それ以上に私たちを沸かせたのは、オフショット。いつものオフショットとは、毛色の違うものだった。
撮影の合間の会話ではなく、NG集のような、ドラマ仕立てならではの、オフショット。
長台詞がなかなか言えない凌空くん。
それにイライラする弦くん。
笑いを必死で堪えながら、カメラに映らない場所で凌空くんにカンペを見せる朔良くん。
ベテラン勢のその姿は、クスクスと笑いながら見てしまう。
そしてパッと切り替わって突然現れたのは、弦くんの上で腰を揺らす凌空くん。
「今カット中だぞぉー」
挿入しながらの待ち時間も、あるのだろうか。
弦くんがカメラを持ち、下から凌空くんを撮影している。その姿がまた、別のカメラから撮られている。
「俺らに……カットなんてないよ……」
「はぁ? ないの?」
「ないよ……」
これは、本番中にカットされた部分なのか、本当にカット中なのか。
凌空くんの頬は赤く染まり、息が上がる。
弦くんも荒い息を抑えながら、そんな凌空くんの様子を嬉しそうに、愛おしそうに、見上げる。
「あーちょっと凌空待てってそんな動くな……」
「なんで? いいじゃんイかしたろか」
「こんなふんわりイかされてたまるか」
「ははっ……カットも、されてたまるか」
「なにそれ? どうした?」
「俺と弦ちゃんの絡みだからな? 全部使ってもらわないと……」
「ハハッ……全部使ってもらいたいの?」
弦くんの持つカメラを、誰かスタッフさんが受け取った。
「俺もう我慢できねぇんだけど……」
「え、いきなり?」
「今の凌空、すげぇエロい……」
弦くんは下から凌空くんの腰を押さえ、ガツンと突いた。凌空くんの身体が跳ねて、そこで画面は終わった。
そこから先は、本編に繋がるのだろう。
その作品には、どこまでも甘い空気を纏う凌空くんを愛おしそうに見つめる弦くんがいた。
そんな弦くんを追うように、凌空くんも引退を発表した。それはあまりにも、あまりにもあっさりしている気がした。
エースとして、圧倒的な人気があった。
アイドルにも引けを取らない容姿で、全てを曝け出して、おどけて後輩たちを盛り上げて、誰より後輩たちを想って、そして誰より、事務所を支えてきた。
それなのに、弦くんとは対照的な、引退発表だった。
隣に朔良くんがいて、2人でなんでもない話をした後に、彼はあのゆったりした口調で言った。
「冬のイベントをもって、凌空は、引退します」
「ずっと続けられる仕事じゃない。ずっと考えていた。ここで、終わりにしたい」
凌空くんは少し寂しげで、でもどこかスッキリしたような、そんな表情で。隣の朔良くんは「やめて欲しくないって気持ちはある。でも凌空くんが決めたことだから」と、そう言った。
今日は、凌空くんと会える、最後の日。
先に予定されていたイベントとはいえ、引退イベントと銘打たれるのはやはり、凌空の功績があるから。
初期の頃の、あの仲良しで、男子校を覗き見ているような、そんな雰囲気が大好きだった。
ふざけてばかりの斗真と凌空。
それを見守りながらかき回す弦。
お兄ちゃんたちについて行く弟たち、櫂と朔良。
そんな5人の雰囲気が、大好きだった。
斗真が去って、櫂が去って、そして、バタバタと、弦と凌空が去っていった。
時の流れは止められない。
私ももう、ファンとして旅立つ時なのだろうか。
朔良くんを応援したい気持ちもあるけれど、好きな人たちがいなくなる、二度と会えなくなるこの別れ。
この張り裂けそうな気持ちをまた味わうのは、もう嫌だ。
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