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凌空と弦③

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それぞれシャワーを浴びて、ソファにぐだんと転がる凌空と、そのソファの前の床に座る朔良。

肌触りの良いラグが、さらさらと朔良の肌に触れる。


連絡のない時間。

昔、母親がリョウの母親と話していた。
偶然聞いた、あの時のことを思い出す。


父親が亡くなった時。

小学生だった自分は、なにも知らずにリョウと遊んでいた。

母親は、いつもあるはずの連絡がなくて、
いつもメールや電話をすれば仕事の合間に短い返信があったのに、それがなくて。

ひたすらに不安が募っていたという。
そしてかかってきたのが、警察と仕事場からの電話。


だいぶ経って何年もしてから、母親は笑ってその頃の話をしていた。


ふと思い出し、その思いを振り切るように首を振った。


「どうした?」

そんな朔良を見て凌空が声をかける。

「んや、ちょっと嫌なこと思い出しただけ……大丈夫」

笑って答え、ソファにこてんと頭を預けた。
そのすぐ隣に触れる凌空のカラダ。

ふわりと髪を撫でられ、ちらりと凌空を見上げると、穏やかな瞳と目があった。

「朔良、ありがとなぁ。今日来てくれて」
「うん……」

凌空はゆっくりと、目を閉じた。

仕事柄、とでもいうのだろうか。
モデル同士の、距離感。

カラダに触れること、髪に触れること、その距離感に抵抗はなく、むしろ、心地よい。

その心地よさに朔良もそっと、目を閉じた。



その時、けたたましい音楽がその心地よさを劈いた。

テーブルの上の凌空のスマホが、光っていた。
そこに表示されていたのは、『公衆電話』の文字。

朔良と凌空の視線が、パチンとぶつかった。

「朔良……ちょ、出て?」
「なんでっすか……凌空くん出てください」
「……やだ……こわい……」
「大丈夫だから……」

そのスマホを手に取り、震える凌空の手に置いた。
恐る恐る凌空はそのスマホを耳に当てる。

「……もしもし?……」

その声はか細く、それでも必死で何かを耐えるような、そんな声だった。

「え、……もしもし?」
『……く……りく……』
「は? え? げ、げん? 弦ちゃん!?』
『凌空……ごめん……凌空ぅ……』
「げ……弦ちゃんの声だぁー……」

スマホから漏れる声。
目の前の、眉を下げながら笑う凌空。

朔良はそっと息を吐きそして、目尻を拭った。





ー2日前ー


「だっるぅ……」

昨夜は人気のジャズバンドが入っていて、盛況だった。バンドも客も一体となり盛り上がり、客が帰ったのは、朝方だった。

「うーわ……全然寝れないわ……」

急いで家に帰り、シャワーを浴びた。
今日は、撮影。
凌空が主演の、ドラマ作品。

SUUの気合も凌空の気合も、いつもとはまたひとつ違う気がした。またドラマならではの撮影時間の長さ。

場所を変えて、角度を変え、何度もシーンを撮る。

それは出来上がりの良さはあったが、撮影そのものは、過酷ではあった。

「横んなったら起きれねぇよなぁ……」

ソファに座ってうとうとして、そして慌てて飛び起きたときには、家を出る時間を少し過ぎていて、慌てて飛び出した。

マンションから一歩飛び出して一瞬、立ち止まった。

空を見上げる。
暖かくて、柔らかい日差し。


凌空と、出会った季節。

暖かい日だった。
あの頃は、まだあの事務所がなくて、いろんなモデルと絡んだ。その中に、凌空がいた。

穏やかな声と眩しい笑顔。
陽だまりのようなあたたかい人だと、思った。

もともと、『店』という自分だけの居場所をつくるための資金集めに始めた仕事だった。

いつの間にか、あの場所が居場所になっていて、その中心にはいつも、陽だまりのような凌空がいた。

すぅーっとそのあたたかい空気を吸い込んだ。
この空気を感じて、あの陽だまりのあたたかさを感じる。

「あ、やばっ!」

思わずあの頃に浸っている自分に、自分で驚き苦笑いする。そして一瞬、時計を見て走り出した。

息切れがする。
そして胸がドクンドクンと鳴る。

徹夜明けによくあるこの動悸。
いつものことだと、駅の階段を駆け上がった。

ホームに止まる電車。
これに乗れば、間に合う。


凌空、帰り車で送ってくんねぇかな……

なんとなく、そんなことを考えた。


その時。


ドクンと、心臓が大きな音を立てた。
一瞬、息が止まるような感覚がした。

次の瞬間、また、心臓が大きく波打った。


世の中の色が、なくなっていく。
微かに見える駅のホーム。
人の背中。
滑り込んでくる電車。

それが、ぐわんと、回転する。
騒がしい音が、消えていく。

「り……く……」

声が出ない。
そこにいるわけではない、凌空の名前を、なぜか呼ぼうと必死で喉に力を入れた。
腹にはもう、力が入らなかった。

「弦ちゃぁ~ん」

その声が脳内に響いて、暗闇に引き摺り込まれた。






背中が痛い。
ピコンピコン音が聞こえる。
うるせぇ……

でも、声が出ない。
カラダが、動かない。

眩しさに、顔をしかめる。
ただの白い壁が見えて。

「わかりますか?お名前言えますか?」

は? バカにすんな。
凌空は? 撮影は?

「2日前に、駅で倒れて運ばれてきたんですよ。ここは病院です。わかりますか?」

白い服を着たその女の言葉に、弦はパチパチと瞬きをした。

2日前?
倒れた?

「まだ少しぼーっとしていると思います。もう少しはっきり目が覚めてから少しずつ動きましょう」

いや、凌空に、SUUに。
連絡しないと。

「あ、動いちゃダメです。先生に診察してもらいますから。それから歩きますからね」

あいつら心配すんじゃねぇか。
電話くらいさせろよ。
あいつらに、連絡する奴なんか、いないんだよ。


凌空、どうてる?
凌空、心配してるよな?
凌空、ごめんな
凌空、ごめんな、ごめんな






『げ……弦ちゃんの声だぁー』

やっと電話ができたのは、倒れてから3日後の夜。

震える声。
凌空の、なにかを恐れる、怖がっているような、でも、あの柔らかくてあたたかい声に、言葉が、出なかった。



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