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想③(リョウside)

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「何やってんの?」

頭上から聞こえる聞き覚えのある声に、振り向く気はない。

「え、無視?」

ラフなショートパンツから伸びる白い足が、桟橋から投げ出される。

海が、光る。

先ほどまでそこにいたミツキは「俺……ちょっと行ってくる……」そう言って、走り出した。走った先がどこなのかは、知らない。

立ち上がって車に向かおうとしたその足は、所在なさげに立ち尽くし、そしてまたそこに腰を下ろしたのだった。

「サクラよくココいるの?」
「んー……まぁ、家そこだからね」
「最近さ、ミツキと話した?」
「んや、これと言った話は……なんかミツキくん、変わったよね」
「んー……そうだな」
「……てゆうか、リョウくんどうしたの?」
「んー……失恋? いやなんか……違うな」

いつも真夜中にここにきて、いつかこの海に引き摺り込まれてしまいそうなミツキと、語り合った。

ミツキは多くを語らなくて、いつも静かに話を聞いて、じっくり考えて静かに語り出す、そんな奴だった。

静かに語るまで、じっと待つ。
その待っている時間が、好きだった。

大抵の奴はその時間を待てずに、「ミツキは何を考えているのかわからない変わり者」そんな風に言っていた。

でもミツキは、「変わり者」なんかじゃなくて、ただ、思いを言葉にするのを辞めてしまうだけ。それは、小さい頃に父親を亡くして、母親を気遣った彼なりの優しさだったと、思う。

そんな彼が自分にだけ見せる顔。
自分にだけ語るその姿が、嬉しかった。

いつしか、それを自分だけに見せてほしい、と願った。他の人に笑いかけていることに嫉妬して、彼を、独占したい欲に支配された。

それが、初めて「彼を好き」だと認識した瞬間だった。

それでもそれを、発展させる勇気はなかったし、このままの関係で十分だと思った。彼はノンケで、時には彼女がいて、そして、普通に、生活している奴だったから。

いつしか自分に芽生えた感情。
あのわかりにくいミツキを、理解してくれる人が現れれば良い。

そして想像するその姿は、普通の男女の姿だった。



長く長く一緒にいたのに。
長く長く、時間を共にしたのに。


ミツキの身に起きていることに、気づかなかった。

ある日ネットでミツキの画像を見たときの衝撃は、忘れられない。


「スカウトされた。AV」

あれは、彼からのSOSだったんだと思っていた。
ノンケのミツキが男とSEXする姿。必死で彼をこちら側に、引き戻そうとした。

彼は今、あの世界に囚われているんだと思った。
その時ちょうど距離が近くなったサクラを巻き込んで、必死にこちら側の世界に引き戻そうとした。

それでも、そんなこちらの思いとは裏腹に、ミツキは変わった。


よく、話すようになった。
よく、笑うようになった。


幼い頃から知るミツキの出るAV。
拒否する気持ちと、覗き見たい気持ち。
その葛藤の末に行き着いたのが、そこにミツキの負の感情があるか、ミツキはやらされているのか、ただ、それだけのために彼の作品を見るという言い訳。

自らの理性と欲と闘いながら、彼を見た。


でもそこに感じるのは、負の感情ではなかった。
そしてあの、櫂という男に対するミツキの感情、それはオフショットも含めて、『特別』だと思った。

それが、『好き』とかそう言ったものなのかはわからない。でも、長年かけて、毎日のようにそばにいて支え合ってきた自分がやっと築き上げてきたミツキとの信頼や彼の心の解放を、あの櫂という男は一瞬でやってのけたような気がした。

「結局さーミツキくんはなんのバイトしてたの?やっぱヤバいことしてたの?」

サクラには、核心は言えなかった。
ただ、「なんだかアイツが心配」そんな思いだけを伝えていた。

「んーー……ヤバいバイト……じゃなかった……のかなぁ……」
「え? わかったの?」
「わかったようなわかんねぇような……ミツキとは距離が近すぎてさぁ、なんか……」
「灯台下暗し?」
「は? なんか違う気がする」
「……もうさ、子離れしなよリョウくん」
「え、子離れ?」
「そんな感じでしょー? ミツキくん大好きでさー、心配でしょうがないんでしょーでもミツキくんはもう大人だもんヤバイことじゃないならいいじゃん」

サクラはあっけらかんと言って、そして空を見上げた。暗くなり始めた空。微かに星が、見える。

「ミツキくんとは仲良くなったけど、なんだか壁があったような気がした。壁でもないかな。立ち入れない一線みたいなもの」
「うん、わかる気がする」
「それを、その一線を超えられる人がさ、現れるといいね……」

きっとそれが、櫂という男なんだと思った。
いつだったかの絡みに見た。
男だという戸惑い、その一線をあの男は、ふわりと越えた。

「ミツキと仲良くなった奴はさー、みんなそう言うんだよ」
「どんだけバリア厚いのよあの人!」

アハハとサクラが、笑った。
笑わない自分に、サクラは顔を覗き込む。

「ちょっと泣かないでよ! なに!?本気の失恋!?」
「違うわっ! 親の気持ちんなってんの!」
「巣立っていく我が子、ミツキ」
「タイトルつけんな!」
「抱きしめてあげようか?」
「なんでだよ!」
「落ち込んでそうだから。そーゆー時大事よ、人肌」
「いい」
「あっそ」

きっとサクラは、ミツキを好きでいてくれた。

「ミツキくんはどんな人と一緒になるんだろねぇ……」
「サクラはそれでいいの?」
「なにが?」
「ミツキ……」
「んーー……それより……」
「ん?」
「ヤバいバイトじゃないなら、一緒にいた人たちが気になる」
「へ?」
「すんごいカッコ良かったの! 紹介してくれないかな……」
「いや、それはやめた方が……」
「なんでよーーもうーあの人たちナニモノなんだろー普通じゃなかったよ! 前遭遇した時!」

サクラはきっと、あの世界のファンとやらの人たちから見たら、ものすごく羨ましい場所にいて。でもこの本人はそんな場所にいることに気づいてすらいない。

ミツキはきっといろんな人に対していろんな距離感で線を引いていて。

恐らく、自分たちの入れない領域にファンを含めたあの人たちがいて、そしてあちらから見たらきっと絶対に入れない領域に自分たちがいる。

なんとも不思議な感覚で、そのどちらにも立ち入ることが許された人間、それがあの櫂というモデルなんだろうと思う。

すっかり暗くなった空に浮かぶ光。

「サクラ~やっぱり人肌恋しい……」
「はいはい、よしよーし」

サクラは笑って頭を撫でた。

「抱きしめてくれんじゃねぇのかよ」
「もう遅い」
「お前もなんか変わった奴だな」
「ふふふ、みんな変わった奴だね」
「普通がいない」
「普通ってなによ?」
「……そうだな……」


普通に女性を好きになれない自分、を自分と認めるまでに苦しんだ。きっとそんなのは、自分だけじゃない。

サクラにとって、医者一家の中で医療の世界を選ばなかったサクラは普通じゃない。

ミツキのいる世界も、こちらから見たら普通じゃない。

それでも、別に誰も悪いことをしているわけじゃない。必死で、そこでもがいて自分を確立していく。そこにいる自分を、自分として認めていく。

「ねぇねぇリョウくん飲みにいこ。最近いいトコ見つけたの。ライブバー!」

立ち上がるサクラを見上げる。
差し出された手を握り立ち上がった。

「あ、俺、車だ」
「はぁ!? あ、車ウチ置いてく? 飲もうよー」
「はいはいわかったよ……」

ミツキが見つけた『朔良』として存在する場所。
自分の居場所は一体どこなのか。

簡単に出そうにない答え。
難しい問題を振り払うように、軽快に歩くサクラの背中を追いかけた。
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