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櫂朔⑦
しおりを挟む「おつー!」
豪快に扉を開けて入って大きく手を振り店に入ってきたのは、凌空とKANだった。
「おせぇよ、そんでうるせぇよ」
幸い店にはすでに客はほとんどいなくて、若者たちが自由にセッションを試し、楽しんでいた。
「朔ちゃんは?」
弦は、視線をカウンターの端に移した。
そこには、カウンターに突っ伏して眠る朔良がいた。
「どうした?」
「酔っ払いだよ……」
「珍しいな」
「限界だよ……朔良」
突っ伏したカウンターの隣に、凌空とKANは座る。
顔にかかる長い前髪をそっと、凌空は掻き上げた。
「朔良、泣いた?」
「え、泣いてる?」
「なんか、涙のアトみたいなんがある……」
頬に白く残る涙のアト。
静かに流した朔良の涙を、誰が受け止めるのか。
「櫂……どこ行った?」
「多分なぁ、都内か、もしくは海外におんねん……」
「は? 海外?」
「俺もさぁ、納得できんくて、SUUに聞いた……」
「で?」
「言ったらあかんて言われとる……」
「ここまで言ったなら教えろよ」
「そうやんなぁ……」
KANは、差し出されたばかりのビールをゴクゴクと、流し込んだ。
*
「SUUさん、妹に、会ってくれる?」
事件の後、櫂はSUUに頼み込んだ。
その方が安心するからと言う櫂に、SUUは納得した。
櫂の家は、昔ながらのアパートで、古いそのアパートの1階の扉を、櫂は開けた。
「ただいまー」
櫂は大きな音を立て、靴を脱ぎ捨て部屋に入った。
2DKの、小さな部屋。
片方の部屋に、荷物を投げ入れ、もう片方の部屋の扉を、そっと開けた。
「カナ……入るで?」
そう言った先に、返事はない。
SUUは、櫂に招かれその部屋を、覗き込んだ。
まるで小学生の子ども部屋のような、部屋だった。
小さな子どもが好むような、キャラクター。
それから、家族写真が、飾られていた。
そして小さなベッドに横たわる、それこそ本当に、小学生のような、小さな小さな、少女だった。
「お兄ちゃん……おかえりぃ」
長い髪は、綺麗に編み込まれており、まるでディズニー映画のプリンセスのようで、その小さな小さな女の子の鼻には、酸素チューブが、繋がっていた。
「……こんにちは」
「あ……こんにちは」
その少女は、SUUを見て、一瞬警戒したような、怯えたような表情をして、そしてくるりと、背を向け横になった。
「カナ、電話で話したやろ? 事務所の社長だよ」
「うん……」
「カナ、ちゃんとこっち向けって」
「お兄ちゃん、この人のこと、すき?」
「うん、好きだよ」
「ほんと?」
「うん……」
「……なら、カナもすき」
そう言ってカナという少女は、くるりと向きを変え、SUUと向き合った。
「お兄ちゃん、これ、楽しい?」
「うん、楽しいよ」
「それならいいよ」
「お兄ちゃんのな、大切な人もおるんよ」
「どの人?」
少女が差し出したのは、あの、温泉のDVDだった。
小学生のような女の子が、手にしているアダルトビデオ。それも、大好きな兄が出演しているそのDVD。SUUは込み上げる涙を必死で堪えた。
「ん、この人」
全員映るジャケットの誰かを、櫂は指差した。
内緒にしておきたいのか、その少女はSUUからは見えないようにそっと隠した。
「えー? カナこっちの人の方がすき」
「ハハッ王子様好きやもんな」
そのときゲホゲホと、その少女が咳をして、櫂は手慣れた様子で少女の身体を支え、そして整えた。
「酸素、あげとくで?」
「うん……ありがとう」
「それ、もらっとくわ」
「うん……」
櫂はDVDを受け取り、部屋を出て行こうとした。
ひと言も少女と言葉を交わしていないSUUは、「驚かせてしまい、すみませんでした」そう言って静かに、頭を下げた。
少女はふるふると首を振り、そして、ニッコリと笑った。その顔は、大きな口を開けて笑う櫂と、よく、似ていた。
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