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櫂朔③
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就職活動が始まって、事務所から遠のいていた。
それを考慮してか、作品に出演しないこともあった。
時々KANから、「プレゼント取りに来てや」「ファンレター溜まっとるで」と、連絡が入り、事務所に行くこともあったが、長居することは、あまりなかった。
それでも、そこで櫂や他のモデルに会うこともあって、変わらず笑って過ごして、季節が、巡って行った。
「ミツキ、最近バイト行ってないの?」
大学を出て、駅までの道のり。
リョウが後ろから追いかけてきた。
「たまに行くけど、一応な。ちゃんと就活とかもあるしな」
「へぇ……」
リョウは隣に並んで、すっかり葉の落ちた、枝だけになった並木道を歩く。
あの事件以降も、リョウは何もなかったかのように、朔良に話しかけた。何を言われるか相当構えていた朔良は、拍子抜けして反応に困ったほどだった。
「就職したらさすがに家出る?」
「そりゃなぁ……」
「俺とお前の関係も終わりかぁ」
「まさか就職先も同じじゃねぇよな?」
「さすがにそれはなぁ……」
「まぁ帰ってくりゃご近所だろ」
マフラーに顔を埋め、白い息を吐きながら、歩く。
かじかむ手をポケットに突っ込んだ。
その時、ブルブルとスマホが震えた。
そこには、KANからの着信があった。
「もしもし?」
『あ、朔良? 今話せる?』
「うん、平気だけど?」
『今日、事務所来れる?』
「うん? 今から?」
『うん、ちょっと大事な話あんねん』
「急だなぁ」
『全員集まれんの今日しかないねん』
「全員集まんの?」
『頼むわ。今大学の近く?』
「うん、駅に向かって歩いてる」
『その辺にさ、多分りっちゃんが車でおる』
「え?」
スマホに耳を当てながら、キョロキョロと辺りを見渡す。視線を落として歩いていたリョウは、それに釣られるように顔を上げた。
視線の先には、路肩に止まる真っ白の車。
白い車が、凌空によく似合っている。
「いた」
『やろ? 一緒に来いや』
「……わかった」
耳から、スマホを離す。
「ごめん、ちょっと呼び出し」
「え、今から?」
「うん、バイト。行ってくるわ」
「急なんだな」
「うん、じゃ、またな」
前方に止まる、白の車。
その車の横に凌空は、立っていた。
スーツを着て、背の高い凌空はよく目立っていて、道行く人が振り返るほど、注目を浴びている。
朔良はリョウに手を上げ、白いその車に駆け寄った。
「めっちゃ目立ってますよ」
「だって車ん中いたらわかんねぇだろ」
「白い車、すげぇ王子様感」
「うるせぇよ、早く乗れよ」
凌空はそう言って、助手席の扉を開けた。
「紳士だなぁ」
そういって笑って、朔良は凌空の車に乗り込もうと身を屈めた。
その時、「ミツキ!」と、後ろから呼び止められた。
そっと、振り返る。
そこには、追いかけてきたであろうリョウが、立っていて。
「お前今日、帰ってくんの?」
「え、なんで?」
「いや、最近あんまバイトなかったじゃん」
「まぁ……わかんねぇ。遅くはなるんじゃねぇかな」
「ふぅん……」
「じゃ、行くわ。じゃぁな」
煮え切らないリョウの表情に疑問を感じながらも朔良は、白い車の扉を閉めた。凌空はリョウにペコリと頭を下げて、運転席へと乗り込んだ。
見送るリョウを置いて、走り出す車。
「友だち?」
「幼なじみ。家が向かいで」
「へぇ。なんか俺、マウントとられてた?」
「へ? なんで?」
「んや、気のせいか」
窓枠に肘を置き、唇を触りながら凌空は、片手でハンドルを回す。
「何の話だろなぁ」
「え、凌空くん知らないんすか?」
「知らねぇよ、車なら朔良拾ってやってくれって」
「それだけ?」
「うん。いい話だといいけどな」
唇に触れる指を、小さく動かして、凌空は言った。
いい話だといい。
そう言った凌空の言葉の意味を、朔良はゆっくりと頭の中に、巡らせる。
モデルが集められる時。
それは、どんな時だったか。
朔良はそっと、窓の外に視線を移した。
すっかり葉の落ちた、木々たちに、一斉に光が灯った。色とりどりの、鮮やかな光。
光のトンネルの下を走って向かったその場所には、すでに全員が集まっていた。
事務所の窓からは、その光は、殆ど見えない。
申し訳程度に飾られている、小さなツリーが、ピカピカと光っている。
「全員揃ったな、話そうか」
朔良はそのツリーの光を視線の端に捉えながら、床にペタリと座った。隣に同じように、凌空が座る。
ローテーブルを囲うように、聖也と碧生がいて、そしてソファの端に、弦が膝を立てて座っている。
正面には、櫂がいて、隣にSUUがいた。
嫌な、予感がした。
前にも、こんな空気。
こんな、SUUの表情を見た気がした。
それは、当人はすでにいなくて、その場に新人を呼ばなかったことに、凌空が怒った時。
あれは、斗真が、引退した時だった。
朔良は、ゴクリと唾を、飲み込んだ。
ギュッと、拳を握った。
なにを言われても、受け止められるように。
心に、バリアを張った。
そして、その言葉が、放たれた。
「俺、引退する」
その言葉を放ったのは、櫂だった。
それを考慮してか、作品に出演しないこともあった。
時々KANから、「プレゼント取りに来てや」「ファンレター溜まっとるで」と、連絡が入り、事務所に行くこともあったが、長居することは、あまりなかった。
それでも、そこで櫂や他のモデルに会うこともあって、変わらず笑って過ごして、季節が、巡って行った。
「ミツキ、最近バイト行ってないの?」
大学を出て、駅までの道のり。
リョウが後ろから追いかけてきた。
「たまに行くけど、一応な。ちゃんと就活とかもあるしな」
「へぇ……」
リョウは隣に並んで、すっかり葉の落ちた、枝だけになった並木道を歩く。
あの事件以降も、リョウは何もなかったかのように、朔良に話しかけた。何を言われるか相当構えていた朔良は、拍子抜けして反応に困ったほどだった。
「就職したらさすがに家出る?」
「そりゃなぁ……」
「俺とお前の関係も終わりかぁ」
「まさか就職先も同じじゃねぇよな?」
「さすがにそれはなぁ……」
「まぁ帰ってくりゃご近所だろ」
マフラーに顔を埋め、白い息を吐きながら、歩く。
かじかむ手をポケットに突っ込んだ。
その時、ブルブルとスマホが震えた。
そこには、KANからの着信があった。
「もしもし?」
『あ、朔良? 今話せる?』
「うん、平気だけど?」
『今日、事務所来れる?』
「うん? 今から?」
『うん、ちょっと大事な話あんねん』
「急だなぁ」
『全員集まれんの今日しかないねん』
「全員集まんの?」
『頼むわ。今大学の近く?』
「うん、駅に向かって歩いてる」
『その辺にさ、多分りっちゃんが車でおる』
「え?」
スマホに耳を当てながら、キョロキョロと辺りを見渡す。視線を落として歩いていたリョウは、それに釣られるように顔を上げた。
視線の先には、路肩に止まる真っ白の車。
白い車が、凌空によく似合っている。
「いた」
『やろ? 一緒に来いや』
「……わかった」
耳から、スマホを離す。
「ごめん、ちょっと呼び出し」
「え、今から?」
「うん、バイト。行ってくるわ」
「急なんだな」
「うん、じゃ、またな」
前方に止まる、白の車。
その車の横に凌空は、立っていた。
スーツを着て、背の高い凌空はよく目立っていて、道行く人が振り返るほど、注目を浴びている。
朔良はリョウに手を上げ、白いその車に駆け寄った。
「めっちゃ目立ってますよ」
「だって車ん中いたらわかんねぇだろ」
「白い車、すげぇ王子様感」
「うるせぇよ、早く乗れよ」
凌空はそう言って、助手席の扉を開けた。
「紳士だなぁ」
そういって笑って、朔良は凌空の車に乗り込もうと身を屈めた。
その時、「ミツキ!」と、後ろから呼び止められた。
そっと、振り返る。
そこには、追いかけてきたであろうリョウが、立っていて。
「お前今日、帰ってくんの?」
「え、なんで?」
「いや、最近あんまバイトなかったじゃん」
「まぁ……わかんねぇ。遅くはなるんじゃねぇかな」
「ふぅん……」
「じゃ、行くわ。じゃぁな」
煮え切らないリョウの表情に疑問を感じながらも朔良は、白い車の扉を閉めた。凌空はリョウにペコリと頭を下げて、運転席へと乗り込んだ。
見送るリョウを置いて、走り出す車。
「友だち?」
「幼なじみ。家が向かいで」
「へぇ。なんか俺、マウントとられてた?」
「へ? なんで?」
「んや、気のせいか」
窓枠に肘を置き、唇を触りながら凌空は、片手でハンドルを回す。
「何の話だろなぁ」
「え、凌空くん知らないんすか?」
「知らねぇよ、車なら朔良拾ってやってくれって」
「それだけ?」
「うん。いい話だといいけどな」
唇に触れる指を、小さく動かして、凌空は言った。
いい話だといい。
そう言った凌空の言葉の意味を、朔良はゆっくりと頭の中に、巡らせる。
モデルが集められる時。
それは、どんな時だったか。
朔良はそっと、窓の外に視線を移した。
すっかり葉の落ちた、木々たちに、一斉に光が灯った。色とりどりの、鮮やかな光。
光のトンネルの下を走って向かったその場所には、すでに全員が集まっていた。
事務所の窓からは、その光は、殆ど見えない。
申し訳程度に飾られている、小さなツリーが、ピカピカと光っている。
「全員揃ったな、話そうか」
朔良はそのツリーの光を視線の端に捉えながら、床にペタリと座った。隣に同じように、凌空が座る。
ローテーブルを囲うように、聖也と碧生がいて、そしてソファの端に、弦が膝を立てて座っている。
正面には、櫂がいて、隣にSUUがいた。
嫌な、予感がした。
前にも、こんな空気。
こんな、SUUの表情を見た気がした。
それは、当人はすでにいなくて、その場に新人を呼ばなかったことに、凌空が怒った時。
あれは、斗真が、引退した時だった。
朔良は、ゴクリと唾を、飲み込んだ。
ギュッと、拳を握った。
なにを言われても、受け止められるように。
心に、バリアを張った。
そして、その言葉が、放たれた。
「俺、引退する」
その言葉を放ったのは、櫂だった。
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