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櫂朔①
しおりを挟む「なぁ、櫂は?」
「さぁ……来れないとか言ってないよな?」
「うん……もうすぐ幕開くけど」
「朔ちゃん、連絡ついた?」
「いや、電話さっきから全然出ねぇ……」
イベント当日。
櫂と連絡が、つかなかった。
会場にはすでに、ファンが入っており、モニターにはファンが談笑している姿が映し出されている。
「朔良、とにかく電話かけ続けて」
SUUは会場の準備を進めながら、何度も朔良に櫂と連絡がついたか確認に戻ってきた。
「どうする? 開演遅らせる?」
「いや……帰りの飛行機とかある人もいるしな……」
スタッフはバタバタと打ち合わせをしている。
「朔良、なんか心当たりねぇの?」
「んー……」
「わかんねぇよなぁ……」
弦がスマホをタップし続ける朔良の背後に立った。
「なぁ、櫂がいないと朔良の髪型、なんか違うよな」
「え? 変?」
「いや、変じゃないよ全然。でもいつも櫂がやってるのとはなんかちょっと違う」
「もーー櫂どこ行ったんだよぉ……」
朔良は楽屋のテーブルに突っ伏して、スマホを眺めた。
何があったのか。
大丈夫だろうか。
事故? 病気?
頭をよぎる、嫌な考えを振り切るように、朔良はただひたすら、電話をかけ続けた。
もう何度目の電話だろうか。
SUUが、「幕開けるか……」そう呟いたときだった。
『朔ぅーー!!!』
突然、電話口で大きな声が聞こえた。
「え? へ? 櫂!?」
『もう! もうすぐ着くから!』
「は?」
『ごめん! 寝坊やねん!』
「はぁ!?」
『昨日やっぱ事務所泊まれば良かったわぁ』
息を切らしながら、おそらく走っているのか、風の音がやけに大きく聞こえる。
「あとどんくらいで着くの?」
『んーあと20分くらい!』
「……もうーー待ってるから、気をつけてこいよ……」
そこにいた全員が、ふぅーと息を吐いた。
「とりあえず良かったな、無事で」
凌空が、力なく笑った。
その肩を、弦がポンと叩いた。
「あーなんか気ぃ抜けたぁイベントって感じがしないわー」
肩に手を置かれ凌空は、弦を見上げて言った。
「なに言ってんだよ、お前が気合い入れなくてどーすんだ、エース」
「エースは寝坊したあの人だろ」
「いやいやエースはやっぱりお前だよ、全然ファン減ってねぇよ?」
モニターを覗き込んで、弦は言った。
そこには、これまで買ったグッズを見せあったり、DVDのパッケージを見て何か話しているファンもいる。
「本当にこの人たちアレ見てるんですね……」
碧生が、聖也と並んでモニターを覗き込みながら言った。
「な? 不思議だよな、普通の人たちなのに」
「いや、でもそれな、あっちもそう思ってるよ?」
「どういうことですか?」
「こんな普通の子たちがなんでこのモデルやってんの?って」
「ははっ! それはあの人らに引き摺り込まれたんだよなぁ」
全員で、そこにいるKANに視線をやる。
「え、なに? 先に始めると思うから準備してや!」
KANに促され、ステージに立つ。
この幕の向こうには、ファンがいる。
凌空と弦が、小声で何かを話して笑っている。
緊張した面持ちで立っている、聖也と碧生。
そしてそこに、櫂はいない。
「朔良くん、これどんな顔して立ってればいいんですか?」
コソッと隣の聖也が、耳打ちをする。
「どんなでもいいよ、ただ、幕が開くと、めちゃくちゃ眩しい」
「あぁ、ライトですか?」
「うん、下だけ向かないようにした方がいいと思う。遠くの客席見る感じ?」
コクコクと、丸い目を不安そうに潤ませながら頷く姿は、仔犬のようで本当に櫂の弟分のようだと、朔良は思った。
大音量の音楽と共に、幕が開いた。
眩しさに一瞬、目を細める。
響き渡る歓声。
初めての時と違うのは、自分の名を呼ぶ声の大きさ。
SUUの進行で簡単なトークを進めていると、櫂が到着したとの一報が入った。
ふと舞台袖を見ると、櫂が楽屋に向かい駆け上がっていくのが見えた。
その横顔は、少し疲れているように見えた。
「櫂くん、大丈夫ですかね?」
コソコソと聖也が耳打ちをする。
新人の聖也にも心配されるほど、櫂の一瞬の姿に何か感じさせるものがあったのか。
「大丈夫だろ、櫂だもん」
何の確信もない。
ただ、そう思いたい願望と、櫂を心配する聖也への僅かな嫉妬心。
「なぁ、朔良、いつもとなんか違うと思いません?」
凌空が、会場に問いかける。
「髪型!」
その問いに即答され、全員が、笑った。
「やっぱ違うんだよなぁ!」
「櫂がいないから自分でやったんだよな?」
「同じだと自分では思ってるんですけどね?」
「微妙に違うよ! いっつも櫂がやってるもんな?」
「楽屋でもいーっつも2人で戯れてるよな」
その情報に、悲鳴があがる。
「それはだって、好きだから」
リップサービスなのか本音の暴露なのか。
もはや公私混同も甚だしい感情を、曝け出し、そしてまた、会場が湧く。
「だぁぁぁあごめんなさぁあい!寝坊です!まじでごめんなさい!ごめんなさい!」
そこに、準備を終えた櫂が滑り込んできた。
なんの迷いもないかのように櫂は朔良の隣に立ち、頭を下げた。
「お前さぁなんなん!?」
「寝坊ってなんだよなぁ!?」
手荒いツッコミを受ける。
バシバシと凌空に肩を叩かれ、肩をすくませた櫂は、いつものように丸い目を細め大きな口を開けて笑った。
「いやほんと、すいません。昨日事務所泊まれば良かったわぁーこんな日に限ってなぁ」
頭を掻いて気まずそうに櫂はまた、頭を下げた。
モデルが全員揃ったところで、SUUがまた、進行をする。
朔良は、隣に立つ櫂を見上げた。
SUUが話し始めて、笑っているその横顔が一瞬、真顔に戻る。
そこに暗い表情も、いつも感じる影もなくて、朔良にはそれが逆に、心を騒つかせた。
「大丈夫?」
小声で、隣の櫂に囁く。
「ごめんな、大丈夫。髪、後でやったるな」
目を細めて、目尻にしわを寄せて、小声での返事。
どれだけ髪型が違うのかと思わず吹き出して、「はいそこちゃんと話聞いて!イチャイチャしない!」と、SUUに怒られて、そして会場がまた、湧いた。
一旦、ステージを後にして、楽屋に待機する。
「朔、ちょっと来て」
すかさず櫂が、朔良を呼ぶ。
鏡の前に座らせて、そしてワックスを少量手にとった。
「ほら、このくらい。すこしでええよ。手に伸ばして……」
説明をしながら、朔良の髪をセットする。
「こうやってな、根本を立たせなあかんけど、朔の髪は柔らかいから、ちょっとスプレーでな……」
いつもの、髪型に、変化していく。
「すげぇな、櫂は朔良のスタイリストだな」
「いやいや、俺がいなくてもこんくらいやれるから」
鏡を見て、そこにはちゃんといつもの『朔良』がいることを、自分で改めて認識した。
再びステージに上がり、ファンとの交流が始まる。
「朔ちゃんには櫂くんがいないとダメだね~」
「いいコンビだよね、櫂朔」
「櫂くんは朔良くんのスタイリストだね」
そんなことを、ファンから何度も言われて、そして改めて、『櫂朔』がファンにとって大きな存在になっていることを、朔良は感じた。
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