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事件④

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ガチャリと扉が開き、皆、息を上げてドカドカと足音を鳴らし、そして定位置かのように、迷わずそれぞれの場所に座る。

テーブルの上には、同じ小さな包みが無操作に放り出された。

「なんやねんコレ……」

手にしたKANは、言葉を失った。
出演DVDと、モデルプロフィール。

「これ、本社に出してるプロフィールやん……どっか流出したんか?」
「誰がこんなことすんだよ……」
「今SUUが本社行っとる……大問題やでこれ……」
「みんな大丈夫だったの? 何が起こってんだよ全然意味わかんねぇよ……」

凌空はわしゃっと頭を抱え、俯いた。
隣で弦は、カタカタと膝を揺らす。

不安と苛立ちが渦巻く部屋に、朔良と櫂は、いなかった。







横浜には、広くて綺麗な整備された道と、昔からの入り組んだ狭い道があって、綺麗な街並みかと思いきや薄暗くて薄汚れたような場所もある。

光と、影が、存在する街。

幼い頃から朔良は、そう感じていた。


「櫂が家族にバレたかもしれん」

そう言ったKANの言葉に、思わず家を飛び出した。
飛び出したところで走って行ける距離に櫂がいるわけではない。改札を走り抜け、電車に飛び乗るしかなかった。

櫂が今、どこにいるのか。
手がかりはひとつしかない。
事務所じゃなければ、名刺に書かれた、櫂の働く店。

横浜駅を出て、騒がしい街並みをすり抜ける。
大型ビジョンからは、騒がしい音楽が流れ、道行く人々は雑踏に流され消えていく。

今、すれ違う人々は、痛む心のウチなど、知らない。
すれ違う人が、何に笑い、何に悲しみ、何を想うかなんて、何も、知らない。

ただ、どこかできっと、絶望の淵に立たされているのではないか。

そんな櫂の心を想像し、胸が張り裂けそうになる。


知っている店。服に特段興味があるわけではない自分も、知っている。

そんな店で、櫂は働いていた。


表通りから、1本裏に抜ける道。
そこにある、ウッド調の店。

そこにいるのか、いないのか。
上がる息を整えて、そっと中を覗く。 
両開きの木の扉は開かれており、ディスプレイされた服たちが見える。

その奥に、黒い小ぶりのリュックを背負った、ロングコートを羽織った小さな女性。その女性を見下ろし笑みを見せている、それは紛れもなく、櫂だった。

「ありがとう。また来てなー」

ロゴの入った紙袋を渡し、開けた扉へと歩いてくる。

「ユキくんに選んでもらうと失敗しないから助かる」
「ありがとうー、また新作出たらお知らせするな」
「うん、まってるー」

ヒラヒラと手を振り、店を出る女性。
フランクに話しながらも、丁寧にお辞儀をした櫂が頭を上げたその時、パチンと視線が、ぶつかった。

「おぉっ! 朔……じゃなくて…ミツキ?」
「お……おぅ」
「どうしたん? あ、服? 見る?」

白いシャツを羽織り濃い色のダメージの入ったデニムを履いた『ユキト』は、櫂と何も変わらない。人懐っこい笑顔で、朔良を迎えた。

「いやいや……なんで普通に仕事してんだよ……」
「あー、抜けれんのよ、小さい店やでな」
「KANちゃんから、連絡あった」
「あぁ……うん、大丈夫やった?」
「わからん……櫂、あー……ユキトは妹がって……」
「あぁ、そやねん……」

いつものようにセットされた髪。
それをクシャッと触りながら、櫂は笑った。

「参ったよなぁ~うん、さすがになぁ……」
「妹には、なんて言ってきたんだよ」
「んー。特に。つーか、会ってない。電話で話した」

店の中にいる数名の客を気にするように、櫂は店の前に出てきた。一瞬俯いたように視線を落とし、そして「まぁ~仕方ないやな」と、笑った。

笑ったその顔が、いつもの笑顔じゃないことくらい、わかっていた。

「なに笑ってんだよ……」

朔良は無性に湧き上がる苛立ちを抑えようと、ゆっくりと、息を吐いた。

「え? なんて?」

すぐ目の前に立ち、柔らかな表情で覗き込む。
その櫂の腕を、ガシッと掴んだ。それを強く引き、脇の道へ入る。

もともと路地にあるこの店の、すぐ脇は裏路地にあたる細い道。すっかり陽が落ち、そこに闇が、近づく。


「お前なに笑ってんだよっ! 笑い事じゃねぇだろうがよっ!」

強く、強く握ったその腕を、離せなかった。
いつも、笑っているその裏にある影。
櫂の中に覗く闇。

見えそうで見えないそれを、笑顔で隠すその姿に、苛立ちが溢れ出る。

「なんだよ……なに怒ってんだよ……」
「だってなんでお前笑ってんだよ……」
「じゃあ落ち込めってのかよ? 仕事してんだよ俺」
「わかってるよ! わかってるけど……」
「なんだよ、どうしたんだよ……」
「見たくねぇよ……無理して笑ってんじゃねぇよ……」

小さく吐き捨てるように、朔良は言葉を投げた。
投げた言葉は、雑踏に、消えていく。

「なんだよ……お前こそ……なんて顔してんだよ……」
「は?」
「泣いてんじゃねぇよ……」

気づけば朔良の目には、溢れそうなほどに涙が溜まり、そしてその瞳は、怒りと悲しみを携え櫂に、向けられていた。

「なんで……朔がそんな顔……すんだよ」

朔良を見下ろす櫂は、そっと朔良の頬に手を当てた。
大きな手が包み込む朔良の頬は冷たくて、涙が伝う。

言葉が出なかった。
言葉が出なくて、そっと強く握った手を緩め、そして頬にある櫂の手に、自らの手を重ねた。

あたたかくて、大きな櫂の手。
口を開けば、溢れてしまいそうな心。

櫂の、無理する姿を見たくない。
櫂の、悲しむ顔を見たくない。

そして何より、自分に見せない心があることが、悲しくて、悔しくて、堪らなかった。


「お前が……んな顔すんなよ……」

じっと朔良を捉える櫂の瞳。
見開かれた瞳。
グッと食いしばる歯。
それはまるで、必死でそこに、その場所に、しがみついている子どものようだった。

「我慢すんなよ……俺には見せていいよ……櫂……」

櫂の手をキュッと握り、朔良は言った。
その言葉に、櫂の唇が、わずかに震えた。

そして次の瞬間、くるりと踵を返し裏口から店に消えた。ドタンガタンと音を立てすぐに店から出てきた櫂は、無言で朔良の腕を掴み歩き出した。

「櫂?……どうした?」
「ちょっと。きて」

握られた腕に伝わる櫂の手は、冷たい。
真っ直ぐ前を見て、ただ前を歩く櫂の顔は、朔良には見えない。でもその顔はきっと、先を見た希望、ではなく、何かに怯えた櫂の姿であると、朔良は思う。

人が溢れた横浜の街の、人のいない裏路地を進む。

くすんだ空に雲がかった月が、ぼんやりと、ふたりを照らした。
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