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事件③

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「ミツキ……お前俺に、なんか隠してる?」

キュッと、小さな包みを握る手に、力を入る。
扉の向こうから、静かな呼吸の音だけが、聞こえてくるようだった。

その呼吸の音すら、全くの無音の中に感じる。
そのくらい、子どもの頃から、ずっと一緒にいた。





「ただいまー。あ、ゲーム届いた?」

玄関に置かれた小さな包み。
先日、ネットで頼んだばかりの、ゲーム。
それが、届いたとばかり、思っていた。

ろくに宛先も確認しないで、バリっと包みを破った。

中から出てきたそのパッケージに、息を呑んだ。
そこには、見たこともない男の姿。
裏を見ると、それは明らかに、アダルトビデオ。
そしてそれは、男女の、ではない。
男同士の、モノであった。


すぐさま、しまい込んだ。
恐る恐る、宛名を確認する。

そこには、子どもの頃から一緒にいる。
ずっと近くで見てきた、向かいの家の、ミツキの名があった。

ドクンドクンと、音が鳴る。
体中の血液が、唸りを上げてカラダの中心に集まってきているような、そんな気がした。








「リョウ……俺さ……」

朔良はゆっくりと、言葉を紡いだ。
丁寧に。一言ずつ、噛み締めるように。

「お前は軽蔑するかもしれないけど……俺、実は……」
「いつから……そうだった……?」

朔良の言葉を遮るように、リョウは言葉を重ねる。

「んー……」
「あー……いい、いいよ。ごめん」
「え?」
「お前が……さ、そーゆーのとかちょっとビビっただけ」
「え?」
「全然気づかなくて……さ。サクラ勧めるとか野暮だったな。ごめん」
「あ? あー……おぅ……」

カチャリと、ドアが開いた。
気まずそうな顔をして出てきたリョウのその手には、ビリっと雑に破られた包みが握られている。

朔良はリョウの発した言葉の音を脳内で繰り返し、そしてその意味をゆっくりと紐解き、そして、その意味を繋げていく。

「いや……そういうわけじゃ……」
「いやいや、いいよ別にさ。俺、別にそーゆうんでお前のこと軽蔑しねぇし?」
「……」
「いや、寧ろなんで気づかなかったんだろうなー俺……でもあれ? お前女と付き合ったりもしてたよな? なに? そーゆーわけじゃねぇの? あ、いや言わなくていいよ、難しいんだよな、そーゆーのって……今はいろんな奴いるしさ、そんなんで友達やめたりしねぇよ、うん」

ペラペラと喋り続ける。
引きつった笑顔が、全てを物語っていると、朔良は思った。


リョウがどこまで見たかは、知らない。
全てを知って、気づかないフリをしているのか。
本当に気付いていなくて、ゲイだと思われているか。


どっちでも良いと思った。
どちらにしても、リョウは動揺していて、言葉と、思考と、ココロが、バラバラであると、感じた。

「ごめん、リョウ」

ひとこと、それだけ言って朔良はその小さな包みをリョウの手から、受け取った。

それはあまりにも軽くて、こんなにも小さくて、たった1枚のそのDVDの持つ意味を、朔良はずっしりと重く感じた。





カシャンと門の音が鳴って、朔良はカチャリと鍵を回した。誰もいない、静かな家。

昔から、慣れた静けさ。
西陽の差し込む、オレンジに染まる家。

無性に、淋しさを感じる。
無性に、孤独を感じる。

この瞬間が、嫌いだった。

ビリビリと破られた包みの中を、覗き込んだ。

そこにいるのは、弦の姿。
朔良の、デビュー作。
弦の隣には、小さいがしっかりと、自分の姿がある。


太陽の光が、そのパッケージを照らし、眩しく光る。
パサリと紙が、包みから落ちた。

そこには、顔写真と共に、プロフィールが記載されていた。

「なんだよこれ……」

小さく、呟いた。
リョウは、何を見たのだろうか。
リョウは、これからどうするのだろうか。
自分は、これからどうなるのだろうか。

そして、これは、誰が、何のために。


渦巻いた思考が辿りつく場所なんかなくて、どこにもなくて、オレンジの光に染まる白い壁にガツンと苛立ちをぶつけた。


その時、大きな音が、鳴り響いた。

鞄に放り込んだ、スマホの着信音。


『朔ちゃん!? 大丈夫!?』
「んー……わかんねぇ……つぅかなんだよこれ?」
『家の人見られんかった?』
「幼馴染みが見たかも。すげぇ動揺しながら返してきた。でもはっきり言わねぇ。なんだよこれ?」
『今調べとる。みんなの家に送られたっぽいんだよ』
「え? 全員の? みんな大丈夫だったの?」
『いや……櫂が……』
「え?」
『なんか家族にバレたかもって……妹?かな……』
「え……」

オレンジの光が照らす影を、見た。
そこに在るのは、自分。
自分のシルエットの向こうに浮かぶのは、櫂の、少し淋しげな顔だった。

あんなにも、いつも尻尾を振る仔犬のように笑った櫂ではなくて。

一瞬見せる淋しげな表情。
何かに怯えるような、そんな表情だけが、オレンジの光の中に、見えたような気がした。

『朔ちゃん? 大丈夫か? 迎えに行こか?』

KANの声が、遠くに響く。
朔良は、鞄の中にDVDと破られた包みたちを乱暴に放り込み、オレンジの光の照らす道へと、飛び出した。
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