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「くぅ……まじ入んねぇって無理だって!」
「それが無理じゃねぇんだよ、頑張れよほら」

煙草を蒸す弦を、朔良はジトリと睨みつけた。
鋭い瞳は、ニヤリと笑う弦を捉えるが、弦はそれをさらりとかわす。

「んな恨めしそうな顔すんなよ」
「朔良、力抜けって。腹に力入れちゃ無理だよ息吐いて、そうそう。」

慣れたようにSUUが、作業をしながら横から口を出す。

「くっそ……」
「だからそれがあかんのやって。ふぅーって」

KANの声に合わせるように、朔良は口をすぼめ、ふぅーっと息を吐く。

これは、本番行為、ではない。
その前段階。
準備、である。

「弦ちゃんのはもうちょいデカイからなぁ、もうひと頑張りしないと入らんで」

どうやって入るんだろうと思っていた。
まさかこんな物理的な方法で広げるとは。

何やら並べられた大人の玩具のような、そんなモノで、穴を広げる。
排泄器官である、その「穴」を。

「はぁーー」と朔良は息を吐いた。
「そうそう、それ」

人前で皆に見守られながら尻を出し、拡張する。その姿を屈辱と言わずしてなんというのだろう。

早く終わらせてしまいたい。
その一心で。
できうる限り朔良は、全身の力を抜いた。

「入った……」

全身の力を抜くというより、身体の中心を緩めるような、そんな感覚でふっと力が抜けたその瞬間、スポッとソレが奥に入った気がした。

「よっし、朔良、しばらくそのままね~」

SUUの言葉では、「馴染む」らしい感覚。
その感覚が、朔良にはわからない。

ただ、その穴に感じる少しの痛みと違和感、それしかなくて、早くソレから解放されたかった。

「朔良、嫌んなったか?」
「もう嫌っす……」
「ははっ!通る道だ、頑張れ」
「くぅ……」

顔をしかめる朔良を見て、弦がケラケラと笑った。

「でもなぁ、前半良かったよなぁ?」
「良かった~初めてとは思えへん」
「あれ、それはダメなんじゃないの?初めて設定でしょ?」
「あぁ、そっか。まぁ、いい塩梅やったな、緊張具合と出来の良さが」

弦とKANが、そう言って笑う。





緊張の中はじまった撮影。
用意された衣装、洒落たボクサーパンツと、ラフなTシャツとジーパンを履き、それに臨んだ。

弦の進める話に朔良がついていく。

「はじめてなんでしょ?」
「緊張してる?」
「大丈夫だよ、優しくするから」

カメラの前の弦は、優しくて甘い、そして、よく笑った。少しだけ残る気怠そうな雰囲気は、弦の素の部分なのだろう。

男に抱かれる。
いやいやあり得ない。
勃たねぇだろ。

そう浮かぶ脳内の思考を必死で打ち消して、あの日見たアートのような世界を、朔良は想像する。なぜそこまでして、ここにいようとしているのかわからない。


そっと近づいてくる弦の顔を見ることはできなくて、ギュッと目を瞑ってその時を待った。

そして唇に触れたその温かさ、後頭部をホールドするその大きな手、に、全てを委ねた。 

弦の、甘さの中に混じる少しの煙草の香りが、朔良を包んで、思ったほどの嫌悪感はなかった。むしろ、進む行為についていくことが、精一杯だった。 

1枚ずつゆっくり衣服を脱がされ、刺激を与えられしっかり反応するソレに、『キモチ』とその反応が別モノであることを、頭の片隅でなぜか冷静に考えていた。





煙草の火を灰皿に押しつけ、弦が立ち上がった。
拡張具合に合格をもらい、へなへなと座り込んだ朔良の真横で、その頭頂部を見下ろした弦は、「やるかぁ」と言った。

スタッフたちが、照明を調整し、カメラをスタンバイする。弦に腕を引き上げられ立ち上がった朔良が見たものは、あの日見た、初めて見たこの現場の風景と、何も変わらなかった。

違うのは、その中心に、自分、がいること。

「じゃ、行きますよ~。段取り大丈夫ですね?」
「はぁい。朔良のバージン、いただきまぁす!」

パンツを脱ぎ、全裸になった弦がベッドにゴロンと転がった。

「朔良~ちょっと刺激してちんこデカくしとけ。さっきの続きだから萎えすぎだよ今のじゃ」

弦も、すっかりと平常時に戻ったソレを刺激し、少しずつ成長させる。そして、それが大きくなったところでコンドームをつけ、そしてローションをソコに撫で回した。


ついに、この時が来た。


朔良は自身のモノをしごきながら、ふぅーっと息を吐いた。

怖い、痛いのだろうか、本当に、この一線を超えてしまうのだろうか。
 
ふと周りを見ると、ファイルに挟んだ台本を片手に段取りをチェックするスタッフや、カメラマン、照明、大人数ではないもののその真剣な表情に、もう逃げ出せない、という思いが朔良の心に押し寄せる。

つまり、逃げたい、ということか……。

刺激を与えながらもどこか冷静に、朔良は自己の思考を分析した。

いっそ、感情に溺れてしまえばいいのに。

「手伝おうか?」

弦が、座ってしごく朔良の横に座った。
そして、まだ柔らかいソレをそっと口に含んだ。

「あ、いや、すいません……」
「気にすんな。俺を好きだと頭ん中を洗脳しろ。それが1番ラクだ。早く終わらせよーぜ」

弦の舌に転がされ、あっという間に成長する。
呼吸が少しだけ速くなり、はぁはぁというその呼吸に合わせるように、頬が熱くなる。

「いけるか?」

弦がそっと囁く。
それに朔良は、コクリと頷いた。


「はい、じゃぁスタートぉ」

SUUの声に、先程挿入の直前まで撮った、その続き、つまり挿入からの、撮影が始まる。

「優しくするから、安心してーー」

台本に書かれた台詞。
見上げる朔良の頬に手を当て、弦が言う。

「チカラ抜けよ……怪我すんぞ」

そして台詞にはない、その言葉を、そっと耳元で囁く。

この言葉は、カメラには拾われているのだろうか。

そんなことが頭をかすめながら、とにかく、全力で、力を抜くことに集中した。










ドサっと、倒れ込んだ。

はじめてのその感覚は、痛みと違和感、それしかなくて。

始まる直前に弦からかけられた言葉。

「俺を好きだと洗脳しろ」

俺は弦くんが好きだ
俺は弦くんが好きだ
俺は弦くんが好きだ

どう、そう頭の中を洗脳しようとしても、それはただ、反芻しているだけであって、下半身に感じる痛みと違和感に掻き消されていった。

「可愛い……好きだよ」

そう耳元で囁かれても、違和感でしかなくて、嫌悪感になってしまいそうなその感覚を、『無』になることでしまい込んだ。




「どうだった?」

シャワー後の朔良のもとに、カメラをもったSUUが近づいてきた。

「え、これなんすか?」  
「オフショット。DVDには必ず入れるから」
「へぇ……」

渡された白いタオルで、髪をわしゃわしゃと拭きながら考える。

どう答えるのが正解なのだろうか。

「正直な感想でいいよ、使えないところは使わないから」

ハハハと笑いながら、SUUが見透かしたように言った。タオルを首にかけ、少し唸った後、朔良はひとことだけ、口にした。

「……思ったより、平気でした」

これが、精一杯の答えだった。
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