職業、死神〜今夜、終わるいのち〜

アキ③

【side サツキ】

あの日……なにが起きたんやったか。
俺が、絵を描き始めた日。

アキが、向かった先。
そこに見たのは、親父に殴られて、グッタリとした、子どもだった。

そんなの知らずに俺は、自分の仕事をして。
帰り途中に、アキからの連絡を受けた。

『サツキ……俺、できひん……』

アキが、泣いていた。

「どうした？　アキ！？」
『最後にさぁ……サツキに、会いたい……』
「なに言っとるん！？　今どこや！？」

アキのいる場所は、すぐ近くで。
子どもが横たわる姿が見える、隣のマンションの屋上にアキはいて。蹲っていた。

「お前なにやっとるん！？」
「サツキ……」

俺を見るなりアキは、俺に飛びついて、強く強く、抱きしめて。

「できひん……俺には、殺せん……」
「なに言っとるん！　消えんねんで！？」
「絶望やで……？　親に殴られて……いちばん、守ってくれるはずの人が、守ってくれへんねん……そんなん、絶望しかないやん……」
「……なに？　あの子、そうなん……？」
「絶望感しかない。そんな感情のまま……死なせてたまるかよ……」
「でも運命やねんて……それがあの子の……」
「だったらそんな運命なんて……クソや……」

アキはボロボロ泣いて。
でもその瞳の意志は強くて。
俺は、なんも言えなくなった。

「もう、時間ないねん……」
「アキ……」
「サツキ……好きやで？　ずっと、ずっと好きやから……」
「アキ！　あかん……嫌や……」
「ありがとう……」

腕の中の、小さなカラダ。
俺の大切な人。
穏やかな時間を、くれた人。

「アキ……アキ……俺も、俺もアキのこと大好きやから……だから……行かんとってやぁ……」

もう、腕の中には、なにも感じなかった。
腕の中に大切に、大切に抱きしめた温もりはなくて。



「アキ……って、なんやっけ……」



何か大切なものが、あったはずだったのに。

アキ。
大切な……なんやった？

消えゆくなにかを、忘れてはいけない気がした。
なにかが、消えていっている気がして。

カバンの中から取り出した紙に、記憶の中に僅かにあるものを、書いた。

男の顔。
これは、アキ？
アキって、なんやった？

それがその男のなにかもわからなくて。
透かし文字として残した。

俺、なにやっとるんやっけ……
なんで、ココにおるんやっけ。
この絵、なんやっけ……

なにかを、なくした気がして。
大事な何かを、なくした気がして。

デカイ喪失感だけが俺を襲った。

その帰り道に、アオに、会った。