職業、死神〜今夜、終わるいのち〜

運命論①

【side 蓮】

空に浮かぶ月を見上げた。
疲れた。全身にのしかかる重力は、俺を今にも潰してしまいそうで、俺はそれに抗う気力もない。いや、それなりに抗っているから立っているんであって。それが、生きているということだと、やけにアツイ歌詞のようなことが浮かぶ。

「死んでいった人たちの分も」なんてのは綺麗事で、いやそりゃそうなんだけど。今はそんなふうには思えない。


俺のせいなんじゃないか。


その思いが、こびりついて離れない。


病院に付き添って、目撃者ってことで事情聴取やいろいろあって。それから、熱中症の人のメンタルのケアも必要で、結局、日付が変わるか変わらないか。そんな時間に、今、やっと解放された。

「事故だから。気にするな」
「お前はちゃんとやれることをやったよ」
そんなふうにいろんな人に慰められて。
全然納得できないまま、頷いた。

引き摺る足音が、虚しく響く。
安いマンションの廊下を歩く。
ボロボロのスニーカーには、血液が飛んでいる。

これもう買い替えやな……なんて意外と冷静な思考もあって。靴を眺めながら家の前に来て、視界に入ったその姿に俺は、思わず声を上げた。

「うぁっっ！！！」

足元を見ていた俺の視界に入ってきたのは、真っ黒い服を着たアオだった。

「ビビるわ……どうしたんお前……」
「お前が来いって……言ったやん」
「言った……か、言うたな、そやな……」

不貞腐れたように口を尖らせるアオに俺は、少し頬が緩んだ。

カチャリとドアを開けてアオを迎え入れる。
初めて会った日から、3回しか会っていないがいつも会うのはココで、アオは慣れたように靴を脱いで部屋に入った。

「腕、どう？」
「んー、見て」

アオが自分から、腕を捲る。
そこには俺がつけたはずのガーゼはなくて、申し訳程度の絆創膏が貼ってあった。

「どしたん？」
「……剥がれた」
「まぁ、ガーゼは張り付くからあんまりやし、結果オーライやねんけど」　
「え、そうなん？」
「膿はもう出とらん？」
「うん、多分」

腫れまだあるが、少し良くなってきた気がする。
このまま、清潔にできれば快方に向かうかと、家にある保護剤をいくつか渡した。

「これ、保護できるで。風呂ではちゃんと洗ってな。その後保護しといて。本当は何もつけんでもええんやけど、なんやアンタまたひっかけたりしそうやし」
「んなことせんわ」

素直に「わかった」と言えないアオは相変わらずひねくれている。

それでも空気はなぜか穏やかで、静かに時が、流れている感じがした。

「アオ……」
「ん？」
「大丈夫？」
「大丈夫やで」

俺が聞いたのは、腕の傷のことじゃない。
アオが何に大丈夫と言ったかは知らないが。
絶対、大丈夫じゃない、大丈夫。

「蓮は？」

アオが、俺に問う。

「へ？」

何を聞いているんだろうと思った。

「蓮は、大丈夫？」
「……なんで？」
「なんか……辛そう」

アオは、なんで来たんだろう。
アオは、何を聞いているんだろう。

ジッと俺を見つめるアオの瞳は、薄いグレーをしていて、こんな目しとったんやっけ、なんて全然関係ないことが脳をかすめる。

「アオ、俺さぁ……」

自分がなにを言おうとしているのか。
わからないまま俺は、口を開いた。