職業、死神〜今夜、終わるいのち〜

服の中の痛み④

【side 蓮】

なにをしているんだろうと思った。
会ったばかりの男を抱きしめて、泣いている。

こんなの、怖いし気持ち悪いし。
俺がアオの立場なら多分、全力で逃げる。

でも、俺には耐えられなかった。

たくさんの子どもたちを見てきた。

見たことがある。
こんな、痣だらけで傷だらけの子ども。
逃げられない子どもたちを、なんとしても守りたかった。

見たことがある。
生きたくて生きたくて。
死ぬなんてこと微塵も考えていなかった子どもたち。
ずっとずっと、生きていたかった子どもたちをなんとしても、救いたかった。

「アオは……生きたくないん？　アオは……逃げられるやん」

でも俺は、知っている。
こういう場合。
戻って行ってしまう。
逃げられない。

きっとこの家を出たらアオは、あの男のもとへ、戻っていく。もう二度と、俺の前には現れないかもしれない。

「なんでそんなに……自分のこと、大事にできひんの……？」

腕の中で、アオは動かない。
ピクリともしないで、俺の腕の中にいる。

「蓮……ありがとう」

アオは、俺の背をポンポンと叩いた。
これは、合図だと思った。
「帰るよ」という、合図。

「アオ、こうやって戻って行ってな、死ぬ奴もおるんやで？」
「俺は死なへんから」
「その自信なんやねんさっきから！」
「運命は、決まってると思うねん。俺が死んだら、それはその時やねん。その時やなければ、何があっても平気やん」
「どんな理屈やんそれ……」
「俺はそういうもんだと思っとる」

アオはそう言って、俺の腕をゆっくり解いた。

「アオ……来るやろ？　また……あの、番号！　ある？」
「うん、なんかあったら連絡するで、また治してや」
「また3日後には、来なあかんで！」
「え、また？」
「悪化するから！　また麻酔なしで切るで？」
「こえぇよお前……」

アオは服を着て、玄関に立った。
服を着たら、何もわからない。
全てあの服の中にある、痛み。

「アオ……」

行くな。
気づけよ。
ここにいていいから。

何を言っても無駄な気がして、でも引き留めたくて。名前を、呼んだ。

「蓮、ありがとうな」

アオは綺麗な顔を俺に向けて、笑った。
多分、初めて。

俺に、笑顔を見せて。
そしてパタンと扉を閉めた。