上 下
144 / 145
*外伝*【リリーside】もっとあなたが好きになる

4

しおりを挟む
 ぽすん、とベッドの上に横たえられたリリーは、そのままの体勢で硬直して、クロードがベッドの天蓋を下ろすのを視界の端に捕えた。

 部屋の明かりが落とされて、視界が薄闇に覆われても、リリーはどうしていいのかもわからないまま、隣にクロードが入ってくる気配を感じて、ちらりと横に視線を動かす。

(こういうとき、どうするんだったかしら……)

 学んだはずの夜のマナーもすっかり頭から抜け落ちて、リリーは泣きそうになりながらクロードを見つめた。

 クロードもじっとリリーの顔を見つめていたのだが――、しばらくして、くっと吹き出すと、クツクツと笑い出す。

「くっ、な、なんて顔しているんだ……」

 夜目がきくらしいクロードは、薄闇の中でも、リリーの表情がしっかりとわかるらしい。

 ひとしきり笑ったあと、まだどうしていいのかわからずに固まっているリリーを引き寄せて腕の中に閉じ込めると、楽しそうにその頬を指先でつついてきた。

「く、クロード王子……?」

 頬の柔らかさを担当するかのように頬をつつくクロードに、リリーは戸惑った声をあげる。

 クロードはリリーの頬で遊びながら、唐突に、「俺は気が長い方じゃないが、少しは待つことくらいできる」と言い出した。

「え?」

 リリーが首を傾げると、頬から髪へと手を滑らせたクロードが、髪を梳くように撫でながら答える。

「だから……、戻って来てすぐにどうこうしようなんて思っていないと言っている」

 リリーはなおもわからずに首をひねると、クロードがやれやれと苦笑した。

「はっきり言わないとわからないのか、お前は。――今夜、お前を無理やり抱くつもりはないと言っているんだ。お前の心の準備ができるまで、少しくらいならば待てる」

 はっきりと告げられて、リリーは真っ赤になった。
「えっと、ええっと……」

「だから、今夜は抱かずにいてやるから、さっさと心の準備を整えてくれ」

 クロードの腕の中に閉じ込められたリリーは、どう返事をしたらいいのかもわからずに、ただ黙って小さく頷くしかできなかった。

 今夜抱かれないと聞いてリリーはほっと安心しつつも少し複雑で、そんな自分に惑ってしまった。

 伝わる体温と鼓動に、ドキドキしながらも安心するけれど――、どうしてだろう、何かが足りない、そんな風に思う自分がいる。

 そんな気持ちが表情に出てしまったのか、顔をあげてクロードを見やると、彼はおかしそうに吹き出した。

「なんだか不満そうな顔だな」

「そんなことは……」

「抱かないとは言ったが、俺は何もしないとは言っていないんだが」

「……え?」

 クロードを見つめたまま、パチパチと目を瞬いたリリーに覆いかぶさるように顔を近づけると、クロードは、至近距離でニヤリと笑った。

「妻の期待に応えてやるのも夫の務めだしな」

「え……――んんっ」

 何のことだろうと目を丸くしたリリーの唇を、クロードがあっという間に奪い去って、リリーはベッドに縫い留められたような体勢のまま固まった。

 ややして唇を離したクロードは、至近距離でリリーの顔を見つめたまま、にっと口の端を持ち上げる。

「そうだな……、せっかく夫婦になったんだ、呼び方くらいは改めてもいいとは思わないか?」

 吐息がかかるほど近くでささやかれて、真っ赤になったリリーは何も考えられない。

(呼び方? 呼び方ってなに?)

 心臓が壊れそうなほど脈を打っている。呼び方だか何だかわからないが、何だっていいから少しだけ離れてほしい――そう思ったのだが、楽しそうにくすくすと笑いながら、リリーの髪に指をからませながらクロードが告げた次の一言に、リリーは言葉を失った。

「クロード、と呼べ」

「え?」

「だから、クロードと呼べ」

「く、クロード……王子?」

「王子はいらん。よく考えろよ。近い将来、俺は国王になるんだ。王になってもお前はいつまでも『クロード王子』と呼ぶつもりか?」

「そ、そのときは……、たぶん、へ――」

「陛下は却下だ。許さん。他人行儀だろう」

「で、でも、じゃあなんて……」

「だから、クロードと呼べと言っている」

 にやにや笑いながら「さあ呼んでみろ」と命令してくるクロードに、リリーはおろおろと視線を彷徨わせた。

「どうした、名前一つだろう。何をそんなに狼狽える」

 リリーはちらりとクロードを見上げて、その顔が楽しそうに笑っているのを見て確信した。

(意地悪してる……)

 いろいろあってすっかり忘れていたが、クロードは意地悪なところがある。きっと困っているリリーを見て楽しんでいるに違いない。

 そう思うと悔しいが、それでも「クロード」と呼び捨てることに抵抗がある。

 何度も呼ぼうと試みて、途中で口を閉ざすリリーに、クロードはあきれたような表情を浮かべた。

「たかだか名前を呼ぶだけだろう」

「そう……ですけど」

「その敬語も気に入らんな」

「う……」

 クロードはわずかばかりのリリーとの距離をつめて、ちゅっと唇にキスを落とすと、子供が悪戯を思いついたような顔をしてこう言った。

「敬語をやめて名前が呼べるまで、今夜は寝かせてやらないからそのつもりでいろ」

 リリーは別の意味での初夜の試練に、くらりと眩暈を覚えたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完結】わたしはお飾りの妻らしい。  〜16歳で継母になりました〜

たろ
恋愛
結婚して半年。 わたしはこの家には必要がない。 政略結婚。 愛は何処にもない。 要らないわたしを家から追い出したくて無理矢理結婚させたお義母様。 お義母様のご機嫌を悪くさせたくなくて、わたしを嫁に出したお父様。 とりあえず「嫁」という立場が欲しかった旦那様。 そうしてわたしは旦那様の「嫁」になった。 旦那様には愛する人がいる。 わたしはお飾りの妻。 せっかくのんびり暮らすのだから、好きなことだけさせてもらいますね。

【完結】殿下は私を溺愛してくれますが、あなたの“真実の愛”の相手は私ではありません

Rohdea
恋愛
──私は“彼女”の身代わり。 彼が今も愛しているのは亡くなった元婚約者の王女様だけだから──…… 公爵令嬢のユディットは、王太子バーナードの婚約者。 しかし、それは殿下の婚約者だった隣国の王女が亡くなってしまい、 国内の令嬢の中から一番身分が高い……それだけの理由で新たに選ばれただけ。 バーナード殿下はユディットの事をいつも優しく、大切にしてくれる。 だけど、その度にユディットの心は苦しくなっていく。 こんな自分が彼の婚約者でいていいのか。 自分のような理由で互いの気持ちを無視して決められた婚約者は、 バーナードが再び心惹かれる“真実の愛”の相手を見つける邪魔になっているだけなのでは? そんな心揺れる日々の中、 二人の前に、亡くなった王女とそっくりの女性が現れる。 実は、王女は襲撃の日、こっそり逃がされていて実は生きている…… なんて噂もあって────

英雄になった夫が妻子と帰還するそうです

白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。 愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。 好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。 今、目の前にいる人は誰なのだろう? ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。 珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥) ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

【完結】殺されたくないので好みじゃないイケメン冷徹騎士と結婚します

大森 樹
恋愛
女子高生の大石杏奈は、上田健斗にストーカーのように付き纏われている。 「私あなたみたいな男性好みじゃないの」 「僕から逃げられると思っているの?」 そのまま階段から健斗に突き落とされて命を落としてしまう。 すると女神が現れて『このままでは何度人生をやり直しても、その世界のケントに殺される』と聞いた私は最強の騎士であり魔法使いでもある男に命を守ってもらうため異世界転生をした。 これで生き残れる…!なんて喜んでいたら最強の騎士は女嫌いの冷徹騎士ジルヴェスターだった!イケメンだが好みじゃないし、意地悪で口が悪い彼とは仲良くなれそうにない! 「アンナ、やはり君は私の妻に一番向いている女だ」 嫌いだと言っているのに、彼は『自分を好きにならない女』を妻にしたいと契約結婚を持ちかけて来た。 私は命を守るため。 彼は偽物の妻を得るため。 お互いの利益のための婚約生活。喧嘩ばかりしていた二人だが…少しずつ距離が近付いていく。そこに健斗ことケントが現れアンナに興味を持ってしまう。 「この命に代えても絶対にアンナを守ると誓おう」 アンナは無事生き残り、幸せになれるのか。 転生した恋を知らない女子高生×女嫌いのイケメン冷徹騎士のラブストーリー!? ハッピーエンド保証します。

【完結】潔く私を忘れてください旦那様

なか
恋愛
「子を産めないなんて思っていなかった        君を選んだ事が間違いだ」 子を産めない お医者様に診断され、嘆き泣いていた私に彼がかけた最初の言葉を今でも忘れない 私を「愛している」と言った口で 別れを告げた 私を抱きしめた両手で 突き放した彼を忘れるはずがない…… 1年の月日が経ち ローズベル子爵家の屋敷で過ごしていた私の元へとやって来た来客 私と離縁したベンジャミン公爵が訪れ、開口一番に言ったのは 謝罪の言葉でも、後悔の言葉でもなかった。 「君ともう一度、復縁をしたいと思っている…引き受けてくれるよね?」 そんな事を言われて……私は思う 貴方に返す返事はただ一つだと。

処理中です...