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*外伝*【リリーside】もっとあなたが好きになる
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ぽすん、とベッドの上に横たえられたリリーは、そのままの体勢で硬直して、クロードがベッドの天蓋を下ろすのを視界の端に捕えた。
部屋の明かりが落とされて、視界が薄闇に覆われても、リリーはどうしていいのかもわからないまま、隣にクロードが入ってくる気配を感じて、ちらりと横に視線を動かす。
(こういうとき、どうするんだったかしら……)
学んだはずの夜のマナーもすっかり頭から抜け落ちて、リリーは泣きそうになりながらクロードを見つめた。
クロードもじっとリリーの顔を見つめていたのだが――、しばらくして、くっと吹き出すと、クツクツと笑い出す。
「くっ、な、なんて顔しているんだ……」
夜目がきくらしいクロードは、薄闇の中でも、リリーの表情がしっかりとわかるらしい。
ひとしきり笑ったあと、まだどうしていいのかわからずに固まっているリリーを引き寄せて腕の中に閉じ込めると、楽しそうにその頬を指先でつついてきた。
「く、クロード王子……?」
頬の柔らかさを担当するかのように頬をつつくクロードに、リリーは戸惑った声をあげる。
クロードはリリーの頬で遊びながら、唐突に、「俺は気が長い方じゃないが、少しは待つことくらいできる」と言い出した。
「え?」
リリーが首を傾げると、頬から髪へと手を滑らせたクロードが、髪を梳くように撫でながら答える。
「だから……、戻って来てすぐにどうこうしようなんて思っていないと言っている」
リリーはなおもわからずに首をひねると、クロードがやれやれと苦笑した。
「はっきり言わないとわからないのか、お前は。――今夜、お前を無理やり抱くつもりはないと言っているんだ。お前の心の準備ができるまで、少しくらいならば待てる」
はっきりと告げられて、リリーは真っ赤になった。
「えっと、ええっと……」
「だから、今夜は抱かずにいてやるから、さっさと心の準備を整えてくれ」
クロードの腕の中に閉じ込められたリリーは、どう返事をしたらいいのかもわからずに、ただ黙って小さく頷くしかできなかった。
今夜抱かれないと聞いてリリーはほっと安心しつつも少し複雑で、そんな自分に惑ってしまった。
伝わる体温と鼓動に、ドキドキしながらも安心するけれど――、どうしてだろう、何かが足りない、そんな風に思う自分がいる。
そんな気持ちが表情に出てしまったのか、顔をあげてクロードを見やると、彼はおかしそうに吹き出した。
「なんだか不満そうな顔だな」
「そんなことは……」
「抱かないとは言ったが、俺は何もしないとは言っていないんだが」
「……え?」
クロードを見つめたまま、パチパチと目を瞬いたリリーに覆いかぶさるように顔を近づけると、クロードは、至近距離でニヤリと笑った。
「妻の期待に応えてやるのも夫の務めだしな」
「え……――んんっ」
何のことだろうと目を丸くしたリリーの唇を、クロードがあっという間に奪い去って、リリーはベッドに縫い留められたような体勢のまま固まった。
ややして唇を離したクロードは、至近距離でリリーの顔を見つめたまま、にっと口の端を持ち上げる。
「そうだな……、せっかく夫婦になったんだ、呼び方くらいは改めてもいいとは思わないか?」
吐息がかかるほど近くでささやかれて、真っ赤になったリリーは何も考えられない。
(呼び方? 呼び方ってなに?)
心臓が壊れそうなほど脈を打っている。呼び方だか何だかわからないが、何だっていいから少しだけ離れてほしい――そう思ったのだが、楽しそうにくすくすと笑いながら、リリーの髪に指をからませながらクロードが告げた次の一言に、リリーは言葉を失った。
「クロード、と呼べ」
「え?」
「だから、クロードと呼べ」
「く、クロード……王子?」
「王子はいらん。よく考えろよ。近い将来、俺は国王になるんだ。王になってもお前はいつまでも『クロード王子』と呼ぶつもりか?」
「そ、そのときは……、たぶん、へ――」
「陛下は却下だ。許さん。他人行儀だろう」
「で、でも、じゃあなんて……」
「だから、クロードと呼べと言っている」
にやにや笑いながら「さあ呼んでみろ」と命令してくるクロードに、リリーはおろおろと視線を彷徨わせた。
「どうした、名前一つだろう。何をそんなに狼狽える」
リリーはちらりとクロードを見上げて、その顔が楽しそうに笑っているのを見て確信した。
(意地悪してる……)
いろいろあってすっかり忘れていたが、クロードは意地悪なところがある。きっと困っているリリーを見て楽しんでいるに違いない。
そう思うと悔しいが、それでも「クロード」と呼び捨てることに抵抗がある。
何度も呼ぼうと試みて、途中で口を閉ざすリリーに、クロードはあきれたような表情を浮かべた。
「たかだか名前を呼ぶだけだろう」
「そう……ですけど」
「その敬語も気に入らんな」
「う……」
クロードはわずかばかりのリリーとの距離をつめて、ちゅっと唇にキスを落とすと、子供が悪戯を思いついたような顔をしてこう言った。
「敬語をやめて名前が呼べるまで、今夜は寝かせてやらないからそのつもりでいろ」
リリーは別の意味での初夜の試練に、くらりと眩暈を覚えたのだった。
部屋の明かりが落とされて、視界が薄闇に覆われても、リリーはどうしていいのかもわからないまま、隣にクロードが入ってくる気配を感じて、ちらりと横に視線を動かす。
(こういうとき、どうするんだったかしら……)
学んだはずの夜のマナーもすっかり頭から抜け落ちて、リリーは泣きそうになりながらクロードを見つめた。
クロードもじっとリリーの顔を見つめていたのだが――、しばらくして、くっと吹き出すと、クツクツと笑い出す。
「くっ、な、なんて顔しているんだ……」
夜目がきくらしいクロードは、薄闇の中でも、リリーの表情がしっかりとわかるらしい。
ひとしきり笑ったあと、まだどうしていいのかわからずに固まっているリリーを引き寄せて腕の中に閉じ込めると、楽しそうにその頬を指先でつついてきた。
「く、クロード王子……?」
頬の柔らかさを担当するかのように頬をつつくクロードに、リリーは戸惑った声をあげる。
クロードはリリーの頬で遊びながら、唐突に、「俺は気が長い方じゃないが、少しは待つことくらいできる」と言い出した。
「え?」
リリーが首を傾げると、頬から髪へと手を滑らせたクロードが、髪を梳くように撫でながら答える。
「だから……、戻って来てすぐにどうこうしようなんて思っていないと言っている」
リリーはなおもわからずに首をひねると、クロードがやれやれと苦笑した。
「はっきり言わないとわからないのか、お前は。――今夜、お前を無理やり抱くつもりはないと言っているんだ。お前の心の準備ができるまで、少しくらいならば待てる」
はっきりと告げられて、リリーは真っ赤になった。
「えっと、ええっと……」
「だから、今夜は抱かずにいてやるから、さっさと心の準備を整えてくれ」
クロードの腕の中に閉じ込められたリリーは、どう返事をしたらいいのかもわからずに、ただ黙って小さく頷くしかできなかった。
今夜抱かれないと聞いてリリーはほっと安心しつつも少し複雑で、そんな自分に惑ってしまった。
伝わる体温と鼓動に、ドキドキしながらも安心するけれど――、どうしてだろう、何かが足りない、そんな風に思う自分がいる。
そんな気持ちが表情に出てしまったのか、顔をあげてクロードを見やると、彼はおかしそうに吹き出した。
「なんだか不満そうな顔だな」
「そんなことは……」
「抱かないとは言ったが、俺は何もしないとは言っていないんだが」
「……え?」
クロードを見つめたまま、パチパチと目を瞬いたリリーに覆いかぶさるように顔を近づけると、クロードは、至近距離でニヤリと笑った。
「妻の期待に応えてやるのも夫の務めだしな」
「え……――んんっ」
何のことだろうと目を丸くしたリリーの唇を、クロードがあっという間に奪い去って、リリーはベッドに縫い留められたような体勢のまま固まった。
ややして唇を離したクロードは、至近距離でリリーの顔を見つめたまま、にっと口の端を持ち上げる。
「そうだな……、せっかく夫婦になったんだ、呼び方くらいは改めてもいいとは思わないか?」
吐息がかかるほど近くでささやかれて、真っ赤になったリリーは何も考えられない。
(呼び方? 呼び方ってなに?)
心臓が壊れそうなほど脈を打っている。呼び方だか何だかわからないが、何だっていいから少しだけ離れてほしい――そう思ったのだが、楽しそうにくすくすと笑いながら、リリーの髪に指をからませながらクロードが告げた次の一言に、リリーは言葉を失った。
「クロード、と呼べ」
「え?」
「だから、クロードと呼べ」
「く、クロード……王子?」
「王子はいらん。よく考えろよ。近い将来、俺は国王になるんだ。王になってもお前はいつまでも『クロード王子』と呼ぶつもりか?」
「そ、そのときは……、たぶん、へ――」
「陛下は却下だ。許さん。他人行儀だろう」
「で、でも、じゃあなんて……」
「だから、クロードと呼べと言っている」
にやにや笑いながら「さあ呼んでみろ」と命令してくるクロードに、リリーはおろおろと視線を彷徨わせた。
「どうした、名前一つだろう。何をそんなに狼狽える」
リリーはちらりとクロードを見上げて、その顔が楽しそうに笑っているのを見て確信した。
(意地悪してる……)
いろいろあってすっかり忘れていたが、クロードは意地悪なところがある。きっと困っているリリーを見て楽しんでいるに違いない。
そう思うと悔しいが、それでも「クロード」と呼び捨てることに抵抗がある。
何度も呼ぼうと試みて、途中で口を閉ざすリリーに、クロードはあきれたような表情を浮かべた。
「たかだか名前を呼ぶだけだろう」
「そう……ですけど」
「その敬語も気に入らんな」
「う……」
クロードはわずかばかりのリリーとの距離をつめて、ちゅっと唇にキスを落とすと、子供が悪戯を思いついたような顔をしてこう言った。
「敬語をやめて名前が呼べるまで、今夜は寝かせてやらないからそのつもりでいろ」
リリーは別の意味での初夜の試練に、くらりと眩暈を覚えたのだった。
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