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好きなのは…

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 カチッと秒針が鳴る。

 壁にかけている時計が、正午を指していた。

(昼飯……、どうしようかな)

 弘貴はソファに身を沈めたまま、気だるげに考える。

 朝、リリーから遥香のことを聞かされて以来、弘貴はずっとリビングでぼーっとしていた。

 遥香のことばかり考えて、何も手につかない。

 リリーはつけっぱなしのテレビを食い入るように見つめている。

 今は昼の情報番組が流れていたが、あちらの世界にテレビなんてないし、もちろんこの世界の芸能人なんて彼女が知るはずもない。しかし、見慣れないからこそ面白いのか、幼子をテレビのそばに座らせておけばおとなしいのと一緒で、リリーもテレビさえついていれば何時間でもそこに座っていた。

(レストランへ食べに行くか……?)

 このマンションには、ジムもレストランも入っている。レストランは二階だ。和食とイタリアン、中華とカフェが入っていたはずだ。

 弘貴は滅多にここのレストランを利用しないが、夜に行ったことのある和食レストランは美味しかった。寿司屋での修行経験もある店主の寿司の盛り合わせもなかなかよかった。

(確か……、ランチメニューに、海鮮チラシがあった気がするな)

 弘貴は無性に魚が食べたくなった。リリーの箸の扱いはぎこちないが、個室があるので人目を気にする必要はない。

 いつまでもぼんやりしているわけにはいかないし、気を取り直して食事に行こうと弘貴が立ち上がった時だった。

 ピカっと、視界に何か強烈な光が飛び込んできた。

 それはすぐに収まったが、驚いて光のした方へと視線を巡らせた弘貴は――、リリーと目があって違和感を覚える。

 リリーは目を見開いてこちらを見つめており――、その表情を見た途端、弘貴の胸に「まさか」という思いがよぎった。

 ただ無言の視線が交錯する。

 唇を舐めて、ごくりと唾を飲み込んだあと、弘貴は恐る恐る口を開いた。

「……遥香?」

 びくり、と遥香の肩が揺れた。

「遥香!?」

 遥香だと確信した弘貴は、飛びつくようにして遥香を抱きしめた。

「遥香? 戻ってこられたの? どうやって……?」

 ぎゅっと強く抱きしめて、弘貴は遥香の首筋に顔をうずめた。

 柔らかい。温かい。抱きしめたときに少しだけ戸惑ったように身じろぎする癖も、それほど長く離れていたわけではないのに、ひどく懐かしい。

 弘貴の腕の中で顔をあげた遥香は。泣きそうな表情を浮かべていた。

(ああ……、そうか)

 その表情を見て、リリーの言葉を思い出す。

 遥香は、自分がリリーのかわりだと思っている。

「ごめん……、ごめんね、遥香」

 遥香の髪を梳き、頬に口づけを落として、弘貴は遥香の顔を覗き込んだ、

「俺が変なことを言ったから、勘違いさせたんだよね。――違うよ。遥香はリリーのかわりなんかじゃない。俺は、遥香だから好きなんだよ。ごめんね、俺が弱気になって変なことを言ったから――、悲しませたんだよね」

「……弘貴、さん」

 ようやく遥香の口から声が聞こえて、弘貴はホッとした。

「大好きだよ、遥香。戻ってこられてよかった……」

 そう言って、遥香の唇にキスを落とそうとしたときだった。

 パァッと目の前に強い光が溢れて、まぶしさに弘貴は思わず目を閉じた。

 ゆっくりと瞼を持ち上げたとき、そこにいたのは遥香ではなく――

「リリー……?」

 困惑した表情を浮かべる、リリーだった。
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