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嫉妬
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アリスが城からいなくなった。
突然部屋にやってきたコレットからそう聞かされたのは、リリックとコスモス畑に行った五日後のことだった。
「いなくなったって……、お姉様、アリスはどこに行ったの?」
「カーネリア侯爵家よ」
紅茶を飲みながら、コレットが答える。
カーネリア侯爵家は、アリスの母方の実家だった。
城から東に少し行ったところにある広がる領地で、最近はあまり表に出てこなくなった侯爵であるアリスの祖父は、のんびりと田舎暮らしを満喫しているという話だ。しかし、滅多に侯爵家に行かないアリスが、どうして突然侯爵家に向かったのだろう。
「ここ数日、なんだかあの子の様子が変だったのよ」
「変ってどんな風に?」
コスモス畑に行ってから、遥香はアリスと顔を合わせていなかった。会っていれば異変にも気づいただろう。
「なんだか、悩んでいると言うか、珍しく落ち込んでいるようだったわ。そうね、ちょうど……、あなたとリリックを追ってコスモス畑に向かったときからじゃないかしら?」
コスモス畑で何かあったの? と訊ねられて、遥香は驚いた。
「お姉様、アリスはわたしたちを追ってコスモス畑に来たの?」
「ええ、追いかけると言っているのを聞いたわ。あら、会わなかったの?」
「会わなかったわ……」
答えながら、遥香は嫌な予感がしていた。
コスモス畑で、遥香はリリックにずっと好きだったと告白された。もしそれをアリスがどこからか見ていたのだとしたら――
遥香の顔から血の気が引く。
(大変! あの子ったら、思いつめちゃったんじゃ……)
アリスは感情的な性格だが、それゆえ、感情の振れ幅が大きい。リリックに片思い中のアリスが、リリックの言葉を聞いていたのなら、傷ついて落ち込んでしまっていてもおかしくない。
(このままじゃ、だめね……)
アリスにもそうだが、一度、リリックにも向き合わなくてはいけない。うやむやにしたままでは、きっと、みんなが傷ついてしまう。
「何か知ってそうね」
コレットが、遥香の表情の変化に目ざとく気づく。
遥香がコレットにかいつまんで事情を説明すると、彼女は小さく頷いた。
「そう……。リリックのことはわかっていたけど、アリスがリリックを好きだったのには気づかなかったわね」
「お姉様、リリック兄様のこと、気づいていたの?」
「当然よ。わたしたち三姉妹の中で、あれだけあからさまにあなたを特別扱いしていたら、誰だってわかるわ。この際だから教えてあげるけど、クロード王子の婚約話が持ち上がる前、あなたの婚約者候補を決めるときに、リリックの名前が上がっていたのはね、リリックが自ら国王に訴えたからよ。これ、内緒ね」
「……え?」
「リリックが留学中にあなたとクロード王子の婚約がまとまってしまったけれど、たぶん、リリックが留学中だからまとまったのだと思うわ。留学していなければ、きっと、どんな手を使ってでも妨害したでしょうね」
「……わたし、知らなかったことが多すぎるわね」
「そうね。……でも、あなたは最近、以前よりも強くなったわ。前向きになった。こうして、リリックやアリスに向きなおろうとしているのが証拠よ」
クロード王子のおかげなのかしらね、とコレットが笑う。
遥香は左手の薬指に光る指輪を、指先でそっとなぞった。
強くなったとコレットは言うが、自分の性格は、そんなに簡単には変えられない思う。だが、この指輪を触っていると、「大丈夫だ」と言うクロードの言葉が聞こえてくるような気がして、少しだけ頑張れる気がしてくるのだ。
突然部屋にやってきたコレットからそう聞かされたのは、リリックとコスモス畑に行った五日後のことだった。
「いなくなったって……、お姉様、アリスはどこに行ったの?」
「カーネリア侯爵家よ」
紅茶を飲みながら、コレットが答える。
カーネリア侯爵家は、アリスの母方の実家だった。
城から東に少し行ったところにある広がる領地で、最近はあまり表に出てこなくなった侯爵であるアリスの祖父は、のんびりと田舎暮らしを満喫しているという話だ。しかし、滅多に侯爵家に行かないアリスが、どうして突然侯爵家に向かったのだろう。
「ここ数日、なんだかあの子の様子が変だったのよ」
「変ってどんな風に?」
コスモス畑に行ってから、遥香はアリスと顔を合わせていなかった。会っていれば異変にも気づいただろう。
「なんだか、悩んでいると言うか、珍しく落ち込んでいるようだったわ。そうね、ちょうど……、あなたとリリックを追ってコスモス畑に向かったときからじゃないかしら?」
コスモス畑で何かあったの? と訊ねられて、遥香は驚いた。
「お姉様、アリスはわたしたちを追ってコスモス畑に来たの?」
「ええ、追いかけると言っているのを聞いたわ。あら、会わなかったの?」
「会わなかったわ……」
答えながら、遥香は嫌な予感がしていた。
コスモス畑で、遥香はリリックにずっと好きだったと告白された。もしそれをアリスがどこからか見ていたのだとしたら――
遥香の顔から血の気が引く。
(大変! あの子ったら、思いつめちゃったんじゃ……)
アリスは感情的な性格だが、それゆえ、感情の振れ幅が大きい。リリックに片思い中のアリスが、リリックの言葉を聞いていたのなら、傷ついて落ち込んでしまっていてもおかしくない。
(このままじゃ、だめね……)
アリスにもそうだが、一度、リリックにも向き合わなくてはいけない。うやむやにしたままでは、きっと、みんなが傷ついてしまう。
「何か知ってそうね」
コレットが、遥香の表情の変化に目ざとく気づく。
遥香がコレットにかいつまんで事情を説明すると、彼女は小さく頷いた。
「そう……。リリックのことはわかっていたけど、アリスがリリックを好きだったのには気づかなかったわね」
「お姉様、リリック兄様のこと、気づいていたの?」
「当然よ。わたしたち三姉妹の中で、あれだけあからさまにあなたを特別扱いしていたら、誰だってわかるわ。この際だから教えてあげるけど、クロード王子の婚約話が持ち上がる前、あなたの婚約者候補を決めるときに、リリックの名前が上がっていたのはね、リリックが自ら国王に訴えたからよ。これ、内緒ね」
「……え?」
「リリックが留学中にあなたとクロード王子の婚約がまとまってしまったけれど、たぶん、リリックが留学中だからまとまったのだと思うわ。留学していなければ、きっと、どんな手を使ってでも妨害したでしょうね」
「……わたし、知らなかったことが多すぎるわね」
「そうね。……でも、あなたは最近、以前よりも強くなったわ。前向きになった。こうして、リリックやアリスに向きなおろうとしているのが証拠よ」
クロード王子のおかげなのかしらね、とコレットが笑う。
遥香は左手の薬指に光る指輪を、指先でそっとなぞった。
強くなったとコレットは言うが、自分の性格は、そんなに簡単には変えられない思う。だが、この指輪を触っていると、「大丈夫だ」と言うクロードの言葉が聞こえてくるような気がして、少しだけ頑張れる気がしてくるのだ。
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