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嫉妬

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 リリックにコスモスを見に行かないかと誘われたのは、それから数日後のことだった。

 城の近くにあるコスモス畑のコスモスが咲きはじめていて綺麗なんだそうだ。

 遥香が頷くと、ホッとした表情を浮かべたリリックに連れられて、午後からコスモスを見に出かけることになった。

 馬車で十分ほど行った先にあるコスモス畑は、まだ満開と言う様子ではないが、ぽつぽつと咲きはじめた様々な色の花が風に揺れていて、リリックの言う通りとてもきれいだった。

 近くの木の根元に持ってきていた大きめのブランケットを敷いて、料理長が持たせてくれたバスケットを開ける。中にはカヌレと紅茶の入ったポットが入っていた。

 リリックとともにカヌレを食べながら、コスモスを見る。

 気温は高いが、木の下は日陰になっていて、風が吹き抜けていくから日向よりもだいぶ涼しい。

 白やピンク、オレンジに黄色とカラフルなコスモスに目を奪われていれば、隣に座っているリリックが昔を懐かしむような声で言った。

「君が八歳くらいの頃だったかな。コスモス畑で迷子になったの、覚えてる?」

 リリックに言われて、遥香は記憶の糸をたどった。小さいころ、このコスモス畑がお気に入りで、コレットとかくれんぼをして遊んでいた。その時はコスモスの背丈が自分の身長と同じぐらいで、コスモス畑の中に入ってしまえば、視界はすべてコスモスに覆われてしまい、確か、コスモス畑から出られなくなったことが一度だけある。その時助けに来てくれたのは、姉でも両親でもなく、リリックだったはずだ。

「懐かしいね。リリーは声をあげずに泣くんだから、見つけるのが大変だったんだよ」

 その時、リリックも九歳くらいで、まだ身長も高くなかったのに、真っ先に泣いている遥香のもとに駆けつけて、大丈夫だと抱きしめてくれたのを覚えている。

「もう……、恥ずかしいから思い出さないで」

「俺にとってはいい思い出だよ。リリーのことを、守ってあげなくちゃと思いはじめたのも、たぶんそのときからだった」

「兄様……」

「でも君は、もうすぐ隣国に嫁いで、僕が守ってあげられないところに行ってしまうんだね」

 リリックはコスモスを見つめながら、淋しそうに目を細める。

 遥香は、食べかけのカヌレを広げたハンカチの上において、リリックの横顔を見上げた。

「……結婚なんて、やめてしまえばいいのに」

 リリックがコスモス畑から視線を滑らせて、遥香の目を見つめる。

 遥香が息を呑んで黙っていると、真剣な顔をしたリリックが続けた。

「正式に婚約した後で結婚をやめるなんて簡単にできないのは知ってるけど、婚約破棄してしまえばいいのにって、僕は思っているよ。リリーが遠くに行ってしまうのは、悲しい」

 リリックはおもむろに立ち上がると、コスモス畑まで歩いて行って、薄ピンクのコスモスを一輪手折って戻ってきた。

 そっと遥香の髪にコスモスを挿して、儚げに笑う。

「ねえ、リリー……、僕が君をずっと好きだったことに、気づいていた?」

「え……?」

「ずっと好きだったよ。そして今も君が好きだ」

 遥香はリリックを見上げたまま、ごくりと唾をのんだ。驚きすぎて何を言っていいのかがわからない。リリックのことは好きだが、遥香の好きとリリックの好きは種類が違う。遥香はリリックのことを実の兄以上に慕っているが、それは異性としての好きとは違うのだ。

 遥香が言葉もなく茫然としていると、リリックにそっと頭を撫でられた。

「ごめん、困らせたかったわけじゃない。こんなこと言うべきじゃなかったね」

 リリックはゆっくりとコスモス畑に視線を戻すと、後ろの木の幹に背中を預けた。

 そのまま何も言わずに、ぼんやりとコスモス畑を眺めるリリックに、遥香は結局、何の言葉もかけられなかった。
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