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愛してる
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リリー――遥香は、せっせとハンカチに刺繍を刺していた。
指輪を作ってくれるというクロードに、何かお返しがしたいと伝えると、少し考えた彼は「いつでも持ち運べるように、ハンカチに刺繍を入れてくれ」と言った。
遥香はクロードから五枚のハンカチを受け取ると、薔薇や百合などの刺繍を、ハンカチの角に刺しはじめ、もうじき最後の一枚が完成しそうだ。
「リリー様、クロード王子が一緒にお茶をしないかとお誘いですよ」
刺繍を刺すことに没頭していた遥香は、アンヌに声をかけられてハッとした。
クロードは政務の合間を縫って遥香をお茶に誘ってくれる。クロードの部屋に行くことが多いが、たまに中庭や温室に誘われることもあった。
「部屋で待ってる、だそうですわ」
今日はどこなのと疑問を口にする前に、セリーヌが微笑みを浮かべて教えてくれる。
遥香は頷くと、仕上げの三針を刺して、仕上がった五枚のハンカチを手にクロードの部屋に向かった。
遥香がクロードの部屋に行くと、彼はソファに座って本を読んでいた。
遥香が部屋に入ると、立ち上がって出迎えてくれる。
「仕上がりました」
ソファに腰を下ろす前に、刺繍を終えたハンカチを差し出すと、クロードは驚いたように目を瞬《しばたた》いた。
「もう終わったのか? 確か一昨日頼んだと思うが……」
そう言いながらハンカチを確かめたクロードが、細かい刺繍で描かれているダリアの花を見て微笑む。
「きれいだな。こっちは薔薇か。百合に、ひまわり、マーガレットか」
五枚すべてを確かめると、クロードは朗らかに笑いながら「ハンカチを使うのが楽しくなるな」と言う。
「こんなものでいいなら、いつでも……」
「そうか。じゃあ、また頼む」
満足そうなクロードに安心しながら遥香はソファに座る。
「あ、このマカロン……」
茶請けにカラフルなマカロンが並んでいるのに気づいた遥香が声をあげると、クロードが紅茶を口に運びながら頷いた。
「この前城下町に降りたときに気に入っていたみたいだからな、取り寄せてみた。……また、食べさせてやろうか?」
にやりとクロードが意地悪な表情を浮かべる。
遥香は頬を染めると、首を横に振った。
「自分で食べられますっ」
「それは残念だ。食べさせてほしくなったらいつでも口に運んでやるから言え」
「言いませんっ」
からかわれているのがわかるから、遥香は拗ねたように口を尖らせる。
クロードに勧められてイチゴ味のマカロンを手に取ると口の中に入れる。口の中で溶けるようになくなっていくと同時にふわりとイチゴの味と香りが口の中一杯に広がって、遥香が幸せそうな顔をしていると、クロードがティーカップをおいてまぶしそうに目を細めた。
「お前がそうやって笑っているのを見ると、癒される」
「クロード王子?」
「小動物みたいだからな」
(……もうっ)
またからかったのだ。遥香が二つ目のマカロンを咀嚼しながらふくれっ面になると、クロードが喉の奥で笑いながら、チョコレート味のマカロンを遥香の口元に近づけた。
「そう拗ねるな。ほら、口を開けろ」
自分で食べられるって言ったのに、と遥香が渋々口を開けると、その中にマカロンが放り込まれる。
マカロンのおいしさにふにゃりと頬を緩めたそのとき、部屋の扉が控えめに叩かれてクロードが顔をあげた。
「どうした?」
侍女が扉を開けると、少し困った顔をした男が立っている。クロードより少し年上だろうと思われるその男性は、クロードに向けて小さく頭を下げた。
「申し訳ございません、急ぎの書類がございまして」
「ああ、わかった。―――リリー、終わったら戻るからこの部屋で待っていてくれ。退屈だろうから、部屋の中のものは好きに触ってもいいぞ」
あまり面白いものはないかもしれないがなと言って、クロードが部屋から出て行く。
ぽつん、と部屋に一人取り残されて、最初はおとなしく座っていた遥香だったが、徐々に退屈になってきた。
好きに触っていいと言われていたから、ソファから立ち上がり、本棚を物色する。だが、どれも小難しそうな書物ばかりで、遥香が好むような小説や伝記の類はない。
本棚はあきらめて、クロードの机の上を覗き込んだ遥香は、机の端に皮張りの箱を見つけて興味を持った。
「なにかしら……?」
箱はそれほど大きくない。遥香はそっと蓋を開けて中に入っていたものを見た途端、目を大きく見開いた。
「これ……」
中に入っていたのは、目元を覆う仮面だ。黒と金色の、飾りのついてきれいな仮面。これと同じものを、遥香は見たことがあった。一度だけ参加した仮面舞踏会で、出会って踊った男性がつけていたのと同じ仮面だ。
あの時の男性は、クロードだったのだろうか。
「……嘘」
遥香は茫然とつぶやいた。
指輪を作ってくれるというクロードに、何かお返しがしたいと伝えると、少し考えた彼は「いつでも持ち運べるように、ハンカチに刺繍を入れてくれ」と言った。
遥香はクロードから五枚のハンカチを受け取ると、薔薇や百合などの刺繍を、ハンカチの角に刺しはじめ、もうじき最後の一枚が完成しそうだ。
「リリー様、クロード王子が一緒にお茶をしないかとお誘いですよ」
刺繍を刺すことに没頭していた遥香は、アンヌに声をかけられてハッとした。
クロードは政務の合間を縫って遥香をお茶に誘ってくれる。クロードの部屋に行くことが多いが、たまに中庭や温室に誘われることもあった。
「部屋で待ってる、だそうですわ」
今日はどこなのと疑問を口にする前に、セリーヌが微笑みを浮かべて教えてくれる。
遥香は頷くと、仕上げの三針を刺して、仕上がった五枚のハンカチを手にクロードの部屋に向かった。
遥香がクロードの部屋に行くと、彼はソファに座って本を読んでいた。
遥香が部屋に入ると、立ち上がって出迎えてくれる。
「仕上がりました」
ソファに腰を下ろす前に、刺繍を終えたハンカチを差し出すと、クロードは驚いたように目を瞬《しばたた》いた。
「もう終わったのか? 確か一昨日頼んだと思うが……」
そう言いながらハンカチを確かめたクロードが、細かい刺繍で描かれているダリアの花を見て微笑む。
「きれいだな。こっちは薔薇か。百合に、ひまわり、マーガレットか」
五枚すべてを確かめると、クロードは朗らかに笑いながら「ハンカチを使うのが楽しくなるな」と言う。
「こんなものでいいなら、いつでも……」
「そうか。じゃあ、また頼む」
満足そうなクロードに安心しながら遥香はソファに座る。
「あ、このマカロン……」
茶請けにカラフルなマカロンが並んでいるのに気づいた遥香が声をあげると、クロードが紅茶を口に運びながら頷いた。
「この前城下町に降りたときに気に入っていたみたいだからな、取り寄せてみた。……また、食べさせてやろうか?」
にやりとクロードが意地悪な表情を浮かべる。
遥香は頬を染めると、首を横に振った。
「自分で食べられますっ」
「それは残念だ。食べさせてほしくなったらいつでも口に運んでやるから言え」
「言いませんっ」
からかわれているのがわかるから、遥香は拗ねたように口を尖らせる。
クロードに勧められてイチゴ味のマカロンを手に取ると口の中に入れる。口の中で溶けるようになくなっていくと同時にふわりとイチゴの味と香りが口の中一杯に広がって、遥香が幸せそうな顔をしていると、クロードがティーカップをおいてまぶしそうに目を細めた。
「お前がそうやって笑っているのを見ると、癒される」
「クロード王子?」
「小動物みたいだからな」
(……もうっ)
またからかったのだ。遥香が二つ目のマカロンを咀嚼しながらふくれっ面になると、クロードが喉の奥で笑いながら、チョコレート味のマカロンを遥香の口元に近づけた。
「そう拗ねるな。ほら、口を開けろ」
自分で食べられるって言ったのに、と遥香が渋々口を開けると、その中にマカロンが放り込まれる。
マカロンのおいしさにふにゃりと頬を緩めたそのとき、部屋の扉が控えめに叩かれてクロードが顔をあげた。
「どうした?」
侍女が扉を開けると、少し困った顔をした男が立っている。クロードより少し年上だろうと思われるその男性は、クロードに向けて小さく頭を下げた。
「申し訳ございません、急ぎの書類がございまして」
「ああ、わかった。―――リリー、終わったら戻るからこの部屋で待っていてくれ。退屈だろうから、部屋の中のものは好きに触ってもいいぞ」
あまり面白いものはないかもしれないがなと言って、クロードが部屋から出て行く。
ぽつん、と部屋に一人取り残されて、最初はおとなしく座っていた遥香だったが、徐々に退屈になってきた。
好きに触っていいと言われていたから、ソファから立ち上がり、本棚を物色する。だが、どれも小難しそうな書物ばかりで、遥香が好むような小説や伝記の類はない。
本棚はあきらめて、クロードの机の上を覗き込んだ遥香は、机の端に皮張りの箱を見つけて興味を持った。
「なにかしら……?」
箱はそれほど大きくない。遥香はそっと蓋を開けて中に入っていたものを見た途端、目を大きく見開いた。
「これ……」
中に入っていたのは、目元を覆う仮面だ。黒と金色の、飾りのついてきれいな仮面。これと同じものを、遥香は見たことがあった。一度だけ参加した仮面舞踏会で、出会って踊った男性がつけていたのと同じ仮面だ。
あの時の男性は、クロードだったのだろうか。
「……嘘」
遥香は茫然とつぶやいた。
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