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花言葉と緊張の夜
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ガタン、と電車が揺れた。
電車に揺られて一時間ほどしてくると、窓の外の景色はかなり趣を変える。背後の窓に気を取られているときに電車が揺れたので、ほんの少しよろけた遥香の肩を、弘貴が優しく引き寄せた。
「危ないよ」
朝の満員電車ほどではないが、電車の中はそれなりに混雑している。そのため、話しかけるときはすべて耳元でささやかれるから、遥香の鼓動は電車に乗った一時間前から高鳴りっぱなしだった。
ゴールデンウィーク真っ只中の今日は、弘貴と二人でフラワーパークを見に行く予定だ。
バーで弘貴のことが好きだと白状して、つき合うことになったあと、弘貴と連絡先を交換した。
タクシーで家まで送ってもらったあとすぐにスマホにメッセージが入り、ゴールデンウィークにどこかに行かないかと誘われたのだ。
今日を迎えるまでに、おしゃれなカフェに連れて行ってもらったり、弘貴のマンションでレンタルした映画を見たりもして、そのたびにドキドキしていたが、それとは違い、少し遠くまでの外出はわくわくする。
遊園地でもよかったけれど、家族連れが多く、混雑が予想されたので、テレビCMで見たフラワーパークに行ってみることにしたのだ。
弘貴はアメリカから帰国する際に、所有していた車を手放したらしい。日本ではまだ車を購入していないので、目的地までは電車でということになったのだが、二人で電車に揺られるのは楽しかった。
「ありがとうございます」
弘貴に引き寄せられて、遥香ははにかみながら礼を言った。
混雑している電車の中で扉の近くに立っているのだが、弘貴は、さりげなく遥香をほかの乗客からかばうようにしてくれている。
その気遣いが、大事にされているように感じられて、遥香は好きだと告げてよかったと思った。
「天気になってよかったね」
視界を流れる窓の外の空は、雲一つない青空だ。
朝の天気予報で、局地的に雨が降ると言っていたから心配していたが、この様子だと大丈夫そうである。
「雨、降らなそうですね」
念のため、鞄の中には小さな折り畳み傘が入っているが、おそらく使うことはないだろう。
「もし雨が降って、前みたいに風邪を引いたら、また看病に来てくれる?」
「前みたいに雨に濡れたあとにうろうろするのは、もうだめですよ」
「あれ、看病はしてくれないの?」
「それは……、もちろん、しますけど……」
遥香が頬を染めて答えると、弘貴がその答えに満足したように笑った。
いまだに、どこを好きになってくれたのかまったくわからない遥香だが、こうして笑ってくれるから安心できる。
「立ちっぱなしで、足、疲れてない? あと二駅だけど、つらかったら寄りかかっていいからね」
「大丈夫ですよ」
フラワーパークと聞いて、歩くことを想定してスニーカーを履いている。ジーパンとカットソーにスニーカーではデートの格好として問題ないかどうか心配だったが、待ち合わせ場所に到着した遥香を見て、弘貴は「そういう格好も新鮮でいいね」と微笑んでくれた。
「フラワーパークから少し離れたとこにある施設で、石窯でピザを焼く体験ができるんだって。今から行くとちょうどお昼前くらいになるし、お昼ごはんはそこでいいかな?」
「ピザ焼き体験! 楽しそうですね! でも、今から予約ってできるんでしょうか……?」
「大丈夫。遥香ならそう言ってくれると思って、実は予約しておいたから」
得意げに語る弘貴に、遥香はぷっと吹き出した。なんでもスマートにこなす人だが、こういうところが少し子供っぽくてかわいいと思う。
弘貴は、つきあってすぐに遥香の呼び方を「秋月さん」から「遥香」へ変えた。はじめて「遥香」と呼ばれたときは顔が真っ赤になったが、何度も呼ばれているうちに慣れてきた。遥香も「八城係長」から呼び名を改め「弘貴さん」と呼んでいる。本当は呼び捨てがいいと言われたのだが、緊張しすぎて無理だったので、「弘貴さん」で許してもらった。
「ピザのほかに、バーベキューもできるらしいから、そこでご飯を食べてフラワーパークに行こう。あ、今ならピザ焼き体験をした人に、十五分のイチゴ狩りの特典がつくんだって」
「イチゴ狩りですか。わたし、イチゴ狩りってしたことがないんです」
「それはよかった。そういえば、摘み取ったイチゴを利用してピザが作れるって書いてあったけど、……ピザの上にイチゴ乗せて、おいしいのかな?」
「うーん、甘いピザになるんですかね? デザートだと考えると、それはそれで美味しいそうな気もします」
「たしかにデザートならありかもしれないね。作ってみたい?」
「今日は……、イチゴはそのまま食べたいです。でも今日もがあるので、今度、お家で作ってみませんか?」
「ピザって家で作れるの?」
「強力粉とイースト菌があれば」
「へえ、知らなかった」
弘貴が感心したように頷く。
「でもうちにオーブンなんてあったっけ?」
「え? 弘貴さんのお部屋にすごく高そうな、キッチンに組み込みのオーブンがありましたけど……」
「そうなの? 冷蔵庫と電子レンジしか使ってないからよくわかんないな」
遥香は少しあきれた。弘貴のマンションに備わっているアイルランドキッチンはとても広く、ものすごく高級そうだった。あれが使われていないなんて、世の料理研究家が見たら「もったいない!」と叫びそうだ。
「それじゃあ、今度材料を買ってきて作ろうよ」
「ソースの部分をカスタードにしたら、パイみたいになりますね」
「あ、それいいね、美味しそう」
「じゃあ、わたしはカスタードクリームを作るので、弘貴さんはピザ生地をこねてくださいね」
「いいね。今日、しっかり覚えて帰らないと」
料理はしないけれど、こねるくらいならできそうだと弘貴が頷く。
そのまま話は今日のピザは何味にするかという話題に移り、くすくすと笑っているうちに電車が目的の駅まで到着した。
電車に揺られて一時間ほどしてくると、窓の外の景色はかなり趣を変える。背後の窓に気を取られているときに電車が揺れたので、ほんの少しよろけた遥香の肩を、弘貴が優しく引き寄せた。
「危ないよ」
朝の満員電車ほどではないが、電車の中はそれなりに混雑している。そのため、話しかけるときはすべて耳元でささやかれるから、遥香の鼓動は電車に乗った一時間前から高鳴りっぱなしだった。
ゴールデンウィーク真っ只中の今日は、弘貴と二人でフラワーパークを見に行く予定だ。
バーで弘貴のことが好きだと白状して、つき合うことになったあと、弘貴と連絡先を交換した。
タクシーで家まで送ってもらったあとすぐにスマホにメッセージが入り、ゴールデンウィークにどこかに行かないかと誘われたのだ。
今日を迎えるまでに、おしゃれなカフェに連れて行ってもらったり、弘貴のマンションでレンタルした映画を見たりもして、そのたびにドキドキしていたが、それとは違い、少し遠くまでの外出はわくわくする。
遊園地でもよかったけれど、家族連れが多く、混雑が予想されたので、テレビCMで見たフラワーパークに行ってみることにしたのだ。
弘貴はアメリカから帰国する際に、所有していた車を手放したらしい。日本ではまだ車を購入していないので、目的地までは電車でということになったのだが、二人で電車に揺られるのは楽しかった。
「ありがとうございます」
弘貴に引き寄せられて、遥香ははにかみながら礼を言った。
混雑している電車の中で扉の近くに立っているのだが、弘貴は、さりげなく遥香をほかの乗客からかばうようにしてくれている。
その気遣いが、大事にされているように感じられて、遥香は好きだと告げてよかったと思った。
「天気になってよかったね」
視界を流れる窓の外の空は、雲一つない青空だ。
朝の天気予報で、局地的に雨が降ると言っていたから心配していたが、この様子だと大丈夫そうである。
「雨、降らなそうですね」
念のため、鞄の中には小さな折り畳み傘が入っているが、おそらく使うことはないだろう。
「もし雨が降って、前みたいに風邪を引いたら、また看病に来てくれる?」
「前みたいに雨に濡れたあとにうろうろするのは、もうだめですよ」
「あれ、看病はしてくれないの?」
「それは……、もちろん、しますけど……」
遥香が頬を染めて答えると、弘貴がその答えに満足したように笑った。
いまだに、どこを好きになってくれたのかまったくわからない遥香だが、こうして笑ってくれるから安心できる。
「立ちっぱなしで、足、疲れてない? あと二駅だけど、つらかったら寄りかかっていいからね」
「大丈夫ですよ」
フラワーパークと聞いて、歩くことを想定してスニーカーを履いている。ジーパンとカットソーにスニーカーではデートの格好として問題ないかどうか心配だったが、待ち合わせ場所に到着した遥香を見て、弘貴は「そういう格好も新鮮でいいね」と微笑んでくれた。
「フラワーパークから少し離れたとこにある施設で、石窯でピザを焼く体験ができるんだって。今から行くとちょうどお昼前くらいになるし、お昼ごはんはそこでいいかな?」
「ピザ焼き体験! 楽しそうですね! でも、今から予約ってできるんでしょうか……?」
「大丈夫。遥香ならそう言ってくれると思って、実は予約しておいたから」
得意げに語る弘貴に、遥香はぷっと吹き出した。なんでもスマートにこなす人だが、こういうところが少し子供っぽくてかわいいと思う。
弘貴は、つきあってすぐに遥香の呼び方を「秋月さん」から「遥香」へ変えた。はじめて「遥香」と呼ばれたときは顔が真っ赤になったが、何度も呼ばれているうちに慣れてきた。遥香も「八城係長」から呼び名を改め「弘貴さん」と呼んでいる。本当は呼び捨てがいいと言われたのだが、緊張しすぎて無理だったので、「弘貴さん」で許してもらった。
「ピザのほかに、バーベキューもできるらしいから、そこでご飯を食べてフラワーパークに行こう。あ、今ならピザ焼き体験をした人に、十五分のイチゴ狩りの特典がつくんだって」
「イチゴ狩りですか。わたし、イチゴ狩りってしたことがないんです」
「それはよかった。そういえば、摘み取ったイチゴを利用してピザが作れるって書いてあったけど、……ピザの上にイチゴ乗せて、おいしいのかな?」
「うーん、甘いピザになるんですかね? デザートだと考えると、それはそれで美味しいそうな気もします」
「たしかにデザートならありかもしれないね。作ってみたい?」
「今日は……、イチゴはそのまま食べたいです。でも今日もがあるので、今度、お家で作ってみませんか?」
「ピザって家で作れるの?」
「強力粉とイースト菌があれば」
「へえ、知らなかった」
弘貴が感心したように頷く。
「でもうちにオーブンなんてあったっけ?」
「え? 弘貴さんのお部屋にすごく高そうな、キッチンに組み込みのオーブンがありましたけど……」
「そうなの? 冷蔵庫と電子レンジしか使ってないからよくわかんないな」
遥香は少しあきれた。弘貴のマンションに備わっているアイルランドキッチンはとても広く、ものすごく高級そうだった。あれが使われていないなんて、世の料理研究家が見たら「もったいない!」と叫びそうだ。
「それじゃあ、今度材料を買ってきて作ろうよ」
「ソースの部分をカスタードにしたら、パイみたいになりますね」
「あ、それいいね、美味しそう」
「じゃあ、わたしはカスタードクリームを作るので、弘貴さんはピザ生地をこねてくださいね」
「いいね。今日、しっかり覚えて帰らないと」
料理はしないけれど、こねるくらいならできそうだと弘貴が頷く。
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