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新婚旅行と始祖の神

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 リリアローズの生まれ育った村は、ラグナ村と言うらしい。

 妖精と同じで、龍族にもいろいろな種族があるらしく、それぞれ規模は違えど、集落をつくって生活しているそうだ。

 リリアローズの種族は中型サイズの火龍だそうだ。

 龍族なのに龍の姿ではないのは、人の格好をしていた方が小回りが利いて便利だかららしい。龍の姿になろうと思えばなれるそうだが、人の姿になれる年になってからわざわざ不便な龍に姿になるものはあまりいないのだそうだ。そのため、龍の姿で生活しているのは、生まれて五歳ほどまでの子供だけとのことである。

 子供であっても、人生ではじめて龍を見ることができるかもしれないとエレノアはわくわくしたが、同行しているリリアローズの従兄のエドワードがそんなエレノアに釘を刺した。

「子龍はたまに力の暴走を起こして火を吐きますから、特に人間であるエレノア様は近寄らない方がよろしいですよ」

「………」

 龍は見たいが丸焦げにはされたくないので、エレノアはぞっとして小さく頷いた。

 飛翼馬車が村まで到着すると、その大きさにエレノアは驚いた。

 村と聞いていたからもっと小さなところを想像していたが、ずいぶんと大きい。

 道は石畳で整備されていて、丸い中央広場の噴水を起点に、放射線状に六本の太い道が伸びている。

 広場は花などで祭り仕様に飾りつけされていてとても華やかだ。

 噴水の近くには子龍が三人――匹?――、追いかけっこをするように走り回って遊んでいた。

 トカゲを丸くしたような、でもやっぱりトカゲとは違うような、くりんと大きな目をして琥珀色の色をした子龍たちに、エレノアの目が釘付けになる。

 トカゲは苦手だが、丸い体を揺すりながら走る目の前の子龍たちは可愛かった。ぎゅーっと抱きしめてみたい衝動に駆られてうずうずしていると、エレノアの背後からエドワードに「だめですからね」とまるで思考を読んだかのように注意されてしょんぼりする。

「エレノア、そんなに気にいったのか? なんなら一匹連れて帰って――」

「サーシャロッド様。ペットでもおもちゃでもございませんのでおやめください」

「冗談だ。相変わらず固いな、お前は」

「普段からフレイディーベルグ様やリリーの相手をしていれば、誰でもこうなります。二人とも、放っておくと何をするかわからないので」

 エドワードは厭味のように盛大にため息をついたが、当の本人たち――フレイディーベルグとリリアローズは、広場近くの雑貨屋を見つけてふらふらとそちらへ行ってしまい、まったく聞いていない。

 エドワードは額に青筋を浮かべたが、二人のことは無視することに決めたらしい。

「あの二人に団体行動なんてできませんから放っておきましょう。私の父が村長を務めておりますので、まずはそちらの邸へ向かいましょう」

 ラグナ村には一泊する予定だが、宿は村長の邸を借りることになっていた。

 フレイディーベルグとリリアローズを放っておいていいという意見はサーシャロッドも同様のようで、エレノアはエドワードに案内されて村長宅へと向かう。

 村長の邸は、村の高台にあった。

 部屋に荷物をおいて、居間で村長と話をしていると、フレイディーベルグとリリアローズがやってきた。

「叔父様、お久しぶりですわー」

 雑貨屋で手に入れたらしい、奇妙な模様の花瓶を持って現れたリリアローズを見て、エレノアは太陽の宮殿の異様な置物をどこで手に入れたのかを悟った気がした。きっとこの――獅子の顔をした花なのか、花の形をした獅子なのかよくわからない絵柄の花瓶も、太陽の宮殿のどこかへ飾られることだろう。

 村長はリリアローズの笑顔を見て、何とも言えないような表情をした。

「リリーか。お前、フレイ様にご迷惑をかけていないだろうな。何度も言うが、少しは慎みと言うものを――」

「大丈夫ですわ叔父様! あたくしとフレイ様はとーっても仲良しですもの。ほらほら見て見て、首輪が新しくなりましたのよ。ほら、ここに小さな花模様。ちなみにフレイ様が今度あたくし専用の手枷を作ってくださるって――あら、叔父様、どうして泣いていらっしゃるの?」

「泣きたくもなるわ! 私はどこで教育を間違ったのだろう。これでは死んだ姉さんと義兄さんに合わせる顔が――」

 リリアローズの両親は、まだリリアローズが幼いころに病気で亡くなったそうだ。龍族だけがかかる病だそうで、基本的に頑丈な龍族も、この病にだけは勝てないらしい。

 目頭を押さえて泣き出してしまった村長にエレノアはおろおろするが、サーシャロッドは馬鹿馬鹿しいとばかりに知らん顔で、エドワードは慣れているのか無反応。

 フレイディーベルグは、首輪だ手枷だと嬉しそうなリリアローズの頭をなでなでしているし、リリアローズは手枷のすばらしさを熱弁して村長をさらに号泣させ、混沌カオスと化したこの状況を諫めるものは誰もいない。

 エレノアは首輪のロマンも手枷のすばらしさもさっぱり理解できなかったが、リリアローズの口を止めないことには村長があまりにもかわいそうな気がして、勇気を振り絞って混沌の渦と化した居間の正常化を図ろうとした。

「お、お祭り! お祭りは、どんなお祭りなんでしょうか!」

 祭りに「どんな」もないだろうが、エレノアは必死だった。

 リリアローズは変な絵柄の花瓶をおくと、嬉しそうにフレイディーベルグの腕に抱きついた。

「恋人たちのお祭りなのよ! お祭りの夜に求婚して受け入れられると、永遠に結ばれるっていう素敵な言い伝えがあるの。あたくしも三十年前にこのお祭りの夜にフレイ様にプロポーズしたのよー!」

「え! リリー様がプロポーズしたんですか!」

「そうだね。リリーのプロポーズがあまりに強烈で私好みだったから、思わず頷いてしまったよ」

 エレノアは素敵なラブロマンスの香りがしてわくわくした。リリアローズはいったいどんなプロポーズをしたのだろうか。

「リリー様はどんなプロポーズをしたんですか?」

 お嫁さんにしてください、とかだろうか。エレノアは目をキラキラさせて訊ねたが――、数分後、聞いたことをひどく後悔することになる。

 リリアローズはぽっと赤くなった頬に両手を当てて、恥ずかしそうにくねくねと体をくねらせた。

「やだ、そんな、恥ずかしいわ」

「恥ずかしがらなくてもいいだろう。なかなかよかったよ」

「本当ですか?」

「でなければ結婚していないからね。できればもう一度聞きたいね」

「あーん! じゃあフレイ様がそうおっしゃってくれるなら何度でも言いますわー!」

 リリアローズはひしっとフレイディーベルグに抱きついて。

「一生、あたくしをいじめてくださいませ―――!」

 彼女がそう叫んだ瞬間、エレノアはピシッと凍りついた。

 号泣していた村長は、今度は魂を飛ばしたかのように白い顔をして天井を仰いでいる。

 もちろん一生苛め抜いてあげるよ――なんて言っているフレイディーベルグの笑顔も、嬉しそうに目をうるうるさせているリリアローズも恐ろしくて、ひしっとサーシャロッドにしがみつけば、「お前が余計なことを訊くからだ」とあきれ顔ながらもよしよしと頭を撫でてくれた。

 エドワードは「一族の恥だ」とため息をついているし、リリアローズとフレイディーベルグは人の目を憚らずいちゃいちゃしはじめるし、村長は放心してしまっているしで、居間の中が再び混沌と化してしまったのだが――、もはやこの惨状をどうにかしようとするものは誰もいなかった。
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