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泉の妖精の異変
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泉の妖精の女王の城は、かつての優美な面影もないほどだった。
黒く塗りつぶされたような城壁に、荒れ果てた庭。
城の玄関口に降り立ったサーシャロッドは、その瞬間、湖の妖精たちに取り囲まれた。
「しんにゅうしゃだ!」
「とりおさえろ!」
サーシャロッドは泉の妖精の姿を見て舌打ちした。同じだ――。雪だるまの妖精が黒く変色したように、腰から下の彼らの尾は真っ黒く変色していた。
サーシャロッドはポールから青水晶を一つ借りてきていたが、雪だるまと違って、彼らにこれを突き刺せば大けがをさせることになる。
サーシャロッドはひとまず彼らを元に戻すことを諦めて、ぱちりと指を鳴らした。その瞬間、地面からいくつもの氷の柱がつきだしてきて、まるで氷の牢獄のように彼らを閉じ込めた。
「悪く思うな。元に戻したら出してやる」
サーシャロッドはわめきたてる妖精たちに背を向けて、城の中へ足を踏み入れる。
城壁は黒く塗りつぶされていたが、中はとくに変わったところはなかった。優美な装飾もそのままだ。進んでいくと、奥から黒い尾をした泉の妖精たちが現れたので、玄関口でしたように、氷の牢に閉じ込める。そうして奥へと進んでいくと、小さくすすり泣くような声が聞こえてきて、サーシャロッドは近くの部屋を開けた。
部屋の中は暗かった。声は部屋の奥――、クローゼットの方から聞こえてくる。小さな妖精たちの使うクローゼットのため、サーシャロッドの膝上ほどの高さしかない。
サーシャロッドはその場に膝をつくと、そっとクローゼットの扉を開いた。
「だ、だれ――」
しゃくりあげたような、ひきつった声がした。
クローゼットの奥で震えていたのは泉の妖精だった。尾が黒く変色していないのを確かめて、サーシャロッドは話しかけた。
「大丈夫か?」
「さーしゃろっどさま?」
彼女は涙をためた目を大きく見開くと、勢いよくサーシャロッドに飛びついた。
「さーしゃろっどさまあぁ!」
よほど怖かったのか、わんわん泣き出してしまった妖精をなだめて、サーシャロッドが状況を訊ねると、彼女はぐしぐしと目元をこすった。
「わ、わかりません。とつぜんみんなが、きょうぼうになって……。わたしみたいに、おかしくならなかったようせいたちは、みんなつかまってしまいました。じょ、じょうおうさまも、つかまってしまって……、わたしは、じょうおうさまの、じじょをしていましたけど、おにげなさいって……。じょ、じょうおうさまぁああああ―――!」
わーんと再び泣き出してしまったので、サーシャロッドは彼女を肩に乗せ、あやすように頭を撫でてやりながら立ち上がった。
「女王と正気の妖精たちはどこに連れて行かれたんだ?」
「お、おしろのずっと下にある、ろうやに……」
「わかった。急ぐから捕まっていろ」
サーシャロッドは妖精が首元にひしと捕まったのを見たあとで、城の地下深くまで転移した。
泉の女王の城にある地下牢は、牢と言っても、罪人のために使われることはほぼないと言っていい。
妖精たちは悪戯はするけれども、何か罪になるような悪さをするものはほとんどいない。たまに悪戯がすぎるものもいるが、彼らは基本誰かを「裁く」ことはしないため、牢が使われるのはもっぱら、悪さがすぎた妖精たちを反省させるために使われる。
そのため、牢といっても冷たい鉄の檻のようなものではなく、泉の妖精の城の地下牢は、大きなほら貝のような形をしていた。もちろん、逃げられないように、入り口は格子になっているが。
地下牢に到着すると、牢の見張りをしていた妖精たちが突如として襲いかかってきたが、もちろんサーシャロッドは想定ずみだ。あっさり氷の柱の檻で捕らえてしまうと、サーシャロッドの肩に乗っていた泉の妖精が、泣きながら牢まで飛んで行った。
「じょうおうさまあああ―――!」
「まあ、逃げなさいと言ったのに」
女王は牢の格子に手をついて、困ったような顔をした。思ったよりも元気そうな様子に、サーシャロッドはホッと胸を撫でおろして近づいていく。
「大変なことになっているようだな」
「サーシャロッド様!」
牢の中には女王のほかにも何人もの泉の妖精たちがいたが、女王が励まし続けていたのか、恐慌状態のものはいなかった。だが、さすがに憔悴の色は見える。
サーシャロッドは牢の格子扉に手をかけると、ぐっと引っ張る。バキッと鈍い音を立てて扉が壊れると、妖精たちが飛び出してきてサーシャロッドを取り囲んだ。
「さーしゃろっどさまあ!」
「こわかったよ―――!」
口々に叫びながらまとわりつかれて、サーシャロッドは苦笑するしかない。
「あなたたち、サーシャロッド様がお困りでしょう」
女王があきれたように言ってから片膝を折って深く頭を下げた。
「お手を煩わせて申し訳ございません」
「いや、かまわない。それより何があった」
「それが、わたくしにも……。最初は小さな違和感でした。水が濁っているような気がしたのです。少し様子を見ようと思っていたら、今度は突然、性格が変わったかのように暴れはじめる妖精たちが現れました。その者たちを捕えてもすぐにまた同じような妖精たちが……。そして気がついた時には泉の妖精たちはほとんどおかしくなってしまって――」
「それでお前まで捕えられた、と。だが泉の妖精たちにお前を捕えるほどの力があるとは思えないが」
泉の女王は悲しみに耐えるようにそっと目を伏せた。
「それは――。わたくしを捕えたのは、わたくしの、息子なのです」
女王は小さく肩を揺らして、ぽろりと涙をこぼした。
黒く塗りつぶされたような城壁に、荒れ果てた庭。
城の玄関口に降り立ったサーシャロッドは、その瞬間、湖の妖精たちに取り囲まれた。
「しんにゅうしゃだ!」
「とりおさえろ!」
サーシャロッドは泉の妖精の姿を見て舌打ちした。同じだ――。雪だるまの妖精が黒く変色したように、腰から下の彼らの尾は真っ黒く変色していた。
サーシャロッドはポールから青水晶を一つ借りてきていたが、雪だるまと違って、彼らにこれを突き刺せば大けがをさせることになる。
サーシャロッドはひとまず彼らを元に戻すことを諦めて、ぱちりと指を鳴らした。その瞬間、地面からいくつもの氷の柱がつきだしてきて、まるで氷の牢獄のように彼らを閉じ込めた。
「悪く思うな。元に戻したら出してやる」
サーシャロッドはわめきたてる妖精たちに背を向けて、城の中へ足を踏み入れる。
城壁は黒く塗りつぶされていたが、中はとくに変わったところはなかった。優美な装飾もそのままだ。進んでいくと、奥から黒い尾をした泉の妖精たちが現れたので、玄関口でしたように、氷の牢に閉じ込める。そうして奥へと進んでいくと、小さくすすり泣くような声が聞こえてきて、サーシャロッドは近くの部屋を開けた。
部屋の中は暗かった。声は部屋の奥――、クローゼットの方から聞こえてくる。小さな妖精たちの使うクローゼットのため、サーシャロッドの膝上ほどの高さしかない。
サーシャロッドはその場に膝をつくと、そっとクローゼットの扉を開いた。
「だ、だれ――」
しゃくりあげたような、ひきつった声がした。
クローゼットの奥で震えていたのは泉の妖精だった。尾が黒く変色していないのを確かめて、サーシャロッドは話しかけた。
「大丈夫か?」
「さーしゃろっどさま?」
彼女は涙をためた目を大きく見開くと、勢いよくサーシャロッドに飛びついた。
「さーしゃろっどさまあぁ!」
よほど怖かったのか、わんわん泣き出してしまった妖精をなだめて、サーシャロッドが状況を訊ねると、彼女はぐしぐしと目元をこすった。
「わ、わかりません。とつぜんみんなが、きょうぼうになって……。わたしみたいに、おかしくならなかったようせいたちは、みんなつかまってしまいました。じょ、じょうおうさまも、つかまってしまって……、わたしは、じょうおうさまの、じじょをしていましたけど、おにげなさいって……。じょ、じょうおうさまぁああああ―――!」
わーんと再び泣き出してしまったので、サーシャロッドは彼女を肩に乗せ、あやすように頭を撫でてやりながら立ち上がった。
「女王と正気の妖精たちはどこに連れて行かれたんだ?」
「お、おしろのずっと下にある、ろうやに……」
「わかった。急ぐから捕まっていろ」
サーシャロッドは妖精が首元にひしと捕まったのを見たあとで、城の地下深くまで転移した。
泉の女王の城にある地下牢は、牢と言っても、罪人のために使われることはほぼないと言っていい。
妖精たちは悪戯はするけれども、何か罪になるような悪さをするものはほとんどいない。たまに悪戯がすぎるものもいるが、彼らは基本誰かを「裁く」ことはしないため、牢が使われるのはもっぱら、悪さがすぎた妖精たちを反省させるために使われる。
そのため、牢といっても冷たい鉄の檻のようなものではなく、泉の妖精の城の地下牢は、大きなほら貝のような形をしていた。もちろん、逃げられないように、入り口は格子になっているが。
地下牢に到着すると、牢の見張りをしていた妖精たちが突如として襲いかかってきたが、もちろんサーシャロッドは想定ずみだ。あっさり氷の柱の檻で捕らえてしまうと、サーシャロッドの肩に乗っていた泉の妖精が、泣きながら牢まで飛んで行った。
「じょうおうさまあああ―――!」
「まあ、逃げなさいと言ったのに」
女王は牢の格子に手をついて、困ったような顔をした。思ったよりも元気そうな様子に、サーシャロッドはホッと胸を撫でおろして近づいていく。
「大変なことになっているようだな」
「サーシャロッド様!」
牢の中には女王のほかにも何人もの泉の妖精たちがいたが、女王が励まし続けていたのか、恐慌状態のものはいなかった。だが、さすがに憔悴の色は見える。
サーシャロッドは牢の格子扉に手をかけると、ぐっと引っ張る。バキッと鈍い音を立てて扉が壊れると、妖精たちが飛び出してきてサーシャロッドを取り囲んだ。
「さーしゃろっどさまあ!」
「こわかったよ―――!」
口々に叫びながらまとわりつかれて、サーシャロッドは苦笑するしかない。
「あなたたち、サーシャロッド様がお困りでしょう」
女王があきれたように言ってから片膝を折って深く頭を下げた。
「お手を煩わせて申し訳ございません」
「いや、かまわない。それより何があった」
「それが、わたくしにも……。最初は小さな違和感でした。水が濁っているような気がしたのです。少し様子を見ようと思っていたら、今度は突然、性格が変わったかのように暴れはじめる妖精たちが現れました。その者たちを捕えてもすぐにまた同じような妖精たちが……。そして気がついた時には泉の妖精たちはほとんどおかしくなってしまって――」
「それでお前まで捕えられた、と。だが泉の妖精たちにお前を捕えるほどの力があるとは思えないが」
泉の女王は悲しみに耐えるようにそっと目を伏せた。
「それは――。わたくしを捕えたのは、わたくしの、息子なのです」
女王は小さく肩を揺らして、ぽろりと涙をこぼした。
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