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黒い水晶と空間の亀裂
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カイルに男を預けてポールとともに断崖に戻って来たサーシャロッドは、ポールが持っていた青水晶で黒い雪だるまの妖精を元に戻し、崖肌の黒い水晶をすべて浄化し終えると、やれやれと息を吐いた。
「世界をつなぐ亀裂なんて、にわかには信じがたいですね」
亀裂があった場所を撫でながら、ポールが眼鏡の奥で目を細める。
世界を行き来できる亀裂が存在しないわけではない。だがそれは限られた管理された場所にあり、今回のように突然発生するようなものではないはずだ。
ましてや、人間が神の世界に迷い込むなどということは、歴史をたどっても例がない。
「ただの亀裂ならまだいいがな。妙な気配がした。そして、この周りに黒い水晶が存在していたのも偶然とは言い難い。亀裂が影響して黒い水晶が発生したのか、はたまたその逆か――、わからないがな」
「そうですね。……ひとまず、あの人が目を覚ましたら聞いてみましょうか。何か知っているかもしれませんし」
ここで気を失っていた男は、カイルが一足先に雪の妖精の女王の城へ連れ帰っている。
サーシャロッドは頷いて、ポールとともに踵を返した。
突然、知らない人間の男を連れ帰ってきたカイルに、雪の女王は慌てた。
「だ、誰ですか、これは!」
「雪山で倒れていたそうですよ。このままでは危ないから、早く暖を取らせるようにとサーシャロッド様が」
「あらぁ、確かにかなり冷たくなってるわね。目が覚めたらお風呂に入れた方がいいと思うけど、とりあえず暖炉のそばに連れて行きましょうか」
青の洞窟の魔女はぺたぺたと男の頬に触れて、こっちよ、とカイルを先導して歩いていく。
青い顔をして固まってしまった雪の女王に、エレノアが心配そうに視線を向けると、青の魔女が小さく耳打ちした。
「姉さんは知らない人間の男が苦手なの。そのうち落ち着くと思うから、放っておきましょ。まずはこの人を温めるのが先決よ」
そういうことなら、そっとしておいた方がいいだろう。
エレノアはカイルと青の魔女と一緒に客室の一室に男を運び込む。暖炉の前に寝かせて、毛布でぐるぐるとくるんだ。
しばらくして目を覚まさないようならと、気つけようの酒も用意される。
「大丈夫でしょうか……?」
エレノアは心配そうに男の顔を覗き込んだ。
肩よりも少し長い程度の黒髪に整った目鼻立ち。サーシャロッドほどではないが、そこそこ背は高そうだ。
(……ちょっぴりリーファに似てる気がする)
理由はわからないが、青白い顔をした男を見ていると、なんとなくリーファを思い出した。もしかしたら人間界でリーファが暮らしていた国と同じ国か、近い地域の出身者かもしれない。
心配なのと、ちょっぴりの興味で、エレノアがじーっと男の顔を覗き込んでいると、突然、ひょいっと体が宙に浮いた。
「きゃっ」
ふいに訪れた浮遊感に驚いていると、「エレノア」と背後で声がする。背後からサーシャロッドの腕がエレノアの腰に巻きつき、抱えあげられていた。
「サーシャ様!」
おかえりなさい――、そう言おうとして首を巡らせたエレノアは、おかえりなさいの「お」を言いかけて固まった。サーシャロッドが不機嫌そうに眉を寄せていたからだ。
(お、怒ってる……?)
何故サーシャロッドが怒っているのかはわからないが、間違いない。怒っている。エレノアがびくりと肩を揺らして硬直している間に、サーシャロッドはエレノアを抱えたままソファに腰を下ろした。
「まだ目を覚まさないのか」
エレノアを膝に抱え上げてサーシャロッドがカイルに向けて問いかける。
「ええ。呼吸はだいぶ落ち着いてきたので、じきに目を覚ますでしょうけど。どうします? 無理やり起こしましょうか?」
カイルが度数の高い酒の瓶を揺らしながら言えば、サーシャロッドは首を横に振った。
「いや、いい。目が覚めたら教えてくれ」
「はい。――あの、父上は?」
「お前に母についているぞ。知らない男が来たとパニックになっていたからな、なだめている」
「……なるほど。しばらく母上には近寄らないようにしておきます」
カイルがげんなりしたように言えば、青の魔女が吹き出した。
「半泣きでわめいているんでしょうけど、ポールがそばにいたら落ち着くわね」
エレノアはあの雪の女王が「泣きわめいている」とは思えなかったので何かの冗談かと思ったが、疲れたようなカイルと楽しそうな青の魔女を見ているとあながち冗談ではないのかもしれない。
サーシャロッドはエレノアを抱えて立ち上がった。
「目を覚まさなくとも、何かおかしいようなら知らせてくれ」
そう言って、エレノアを抱えたまま部屋を出て行く間際、目があった青の女王が口の動きだけで「がんばってね」と告げたが――、エレノアにはよくわからなかった。
「世界をつなぐ亀裂なんて、にわかには信じがたいですね」
亀裂があった場所を撫でながら、ポールが眼鏡の奥で目を細める。
世界を行き来できる亀裂が存在しないわけではない。だがそれは限られた管理された場所にあり、今回のように突然発生するようなものではないはずだ。
ましてや、人間が神の世界に迷い込むなどということは、歴史をたどっても例がない。
「ただの亀裂ならまだいいがな。妙な気配がした。そして、この周りに黒い水晶が存在していたのも偶然とは言い難い。亀裂が影響して黒い水晶が発生したのか、はたまたその逆か――、わからないがな」
「そうですね。……ひとまず、あの人が目を覚ましたら聞いてみましょうか。何か知っているかもしれませんし」
ここで気を失っていた男は、カイルが一足先に雪の妖精の女王の城へ連れ帰っている。
サーシャロッドは頷いて、ポールとともに踵を返した。
突然、知らない人間の男を連れ帰ってきたカイルに、雪の女王は慌てた。
「だ、誰ですか、これは!」
「雪山で倒れていたそうですよ。このままでは危ないから、早く暖を取らせるようにとサーシャロッド様が」
「あらぁ、確かにかなり冷たくなってるわね。目が覚めたらお風呂に入れた方がいいと思うけど、とりあえず暖炉のそばに連れて行きましょうか」
青の洞窟の魔女はぺたぺたと男の頬に触れて、こっちよ、とカイルを先導して歩いていく。
青い顔をして固まってしまった雪の女王に、エレノアが心配そうに視線を向けると、青の魔女が小さく耳打ちした。
「姉さんは知らない人間の男が苦手なの。そのうち落ち着くと思うから、放っておきましょ。まずはこの人を温めるのが先決よ」
そういうことなら、そっとしておいた方がいいだろう。
エレノアはカイルと青の魔女と一緒に客室の一室に男を運び込む。暖炉の前に寝かせて、毛布でぐるぐるとくるんだ。
しばらくして目を覚まさないようならと、気つけようの酒も用意される。
「大丈夫でしょうか……?」
エレノアは心配そうに男の顔を覗き込んだ。
肩よりも少し長い程度の黒髪に整った目鼻立ち。サーシャロッドほどではないが、そこそこ背は高そうだ。
(……ちょっぴりリーファに似てる気がする)
理由はわからないが、青白い顔をした男を見ていると、なんとなくリーファを思い出した。もしかしたら人間界でリーファが暮らしていた国と同じ国か、近い地域の出身者かもしれない。
心配なのと、ちょっぴりの興味で、エレノアがじーっと男の顔を覗き込んでいると、突然、ひょいっと体が宙に浮いた。
「きゃっ」
ふいに訪れた浮遊感に驚いていると、「エレノア」と背後で声がする。背後からサーシャロッドの腕がエレノアの腰に巻きつき、抱えあげられていた。
「サーシャ様!」
おかえりなさい――、そう言おうとして首を巡らせたエレノアは、おかえりなさいの「お」を言いかけて固まった。サーシャロッドが不機嫌そうに眉を寄せていたからだ。
(お、怒ってる……?)
何故サーシャロッドが怒っているのかはわからないが、間違いない。怒っている。エレノアがびくりと肩を揺らして硬直している間に、サーシャロッドはエレノアを抱えたままソファに腰を下ろした。
「まだ目を覚まさないのか」
エレノアを膝に抱え上げてサーシャロッドがカイルに向けて問いかける。
「ええ。呼吸はだいぶ落ち着いてきたので、じきに目を覚ますでしょうけど。どうします? 無理やり起こしましょうか?」
カイルが度数の高い酒の瓶を揺らしながら言えば、サーシャロッドは首を横に振った。
「いや、いい。目が覚めたら教えてくれ」
「はい。――あの、父上は?」
「お前に母についているぞ。知らない男が来たとパニックになっていたからな、なだめている」
「……なるほど。しばらく母上には近寄らないようにしておきます」
カイルがげんなりしたように言えば、青の魔女が吹き出した。
「半泣きでわめいているんでしょうけど、ポールがそばにいたら落ち着くわね」
エレノアはあの雪の女王が「泣きわめいている」とは思えなかったので何かの冗談かと思ったが、疲れたようなカイルと楽しそうな青の魔女を見ているとあながち冗談ではないのかもしれない。
サーシャロッドはエレノアを抱えて立ち上がった。
「目を覚まさなくとも、何かおかしいようなら知らせてくれ」
そう言って、エレノアを抱えたまま部屋を出て行く間際、目があった青の女王が口の動きだけで「がんばってね」と告げたが――、エレノアにはよくわからなかった。
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