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青の洞窟の魔女と浮気の真相

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 雪の女王の城の、女王の私室にはサーシャロッドとエレノア、ラーファオ、リーファ、カイルとポール、それから青の魔女の姿があった。

 ポールが黒だるまを雪だるまの妖精の姿に戻したのち、場所を移したエレノアたちの視線は、先ほどからのんびりとした様子で茶をすすっているポールに注がれている。

 この中でおそらく一番事情に詳しいだろうポールは、しかしへらへらと笑っていて緊張感に欠けていた。

「早く説明してちょうだい!」

 部屋の主である雪の妖精の女王が、イライラした様子で机をたたいた。

 ポールはそんな女王に「怒っている奥さんもすてきだよー」などと軽口を言って顔面に雪玉をぶつけられ、やれやれと肩をすくめて青水晶をテーブルの上においた。

「何から話そうかなぁ」

 ポールはそう言いながら唇をなめて、そして青の洞窟の魔女に視線を向けた。

「そうだなぁ……。最初にね、山の違和感に気がついたのは君の妹だったんだよ」

 青の魔女は紅茶をすすりながら、「ちょっと変に思っただけよ」と答える。

「雪だるまの妖精がふらふらと山の奥へと消えていくのを見つけたの。山の奥には何もないし、どうしてそんなところに行くのかしらって。そうしたら次の日も、また次の日も、違う雪だるまの妖精たちが向かっていくじゃない? 何かあるのかしらって、ポールを呼びつけたのよ」

「僕も最初は何なのかよくわからなかったんだけどね。あるとき、青の洞窟でこれを見つけたんだ」

 ポールは懐から、小さな袋を取り出した。その中に入っていたのは小指の先ほどの大きさの黒い物体だ。

 サーシャロッドが眉を寄せて、ポールからそれを受け取った。

「黒い水晶……」

「そうです。黒くスモークがかった水晶はほかでも見られますけど、これほどまでに炭のように真っ黒なものは見たことがありません。ましてや、青の洞窟ではスモーク水晶は見られない。昔からこのあたりの地質を調査していましたけど、黒い水晶を見たのははじめてです」

「だろうな。変異している」

 サーシャロッドは水晶を光に透かそうとして、まったく光を通さないのを確認すると、何を思ったのか、無造作に紅茶の中へとそれを落とした。

 すると、シューっと嫌な音を立てて紅茶から黒い煙が発生して、やがて紅茶が真っ黒に染まる。

「真っ黒です……」

 エレノアがティーカップに手を伸ばそうとすると、サーシャロッドはやんわりとその手を押しとどめた。

「触らない方がいい。あまりいいものではない。――ポール。これが雪だるまの妖精を黒く染め上げたものの正体か」

「僕はそう考えています。いつこんなものが発生したのかはわかりませんが、青の魔女の言うように、雪だるまの妖精が山の奥へと向かって言ったのなら、もしかしたらこれがそこにあるのかもしれません。どうして雪だるまの妖精たちがそこに集まったのかはわかりませんが、黒くなると性格も変わるようですし、もう少し調べた方がいいかと思われます」

 ポールは黒く染まった紅茶の中に、青水晶をつけた。すると紅茶があっという間に元の琥珀色に戻る。

「青の洞窟には黒い水晶はほとんどありませんでしたが、たまたま見つけた黒い水晶と青水晶を一緒に持っていたところ、黒い水晶が透明になっていたのに気がついたんです。まさかと思って、青の洞窟の中の黒い水晶を探して試したところ、この水晶にはこの黒い水晶を浄化する働きがあるのだとわかりました」

 それで、黒い雪だるまの妖精を元に戻すのにも有効かもしれないと、試しに青水晶を黒い雪だるまの妖精に突き刺してみたところ、浄化されて元に戻ったということらしい。

「……あなたが青い洞窟に入り浸っていたのは、そのため?」

 雪の女王が目を丸くすると、ポールはにこにこと妻に微笑みかけた。

「だから言ったでしょう。僕は奥さん一筋だよーって」

「信じられないわ。だって現に、結婚する前にあなたは――」

「姉さん、まだ言っているの。ただちょっと話があっただけだって言ったでしょ。……ああ、もういいわ、教えてあげる。二十年前は――」

「わーっ」

 突然ポールが奇声を発して、青の魔女の口を塞ぎにかかったが、その手をぴしゃりと跳ね除けた魔女は少し意地悪そうに口端を持ち上げた。

「ポールはね、プロポーズの花と言葉はなにがいいかって相談に来たのよ。僕はいつもへらへらしているから、好きだよと言っても真面目に受け取ってもらえないし、どうしたらいいのかわからない――、とかなんとか、うじうじうじうじ。ほんっと、これのどこがいいのかわたしにはさっぱりよ。まあ、予定は狂ったけど、おかげで姉さんが嫉妬して騒いで、結局落ち着くところに落ち着いたんだから、逆によかったのかもしれないけどね。ああ、ちなみに、今まで黙っていたのは、そこの姉さんの情けない旦那が、恥ずかしいから黙っていてくれって言ったからよ。わかった?」

 ポールは真っ赤になってうつむいてしまった。

 そんな父の様子にカイルが「うわー」と若干引いたような声をあげている。

 雪の女王は頬を染めて、狼狽えたように立ち上がった。

「で、でも! あなたのところに調査に行っていたのなら、言えばいいじゃないの! 黙っているなんて、怪しいわ!」

「……君のことだから、言えば首を突っ込むと思って。まだはっきりしていなかったし、危ないかもしれなかったから……だからね」

 ポールが赤い顔のままぼそぼそと言うと、雪の女王が耳まで赤くなる。

 そして――

「や、やっぱり、何も言わないあなたが悪いのよ!」

 ポン! と小気味いい音がして現れた中くらいのサイズの雪だるまが、ぼすっとポールの脳天に直撃した。
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