51 / 129
泉の妖精の城
3
しおりを挟む
カモミールの姫はものすごく不服そうだったが、自分で泉の水面まで泳いでいくことはできないので、渋々諦めたらしい。
本当だったら今日、ヤマユリの王子といちゃいちゃするはずだったのに――とぶつぶつ文句を言いながら、ふて寝をすると言って用意された部屋へ向かってしまった。
エレノアは、せっかくだから城を散策してはどうかと女王に提案されて、城の中を見て回ることにした。カモミールに手ひどく振られてしょんぼりしている王子が案内してくれるそうだ。
「カモミールの姫のことは、いつも泉の底から見ていたんです。天真爛漫で、くるくると表情が変わって、とても可愛くて……。ヤマユリの王子のことが好きだと聞いて一度はあきらめようとしましたけど、諦めきれなくて……。エレノア様にもご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
顔が金魚なので表情はわかりにくいが、声の感じから相当落ち込んでいるのが伝わってくる。
(本当にカモミールの姫のことが好きなのね)
でも、カモミールの姫はヤマユリの王子のことが好き。彼の恋は報われない。エレノアは切なくなって、何とか励まそうと思ったが、結局いい言葉は思いつかなかった。
「その……、いつもどうやってカモミールのお姫様のことを見ていたの?」
「それは、城の庭の噴水から。見たい場所に水さえあれば、そこに映った光景を映し出せるんです」
「そんなものが? じゃあ……、サーシャ様も、見える?」
「サーシャロッド様が水の近くにいらっしゃれば。試してみますか?」
エレノアが頷くと、泉の妖精の王子は、城の庭へと案内してくれた。
庭に降りると、城の敷地の外を泳ぐ魚たちが見えて、エレノアは少し感動する。色とりどりの魚たちが自由に泳ぎ回っていて、見ていてとても楽しい。
「こっちですよ」
王子に呼ばれて、エレノアが向かえば、庭の一角に大きな噴水があった。
水が弧を描きながら流れ落ちて、白い石を積んで作られた浅い池の中には小さな小魚たちが泳いでいる。
「水面を見つめて、サーシャロッド様を思い浮かべてみてください」
泉の妖精の王子に言われて、エレノアがサーシャロッドの顔を思い浮かべると、水面が揺れてサーシャロッドの顔が映し出された。
「どうやら泉のそばにいらしたようですね」
サーシャロッドが泉のそばにいるということは、エレノアのことを考えてくれているのだろうか?
エレノアはホッとして、水面の映るサーシャロッドの顔をじっと見つめた。
いつも一緒にいるから、少し離れているだけでもすごく淋しい。明日になれば会えるのはわかっているが、できることなら今すぐに陸に戻りたい。
「サーシャ様……」
エレノアがぽつんとサーシャロッドの名前をつぶやいたときだった。
「おうじー!」
「こちらですかー?」
賑やかな声が聞こえて、妖精たちが突然わらわらと集まってきた。
女王のように腰から下が魚の尾の姿をした妖精たちは、手に青い可憐な花を持っている。
「みずばらの花がさきましたよ」
「おもちしました!」
「これで、かもみーるのひめの心をつかんでください!」
「ばっちぐーですよ!」
「おとめごころは、はなによわいものです!」
「さあさあ、おうじ!」
妖精たちに花を押しつけられて、泉の妖精の王子は困ったような顔をしてエレノアを振り返る。
エレノアがしばらくここにいるから大丈夫だと告げると、王子はホッとしたように、花を持ってカモミールの姫の下へと向かった。
カモミールの姫はヤマユリの王子のことが大好きなので、泉の妖精の王子の求婚を受け入れることはないだろうが、彼の気持ちが少しでも届けばいいと思ってしまう。
エレノアは噴水のそばに腰を下ろした。
噴水の水面からはサーシャロッドの姿が消えてしまったので、おそらく泉のそばから離れてしまったのだろう。
ちょっぴりがっかりして、エレノアは水しぶきをあげながら落ちてくる噴水を見上げる。
(噴水……、そう言えば、お城にもあったわね)
人間界で暮らしていたときの、サランシェス国の城。
近くで見たことはなかったが、花嫁修業で城に通っていたころ、城の窓から噴水が見えた。
キラキラ輝く水しぶきが綺麗で、ぼんやりと眺めていたことを思い出す。
(……クライヴ王子は、シンシアと結婚したのかしら?)
エレノアとの婚約を破棄して、シンシアを結婚すると宣言したクライヴ王子。いい思い出は何一つないので、懐かしいとは思わないが、噴水を見ているとなんとなく思い出してしまう。
会いたいとは思わないけれど、生まれたときから婚約者であったクライヴがどうしているのか、なんとなく気になった――そのとき。
ぱあっと、泉の水面が淡く光った。
本当だったら今日、ヤマユリの王子といちゃいちゃするはずだったのに――とぶつぶつ文句を言いながら、ふて寝をすると言って用意された部屋へ向かってしまった。
エレノアは、せっかくだから城を散策してはどうかと女王に提案されて、城の中を見て回ることにした。カモミールに手ひどく振られてしょんぼりしている王子が案内してくれるそうだ。
「カモミールの姫のことは、いつも泉の底から見ていたんです。天真爛漫で、くるくると表情が変わって、とても可愛くて……。ヤマユリの王子のことが好きだと聞いて一度はあきらめようとしましたけど、諦めきれなくて……。エレノア様にもご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
顔が金魚なので表情はわかりにくいが、声の感じから相当落ち込んでいるのが伝わってくる。
(本当にカモミールの姫のことが好きなのね)
でも、カモミールの姫はヤマユリの王子のことが好き。彼の恋は報われない。エレノアは切なくなって、何とか励まそうと思ったが、結局いい言葉は思いつかなかった。
「その……、いつもどうやってカモミールのお姫様のことを見ていたの?」
「それは、城の庭の噴水から。見たい場所に水さえあれば、そこに映った光景を映し出せるんです」
「そんなものが? じゃあ……、サーシャ様も、見える?」
「サーシャロッド様が水の近くにいらっしゃれば。試してみますか?」
エレノアが頷くと、泉の妖精の王子は、城の庭へと案内してくれた。
庭に降りると、城の敷地の外を泳ぐ魚たちが見えて、エレノアは少し感動する。色とりどりの魚たちが自由に泳ぎ回っていて、見ていてとても楽しい。
「こっちですよ」
王子に呼ばれて、エレノアが向かえば、庭の一角に大きな噴水があった。
水が弧を描きながら流れ落ちて、白い石を積んで作られた浅い池の中には小さな小魚たちが泳いでいる。
「水面を見つめて、サーシャロッド様を思い浮かべてみてください」
泉の妖精の王子に言われて、エレノアがサーシャロッドの顔を思い浮かべると、水面が揺れてサーシャロッドの顔が映し出された。
「どうやら泉のそばにいらしたようですね」
サーシャロッドが泉のそばにいるということは、エレノアのことを考えてくれているのだろうか?
エレノアはホッとして、水面の映るサーシャロッドの顔をじっと見つめた。
いつも一緒にいるから、少し離れているだけでもすごく淋しい。明日になれば会えるのはわかっているが、できることなら今すぐに陸に戻りたい。
「サーシャ様……」
エレノアがぽつんとサーシャロッドの名前をつぶやいたときだった。
「おうじー!」
「こちらですかー?」
賑やかな声が聞こえて、妖精たちが突然わらわらと集まってきた。
女王のように腰から下が魚の尾の姿をした妖精たちは、手に青い可憐な花を持っている。
「みずばらの花がさきましたよ」
「おもちしました!」
「これで、かもみーるのひめの心をつかんでください!」
「ばっちぐーですよ!」
「おとめごころは、はなによわいものです!」
「さあさあ、おうじ!」
妖精たちに花を押しつけられて、泉の妖精の王子は困ったような顔をしてエレノアを振り返る。
エレノアがしばらくここにいるから大丈夫だと告げると、王子はホッとしたように、花を持ってカモミールの姫の下へと向かった。
カモミールの姫はヤマユリの王子のことが大好きなので、泉の妖精の王子の求婚を受け入れることはないだろうが、彼の気持ちが少しでも届けばいいと思ってしまう。
エレノアは噴水のそばに腰を下ろした。
噴水の水面からはサーシャロッドの姿が消えてしまったので、おそらく泉のそばから離れてしまったのだろう。
ちょっぴりがっかりして、エレノアは水しぶきをあげながら落ちてくる噴水を見上げる。
(噴水……、そう言えば、お城にもあったわね)
人間界で暮らしていたときの、サランシェス国の城。
近くで見たことはなかったが、花嫁修業で城に通っていたころ、城の窓から噴水が見えた。
キラキラ輝く水しぶきが綺麗で、ぼんやりと眺めていたことを思い出す。
(……クライヴ王子は、シンシアと結婚したのかしら?)
エレノアとの婚約を破棄して、シンシアを結婚すると宣言したクライヴ王子。いい思い出は何一つないので、懐かしいとは思わないが、噴水を見ているとなんとなく思い出してしまう。
会いたいとは思わないけれど、生まれたときから婚約者であったクライヴがどうしているのか、なんとなく気になった――そのとき。
ぱあっと、泉の水面が淡く光った。
4
お気に入りに追加
3,442
あなたにおすすめの小説
トイレの花子さんは悪役令嬢の中の人
赤羽夕夜
ファンタジー
曖昧な存在の者たちが怪異であり続けるためには、人に畏怖され認知され続けなければならない。
トイレの花子さん――通称花子さんは現代の学校のリモート化に伴い、伝承が衰退していき、力を失い人々の記憶から消えうせてしまった。
しかし、消えうせた花子さんの魂は世界を渡り、異世界の悪役令嬢と呼ばれる貴族の令嬢へと転生してしまった。
これは人々に恐怖を植え付け、世紀を超えて語り継がれた伝説の怪異が悪役令嬢として生きる物語である。
悪役令嬢の選んだ末路〜嫌われ妻は愛する夫に復讐を果たします〜
ノルジャン
恋愛
モアーナは夫のオセローに嫌われていた。夫には白い結婚を続け、お互いに愛人をつくろうと言われたのだった。それでも彼女はオセローを愛していた。だが自尊心の強いモアーナはやはり結婚生活に耐えられず、愛してくれない夫に復讐を果たす。その復讐とは……?
※残酷な描写あり
⭐︎6話からマリー、9話目からオセロー視点で完結。
ムーンライトノベルズ からの転載です。
なんでも奪っていく妹に、婚約者まで奪われました
ねむ太朗
恋愛
伯爵令嬢のリリアーナは、小さい頃から、妹のエルーシアにネックレスや髪飾りなどのお気に入りの物を奪われてきた。
とうとう、婚約者のルシアンまでも妹に奪われてしまい……
前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています
矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜
――『偽聖女を処刑しろっ!』
民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。
何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。
人々の歓声に包まれながら私は処刑された。
そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。
――持たなければ、失うこともない。
だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。
『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』
基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。
※この作品の設定は架空のものです。
※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。
※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)
婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた
cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。
お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。
婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。
過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。
ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。
婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。
明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。
「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。
そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。
茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。
幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。
「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?!
★↑例の如く恐ろしく省略してます。
★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。
★コメントの返信は遅いです。
★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません
私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。
木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。
彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。
それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。
そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。
公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。
そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。
「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」
こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。
彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。
同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。
実家に帰らせていただきます!
syouki
BL
何百年ぶりかに現れた、魔王ルキアルド。それに伴い覚醒した平民、勇者ジル。
「魔王ルキアルド!覚悟し…」
「待ちかねたぞ!勇者ジル…」
顔を合わせた瞬間お互いが一目惚れ!そのままベッドイン&結婚までしてしまった。そんな二人に不穏な気配が…?
※設定はゆるゆるです。
※作者独自の世界観の為ご都合主義です。
※男性も妊娠します。
※相変わらず書きながら進行しますので更新はゆっくりです。でも、必ず完結はさせます!!
今さら、私に構わないでください
ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。
彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。
愛し合う二人の前では私は悪役。
幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。
しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……?
タイトル変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる