上 下
34 / 42

エレオノーラの告白 2

しおりを挟む
 ディートリヒは驚きのあまりしばらく動けなかった。
 馬車を飛び出していったエレオノーラが「気絶しなさい‼」と叫んだ瞬間、外にいた騎士たちがバタバタと全員倒れてしまったからだ。
 それだけではない。
 賊だと思われたボロボロな格好をした男たちが、武器のかわりに持っていた農工具を捨て、エレオノーラの前にひざまずいたのである。

(エレオノーラ……君は、いったい……)

 エレオノーラが「普通」じゃないことは、ディートリヒも以前からわかっていた。
 ディートリヒの中にある「聖女」と同等の力はとても弱く、今日まで確証は持てずにいたけれど、エレオノーラには何か特別な力がある。

 最初に違和感を覚えたのは、エレオノーラのお披露目パーティーのときだったろうか。
 ジークレヒトが近づいてきたときだったと思う。
 エレオノーラから何か不思議な気配を感じたのだ。

 それは一瞬でおさまったけれど、今まで誰からも、どこからも感じたことのない不思議な気配だった。
 あの時はただの気のせいかと思ったが、その後も、エレオノーラから不思議な気配がすることは何度かあった。

 もしかして、エレオノーラは何か――それこそ聖女のような特別な力があって、それを隠しているのではなかろうかと、そんな風に思った。
 エレオノーラが持っている力が聖女と同様のもの出るならディートリヒにはわかる。けれどもエレオノーラのそれは聖女のそれとは違う。だが、何かの力は持っているのだ。そう考えると、いろいろ納得できることもある。

 まず、エレオノーラは五歳の時に崖から落ちた。調べたところユリアが突き落したそうだが、そこは大人でも落ちれば即死は免れない高い崖だったようだ。
 けれどもエレオノーラは生きていた。
 そしてその後、クラッセン伯爵家の庭の小屋に押し込められ、誰も世話をせずに放置されていたそうだが、普通は五歳の子供が小屋に閉じ込められて生きていられるはずはない。
 運よく食べるものを見つけられたとしても、暖を取るものがない状態で、冬の寒さには耐えられないだろう。

 それなのに、エレオノーラは生きていた。
 ディートリヒがエレオノーラの存在を知り、手を差し伸べたとき、エレオノーラは十歳だったのだ。つまり五歳から十歳までの五年間を一人で生き延びたということになる。
 ディートリヒはそれを共に奇跡だと思ったが、奇跡ではなくエレオノーラの持つ何かしらの力のおかげだと考えればしっくりきた。
 でも、それが何の力なのかはわからない。

 茫然としていると、エレオノーラが何かをつぶやいて泣き崩れた。
 その様子にハッとしたディートリヒは、思わず「エレオノーラ」と声をかけていた。
 そのあと振り返ったエレオノーラは、愕然と目を見開いていた。
 まるでディートリヒが声をかけたことが信じられないというような顔だ。

(ああ、君は……)

 君は一体、何者なのだろう。
 涙にぬれた綺麗な黒い瞳を見つめて思う。
 エレオノーラはディートリヒに何事かを隠している。
 突然シュタウピッツ公爵領に行きたいと言ったのだって、きっとそれが関係しているのだろう。

 ならばどうして、教えてくれないのか。

 ディートリヒの大好きな少女は、けれどもディートリヒを信頼して心を開いてはくれない。

(私の秘密を打ち明ければ、君も同じように教えてくれるだろうか……)

 あの美しい少女の、何もかもを知りたいと願う。

 そうしなければ、いつかエレオノーラが遠くに行ってしまいそうで――たまに無性に、彼女の秘密をすべて暴いて、腕の中に閉じ込めてしまいたいと、思ってしまうのだ。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹に全部取られたけど、幸せ確定の私は「ざまぁ」なんてしない!

石のやっさん
恋愛
マリアはドレーク伯爵家の長女で、ドリアーク伯爵家のフリードと婚約していた。 だが、パーティ会場で一方的に婚約を解消させられる。 しかも新たな婚約者は妹のロゼ。 誰が見てもそれは陥れられた物である事は明らかだった。 だが、敢えて反論もせずにそのまま受け入れた。 それはマリアにとって実にどうでも良い事だったからだ。 主人公は何も「ざまぁ」はしません(正当性の主張はしますが)ですが...二人は。 婚約破棄をすれば、本来なら、こうなるのでは、そんな感じで書いてみました。 この作品は昔の方が良いという感想があったのでそのまま残し。 これに追加して書いていきます。 新しい作品では ①主人公の感情が薄い ②視点変更で読みずらい というご指摘がありましたので、以上2点の修正はこちらでしながら書いてみます。 見比べて見るのも面白いかも知れません。 ご迷惑をお掛けいたしました

【連載版】「すまない」で済まされた令嬢の数奇な運命

玉響なつめ
恋愛
アナ・ベイア子爵令嬢はごくごく普通の貴族令嬢だ。 彼女は短期間で二度の婚約解消を経験した結果、世間から「傷物令嬢」と呼ばれる悲劇の女性であった。 「すまない」 そう言って彼らはアナを前に悲痛な顔をして別れを切り出す。 アナの方が辛いのに。 婚約解消を告げられて自己肯定感が落ちていた令嬢が、周りから大事にされて気がついたら愛されていたよくあるお話。 ※こちらは2024/01/21に出した短編を長編化したものです ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています

【完結】私から全てを奪った妹は、地獄を見るようです。

凛 伊緒
恋愛
「サリーエ。すまないが、君との婚約を破棄させてもらう!」 リデイトリア公爵家が開催した、パーティー。 その最中、私の婚約者ガイディアス・リデイトリア様が他の貴族の方々の前でそう宣言した。 当然、注目は私達に向く。 ガイディアス様の隣には、私の実の妹がいた-- 「私はシファナと共にありたい。」 「分かりました……どうぞお幸せに。私は先に帰らせていただきますわ。…失礼致します。」 (私からどれだけ奪えば、気が済むのだろう……。) 妹に宝石類を、服を、婚約者を……全てを奪われたサリーエ。 しかし彼女は、妹を最後まで責めなかった。 そんな地獄のような日々を送ってきたサリーエは、とある人との出会いにより、運命が大きく変わっていく。 それとは逆に、妹は-- ※全11話構成です。 ※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、ネタバレの嫌な方はコメント欄を見ないようにしていただければと思います……。

義妹ばかりを溺愛して何もかも奪ったので縁を切らせていただきます。今さら寄生なんて許しません!

ユウ
恋愛
10歳の頃から伯爵家の嫁になるべく厳しい花嫁修業を受け。 貴族院を卒業して伯爵夫人になるべく努力をしていたアリアだったが事あるごと実娘と比べられて来た。 実の娘に勝る者はないと、嫌味を言われ。 嫁でありながら使用人のような扱いに苦しみながらも嫁として口答えをすることなく耐えて来たが限界を感じていた最中、義妹が出戻って来た。 そして告げられたのは。 「娘が帰って来るからでていってくれないかしら」 理不尽な言葉を告げられ精神的なショックを受けながらも泣く泣く家を出ることになった。 …はずだったが。 「やった!自由だ!」 夫や舅は申し訳ない顔をしていたけど、正直我儘放題の姑に我儘で自分を見下してくる義妹と縁を切りたかったので同居解消を喜んでいた。 これで解放されると心の中で両手を上げて喜んだのだが… これまで尽くして来た嫁を放り出した姑を世間は良しとせず。 生活費の負担をしていたのは息子夫婦で使用人を雇う事もできず生活が困窮するのだった。 縁を切ったはずが… 「生活費を負担してちょうだい」 「可愛い妹の為でしょ?」 手のひらを返すのだった。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

成り上がり令嬢暴走日記!

笹乃笹世
恋愛
 異世界転生キタコレー! と、テンションアゲアゲのリアーヌだったが、なんとその世界は乙女ゲームの舞台となった世界だった⁉︎  えっあの『ギフト』⁉︎  えっ物語のスタートは来年⁉︎  ……ってことはつまり、攻略対象たちと同じ学園ライフを送れる……⁉︎  これも全て、ある日突然、貴族になってくれた両親のおかげねっ!  ーー……でもあのゲームに『リアーヌ・ボスハウト』なんてキャラが出てた記憶ないから……きっとキャラデザも無いようなモブ令嬢なんだろうな……  これは、ある日突然、貴族の仲間入りを果たしてしまった元日本人が、大好きなゲームの世界で元日本人かつ庶民ムーブをぶちかまし、知らず知らずのうちに周りの人間も巻き込んで騒動を起こしていく物語であるーー  果たしてリアーヌはこの世界で幸せになれるのか?  周りの人間たちは無事でいられるのかーー⁉︎

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

(完結)何か勘違いをしてる婚約者の幼馴染から、婚約解消を言い渡されました

泉花ゆき
恋愛
侯爵令嬢のリオンはいずれ爵位を継ぐために、両親から屋敷を一棟譲り受けて勉強と仕事をしている。 その屋敷には、婿になるはずの婚約者、最低限の使用人……そしてなぜか、婚約者の幼馴染であるドルシーという女性も一緒に住んでいる。 病弱な幼馴染を一人にしておけない……というのが、その理由らしい。 婚約者のリュートは何だかんだ言い訳して仕事をせず、いつも幼馴染といちゃついてばかり。 その日もリオンは山積みの仕事を片付けていたが、いきなりドルシーが部屋に入ってきて…… 婚約解消の果てに、出ていけ? 「ああ……リュート様は何も、あなたに言ってなかったんですね」 ここは私の屋敷ですよ。当主になるのも、この私。 そんなに嫌なら、解消じゃなくて……こっちから、婚約破棄させてもらいます。 ※ゆるゆる設定です 小説・恋愛・HOTランキングで1位ありがとうございます Σ(・ω・ノ)ノ 確認が滞るため感想欄一旦〆ます (っ'-')╮=͟͟͞͞ 一言感想も面白ツッコミもありがとうございました( *´艸`)

処理中です...