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義母からの手紙

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 義母カサンドラ・クラッセンからわたし宛の手紙が届いたのは、グレータ・シュタウピッツ公爵夫人のお茶会から翌日の夕方のことだった。

 クラッセン伯爵家から急ぎで届けられて手紙を受け取ったのは執事のオイゲンで、彼はこの手紙の扱いを悩んだそうだが、さすがに実家からとあっては勝手に処分はできないとわたしに報告してくれたのだ。

 はっきり言って、カサンドラのこれまでのわたしへの対応は散々なものがあったので、手紙なんて読みたくもなかった。
 オイゲンから手紙を受け取るなり暖炉に入れて燃やしてしまおうかと考えたが、そのとき、ふと昨日のユリアの様子が脳裏をよぎり、気は進まないが目だけ通しておくかと封を切る。

 ざっと手紙の文面に視線を這わせたわたしは首をひねり、それを持ってディートリヒの部屋へ向かった。
 城から一緒に帰った後、いつもならディートリヒとわたしはダイニングでお茶を飲みながら話をして過ごすことが多いのだが、今日は違った。城から帰る馬車の中でもディートリヒは難しい顔をして、何か考えている様子で、離宮に帰って来てからすぐに部屋にこもってしまったのだ。もしかしたら何か問題が起こったのかもしれない。

「ディートリヒ様、ちょっとよろしいでしょうか?」

 扉を叩くと、しばらくしてディートリヒ自らが扉を開けた。

「どうしたの?」

 そうして微笑む彼の笑顔はいつも通りだったが、どことなく疲れているようにも見える。

「いえ、義母からこのような手紙が届いたのですけど、理解できなくて……」
「手紙? ああ、入って」

 ディートリヒはわたしを部屋に招き入れソファを勧めると、メイドにお茶を用意するように告げた。
 そして、お茶が運ばれてくるのを待つ間、わたしが持って来た義母の手紙に目を通し、天井を仰ぐと、大きく息を吐き出す。

「そこに書いてあることは本当ですか?」

 この様子だと、ディートリヒは知っていたのだろう。
 義母の手紙には、昨日のグレータ・シュタウピッツ公爵夫人のお茶会の一件で、ユリアが処刑になると書かれていた。そのため、わたしから口添えして処刑を回避しろと、ユリアが処刑されるのはお前のせいだというような恨み節にも似たようなことが、義母の手紙にはつらつらと書かれていたのである。

 しかしわたしが理解できなかったのは、ユリアが処刑になるにしてもあまりに決定が早すぎる点だった。
 だからカサンドラの勘違いではなかろうかと思ったのだが、ディートリヒの様子を見るに勘違いではなさそうだ。ますます解せない。

 何故なら、貴族に罰を下す場合は、議会の承認が必要だからである。
 そして、罪が重くなればなるほど、何度も会議にかけられる。万が一冤罪だったりしたら大変なことになるからだ。
 ユリアに関していえば、わたしを刃を向けたところを取り押さえられたので冤罪にはならないが、それでも昨日の今日で決定が下されると言うのは早すぎた。
 ましてや処刑ともなればなおさらだ。

「本当だよ」

 ディートリヒは頷いて、そこで言葉を区切った。メイドがお茶を運んで来たからだ。
 お茶を用意してメイドが下がると、ディートリヒが再び口を開く。

「今日の昼過ぎに決まったんだ。私もあまりに決定が早くて驚いたんだ。いろいろ不可解な点も多くてね」

 帰ってからディートリヒの様子がおかしかったのは、もしかしてこの件のせいだったのだろうか。

「不可解って、決定の早さ以外に何かあったのですか?」
「それが……うん、王妃様のところにいるのならば、たぶん君は知っているだろうから話しても問題ないね」

 ディートリヒはカサンドラの手紙をわたしに返しながら続ける。

「まず、ユリア・クラッセンの処刑の決定についてだが、これはジークレヒトが議会の承認を急がせたからだと聞く。普通ならばこんなに早く決定が出されるはずがないのに、どういうからくりなのか、議会はジークレヒトに言われるままにユリアの処刑を決定した」
「……変ですよね」
「うん。変だ。だがもっと腑に落ちないのが、そのあとの話だ。ユリアの処刑については、決定の速さには驚いたが、議会での意見は割れなかったと聞く。彼女が君に暴行を働いたのは一度ではないし、今回はさすがに命を狙ったとみなされたからね。聖女の殺害未遂であれば、多かれ少なかれ処刑という判断が下されてもおかしくはない。だけど承認までの早さが問題だ。だからね、陛下も議会が決定を出した後で、もう少し時間をかけて慎重に協議すべきだとおっしゃられた」

 それは当然だろう。
 議会の決定の後で、最終判断を入れるのは国王だ。
 議会が決定をしたあとで国王が審議しなおすようにと突き返すことは少ないと聞くが、今回は突き返されても仕方がない。

 ……でも、決定したってことは、陛下が審議しなおすようにお命じになったのに無視したってこと?

 そんなことがあるのだろうかと思っていると、ディートリヒが指先で目頭を押さえた。

「けれどね、陛下はその再審請求をご自身で撤回なさったんだよ」
「どうしてですか?」
「ユリアを尋問したときに得られた情報が問題だったんだ。……エレオノーラ、君は、王妃様に堕胎薬が盛られたことを知っているよね?」
「…………はい」

 どうしてディートリヒがそれを知っているのだろうかとは思ったが、彼がこの話題を出したということは、つまりユリアの処刑の決定にこの件が絡んでいることだろうと、わたしは慎重に頷いた。

「やっぱりそうだろうと思った。ああ、気にしないで。箝口令が敷かれるのは当然だし、容疑者には私や私の両親も上がっていたのだろうから君が話せなかったのもわかるから」
「……すみません。でも、ディートリヒ様を疑っていたわけではないですよ」
「うん、わかってる」

 ディートリヒは小さく笑う。

「それで、だ。その堕胎薬の件だけどね、ユリアがなんと、犯人は自分だと供述したらしい。自分がその薬を購入し、侍医に渡して王妃様に飲ませるように言ったってね」
「そんな馬鹿な……!」

 わたしは思わず大きな声を出してしまった。
 堕胎薬は母体にも強い影響が出る。使用を間違えると命にすら関わる危険な薬だ。当然一般的には流通していないし、医者が使用するときも細心の注意を払う。つまり、医者でもないただの伯爵令嬢であるユリアが入手できるはずのない薬なのだ。

 侍医ならばもちろん正当な手段を用いれば入手は可能だが、その薬をどこから入手したのかという記録が残る。入手記録がなかったために主犯にたどり着けなかったわけだが、それがユリアであるはずはないのだ。

 それに、だ。王妃を流産させてユリアに何のメリットがあるだろう。

「尋問はジークレヒトが行ったらしいけどね、それによると、ユリアは王妃に子ができれば、ジークレヒトの隣で自分が王妃になる未来がなくなるからだといったそうだよ」
「無茶苦茶ですよ。だってもう婚約を解消しているのに」
「君が消えれば元に戻ると思っていたそうだ。君が消えれば自分が聖女に選ばれて、ジークレヒトと結婚して王妃になれるのだと言ったそうだ」

 それは、一見筋が通っているように見えるけれどやっぱり無茶苦茶だ。第一、ユリアの独断でそれほどのことができるとは思えなかった。

「それを聞いた陛下が激怒されてね。再審するようにと出された命令を撤回し、ユリアの処刑を認めてしまったんだよ。そしてこれまた恐ろしく早いことに、処刑は明後日だ。責任者はジークレヒトだよ」
「……そんな」

 いろいろ不審な点が残るのに、処刑を急いで本当にいいのだろうか。
 ユリアに対してはいい感情はないけれど、この件はもっと慎重に、それこそしっかりと調べたほうがいい気がする。
 いくらユリアが思い込みが激しくて自分勝手でも、彼女にはできることとできないことがあるのだ。わたしにはどうしても、今回はユリアの単独ではできないレベルの問題だと思えてならない。

「ここまで決定すれば、どうあがいても撤回は無理だろう」
「そうですね……」

 別にカサンドラの命令を聞いてやるいわれはないが、撤回可能であれば撤回したかった。

 ……もやもやするわ。

 真犯人の手のひらの上で踊らされている。そんな気がするのだ。

「ごめん、エレオノーラ。私もせめて処刑までの時間が稼げないだろうかとずっと考えているんだが、陛下のお怒りは相当なもので、私ではどうすることもできそうにない」
「いえ、いいんです」

 ディートリヒが謝る問題ではないのだ。
 ユリアは異母妹だが、わたしは何の情も抱いていない。
 かつて崖から突き落とされて殺されかけたこともあるのだ。是が非でも助けてやりたいなんて思わない。

 ……思わないけど…………。

 もしかしなくても、ユリアは誰かに利用されたのではないだろうか。

 そう考えると、そのせいで処刑になるユリアが憐れな気がして、わたしはしばらく何も言えなかった。




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