上 下
6 / 42

元魔王の娘が聖女とか笑えません! 2

しおりを挟む
 その日は朝から雪が降っていた。
 今年に限って言えば、これが王都で降るはじめての雪である。

 わたしはディートリヒが定期的に届けてくれるドレスの中で一番暖かそうなものに身を包み、さらに上から雪除けのためにフード付きの外套を羽織って、昼前からとぼとぼと大神殿に向かって歩いていた。

 今日の午後から、王都に住まう貴族女性の聖女選定を行うそうだが、ゲオルグやカサンドラ、ユリアはわたしと同じ馬車に乗るのを嫌がった。
 化け物と同じ馬車には乗れないと言うのである。
 加えて、ユリアが「化け物は雪に濡れながら歩いて行けばいいじゃない」と言ったせいで、それに同調したカサンドラにより、わたしは雪の降る中を邸から歩いて大神殿へ向かう羽目になった。

 わたしたちより先について待っていろとカサンドラが命じて、遅れたらどんな罵りを受けるかわかったものではなかったので、わたしは少し早めに出発した。
 クラッセン伯爵家のタウンハウスから大神殿までは歩いて一時間程度だが、雪が薄く積もっている石畳は滑りやすくなっているので、三十分早く出たのは正解だった。

 ……雪が鬱陶しいけど、ここで魔術は使わない方がいいんでしょうね。

 聖女選定に向かうのだ。
 もしも大神殿に集まっている貴族令嬢の中に聖女がいたら、わたしが魔術を使ったことに気づかれるかもしれない。
 寒いなあ、冷たいなあと思いながら、足元に注しつつ大神殿へ到着すると、そこにはすでにたくさんの馬車が停まっていた。王都にいる貴族令嬢が集まるのだから、馬車の数も半端ない。正直言って通行人はかなり迷惑だろう。

「ここに馬車を停めないでください!」

 神殿で働く神官たちが停車している馬車に動くように注意して回っているのが見えた。神官も大変だ。
 わたしは神殿の前の石階段の前でクラッセン伯爵家の馬車が到着するのを待った。

 けれどもどういうわけか、クラッセン伯爵家の馬車でやってくるはずのユリアは、婚約者ジークレヒトのシュタウピッツ公爵家の馬車に乗ってやって来た。
 公爵家の馬車だけあって、大神殿の前に停車していた馬車たちが慌てて移動し、場所をあける。

 やがて馬車が停車すると、ジークレヒトにエスコートされながら、ユリアがまるですでに自分が聖女に選ばれたかのようなエラそうな態度で馬車から降りてきた。ゲオルグとカサンドラは同乗していないのであとから来るのだろう。

「あらあら皆様、雪の中をご苦労様」

 ジークレヒトに手を引かれながら、ユリアがくすくすと笑う。
 そして石階段の前で待っていたわたしに目をとめると、「まあ!」と大仰な声を上げて口元に手を当てた。

「見て、ジークレヒト様! 魔族がいるわ! 魔族が聖女選定ですって。なんて恥知らずなのかしら!」

 ……あー、このセリフは、どう考えてもわたしに向かって言っているんでしょうね。

 わたしがこの場で待っていることはわかっていたはずなのに、わざと驚いた声を上げてお芝居なんて、ユリアはどうあってもわたしにいちゃもんをつけたいらしい。

「ああ本当だな。魔族が聖女に選ばれるはずがないのにな」
「ええ。神殿に入ったら、聖なる力で燃えて死んでしまうんじゃないかしら。記念すべき日に魔族の焼死体なんて、気持ち悪いったらないわ」

 ……こんな馬鹿げた芝居に付き合う必要はないわね。

 待っていろと言うから待っていたのだが、その結果が緞帳芝居の悪役とは馬鹿馬鹿しいったらない。
 わたしは二人を無視してさっさと神殿の中に入ろうと踵を返した。だが――

「まあ! 神聖な神殿に魔族が入ろうとしているわ! 大変!」

 そう言ってユリアがいきなり駆けだすと、踵を返したわたしの背中を力いっぱい突き飛ばした。

「きゃあっ」

 よろけたわたしは、石階段に積もっている雪のせいでつるりと滑って、そのまま階段の上で転んでしまう。
 幸い、階段の下の段のあたりにいたので転がり落ちることはなかったけれど、膝や腕をしたたかに打ってしまってわたしは眉を寄せた。

「まあ見て! 魔族だから神殿に拒否されたわ!」

 自分で突き飛ばしておいて、ユリアがわけのわからないことを言って笑う。

「お前はそこではいつくばっていろ。どうせ神殿に入ったところで聖女に選ばれるはずないのだからな」
「ええ、聖女はこのわたしですもの。魔族はそうして地べたにはいつくばっているのがお似合いよ」

 ジークレヒトとユリアが声を上げて笑いながら神殿の石階段を上っていく。
 イラっとしたわたしは、聖女選定なんて面倒臭いことは無視してこの場から退散しようかと思った。しかし、立ち上がろうとしたとき、誰かがわたしの背中を支えるように手を回して、わたしは目を丸くして振り返る。

「ディートリヒ様……」
「ごめん、遅くなった! 大丈夫かい? 怪我はしていない?」

 走ってきたのだろう、ディートリヒの息が乱れている。

「ちょっと打っただけですから大丈夫ですけど……ええっと、どうしてここに?」

 膝や腕の打ち身は、あとで治癒魔術で治せばいい。
 分厚いドレスと、それから外套を羽織っていたおかげで擦り傷は負っていないし、幸いにしてひねってはいないので歩くのには問題なさそうだ。

「どうしてって、聖女選定の日だからね。……その、ジークレヒトたちが君に対して何かするんじゃないかって気が気じゃなくて。間に合わなかったけど……」
「それでわざわざ?」

 目を瞬くと、ディートリヒはちょっとだけ恥ずかしそうに目を伏せた。

「あとは……その、昔約束しただろう? 聖女に選ばれたら、あそこから出て私と来てくれるって」
「ああ……」

 そういえば、五年前にそんな約束をした気がする。
 まさかディートリヒが覚えていたとは思わなかったので、わたしは驚いてしまった。

 ……わたしが選ばれることはないでしょうけど……。

 でも、ユリアのせいで変に悪目立ちをしてしまったし、貴族令嬢や子息の中にディートリヒ以外に親しい人はいないので、彼が来てくれて嬉しい。

「歩ける?」
「はい、平気です」
「そう、じゃあ一緒に行こう。付き添いは禁止されていないからね」

 そう言ってディートリヒが手を差し出してきたので、わたしは彼の手を取った。
 石階段を足元に気を付けながらゆっくり上って、女神像がある礼拝堂へ向かう。
 そこで、一人一人が女神像に触れていくのが聖女選定なのだそうだ。

 ……聖女なら女神像が光るらしいから、やっぱり魔術じゃないのかしら?

 そんなことを思いながら、ディートリヒと礼拝堂に入ったときだった。

「なんでよ⁉ どうして光らないの⁉ わたしは聖女なのよ‼」

 礼拝堂の奥、女神像のあるあたりから、ユリアの金切り声が聞こえてきた。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

生まれたときから今日まで無かったことにしてください。

はゆりか
恋愛
産まれた時からこの国の王太子の婚約者でした。 物心がついた頃から毎日自宅での王妃教育。 週に一回王城にいき社交を学び人脈作り。 当たり前のように生活してしていき気づいた時には私は1人だった。 家族からも婚約者である王太子からも愛されていないわけではない。 でも、わたしがいなくてもなんら変わりのない。 家族の中心は姉だから。 決して虐げられているわけではないけどパーティーに着て行くドレスがなくても誰も気づかれないそんな境遇のわたしが本当の愛を知り溺愛されて行くストーリー。 ………… 処女作品の為、色々問題があるかとおもいますが、温かく見守っていただけたらとおもいます。 本編完結。 番外編数話続きます。 続編(2章) 『婚約破棄されましたが、婚約解消された隣国王太子に恋しました』連載スタートしました。 そちらもよろしくお願いします。

姉の厄介さは叔母譲りでしたが、嘘のようにあっさりと私の人生からいなくなりました

珠宮さくら
恋愛
イヴォンヌ・ロカンクールは、自分宛てに届いたものを勝手に開けてしまう姉に悩まされていた。 それも、イヴォンヌの婚約者からの贈り物で、それを阻止しようとする使用人たちが悪戦苦闘しているのを心配して、諦めるしかなくなっていた。 それが日常となってしまい、イヴォンヌの心が疲弊していく一方となっていたところで、そこから目まぐるしく変化していくとは思いもしなかった。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

生贄にされた聖女は、精霊王と婚約します

天宮有
恋愛
 聖女として活躍していた私アイリスは、国王から精霊の生贄になれと言われてしまう。  国を更に繁栄させるためで、私の姉が新しい聖女となるから国民も賛同しているようだ。  精霊と仲がよかった私は国王の勘違いを正そうとすると、生贄から逃れようとしていると言い出す。    その後、私の扱いを知った精霊達、精霊王のリックは激怒して――国は滅びようとしていた。

彼女のことは許さない

まるまる⭐️
恋愛
 「彼女のことは許さない」 それが義父様が遺した最期の言葉でした…。  トラマール侯爵家の寄り子貴族であるガーネット伯爵家の令嬢アリエルは、投資の失敗で多額の負債を負い没落寸前の侯爵家に嫁いだ。両親からは反対されたが、アリエルは初恋の人である侯爵家嫡男ウィリアムが自分を選んでくれた事が嬉しかったのだ。だがウィリアムは手広く事業を展開する伯爵家の財力と、病に伏す義父の世話をする無償の働き手が欲しかっただけだった。侯爵夫人とは名ばかりの日々。それでもアリエルはずっと義父の世話をし、侯爵家の持つ多額の負債を返済する為に奔走した。いつかウィリアムが本当に自分を愛してくれる日が来ると信じて。  それなのに……。  負債を返し終えると、夫はいとも簡単にアリエルを裏切り離縁を迫った。元婚約者バネッサとよりを戻したのだ。  最初は離縁を拒んだアリエルだったが、彼女のお腹に夫の子が宿っていると知った時、侯爵家を去る事を決める…。      

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

2度もあなたには付き合えません

cyaru
恋愛
1度目の人生。 デヴュタントで「君を見初めた」と言った夫ヴァルスの言葉は嘘だった。 ヴァルスは思いを口にすることも出来ない恋をしていた。相手は王太子妃フロリア。 フロリアは隣国から嫁いで来たからか、自由気まま。当然その所業は貴族だけでなく民衆からも反感を買っていた。 ヴァルスがオデットに婚約、そして結婚を申し込んだのはフロリアの所業をオデットが惑わせたとして罪を着せるためだった。 ヴァルスの思惑通りに貴族や民衆の敵意はオデットに向けられ遂にオデットは処刑をされてしまう。 処刑場でオデットはヴァルスがこんな最期の時まで自分ではなくフロリアだけを愛し気に見つめている事に「もう一度生まれ変われたなら」と叶わぬ願いを胸に抱く。 そして、目が覚めると見慣れた光景がオデットの目に入ってきた。 ヴァルスが結婚を前提とした婚約を申し込んでくる切欠となるデヴュタントの日に時間が巻き戻っていたのだった。 「2度もあなたには付き合えない」 デヴュタントをドタキャンしようと目論むオデットだが衣装も用意していて参加は不可避。 あの手この手で前回とは違う行動をしているのに何故かヴァルスに目を付けられてしまった。 ※章で分けていますが序章は1回目の人生です。 ※タグの①は1回目の人生、②は2回目の人生です ※初日公開分の1回目の人生は苛つきます。 ★↑例の如く恐ろしく、それはもう省略しまくってます。 ★11月2日投稿開始、完結は11月4日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

処理中です...