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瘴気溜まり 3
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馬車が停車すると、まずジルベールが降りた。
そして、セレアに手を差し出してくる。
「騎士たちに周囲を囲ませているが、気を付けてくれ」
ジルベールの声がいつになく硬質で、このあたりは本当に危ないのだということがわかった。
ジルベールの手を借りて馬車を降りると、なんといえばいいのだろう、生ごみのような、思わずぎゅっと眉を寄せて鼻を覆いたくなるような匂いがする。
奥に山と、それから田畑の間を縫って小川が流れているのが見えたが、春だというのに山の一部は茶色く枯れていて、小川の水も茶色に淀んでいた。匂いはどうも、小川から漂っているようだ。
(これも全部、瘴気溜まりや魔物の影響なの?)
道や田畑の中で騎士や魔術師が魔物を相手にしているのが見える。
中には負傷している人もいて、彼らを守るように別の騎士が立ちはだかり、治癒魔術が使える魔術師が治療をしていた。
自然と表情がこわばる。
こんなにひどいとは、正直思っていなかった。
セレアの知る瘴気溜まりは、良くも悪くも七年前の王都で見たものだけだ。あれを基準に考えていたから、想像もできなかったのかもしれない。
(わたしに……浄化できるのかしら)
急に不安になってくる。
セレアが瘴気溜まりを浄化したのは、七年前の一度切り。
あの時の瘴気溜まりは小さかった。
こんな風に空気が淀んでもいなかった。
魔物も大量に発生していなくて――、騎士や魔術師が大勢出動するような状況でもなく、大きな魔物もいなかった。
「セレア、大丈夫か?」
セレアの手を掴んだまま、ジルベールが訊ねてくる。
「……大丈夫よ」
大丈夫だと、自分自身に言い聞かせなければ震えそうだ。
(もたもたしていられないわ)
この状況を打破できるのは、現状ではセレアしかいないのだ。
自身がなくても、怖くても、瘴気溜まりを浄化すると決めたのはセレアなのだから、自分の発言には最後まで責任を持ちたい。
「瘴気溜まりはどこにあるの?」
「あの奥だ」
ジルベールが指さした山の麓には、小さな雑木林があった。
いや、雑木林だったもの、と言った方がいいのかもしれない。
ここから確認できる限り草木はすべて枯れていて、黒い煙のような靄のようなものが立ち込めている。
「あのあたりの空気を吸うと気分が悪くなる。魔術師が俺たちの周りに結界を張るから、固まって行動しよう」
「わかったわ」
見るからにあのあたりは異常だ。
ジルベールが二人の魔術師と、それから三人の騎士を連れて、セレアの手を引きながらゆっくりと瘴気溜まりに向かって移動する。
その途中で何度か魔物が襲い掛かってきたが、弱い魔物だったのか、魔術師の結界にはじかれて吹き飛んで行った。
けれど、結界が攻撃されれば、その分魔術師の魔力が奪われていくようで、彼らの表情が徐々に険しくなっていく。
セレアが浄化の力で加勢できればいいのだが、瘴気溜まりを浄化することが優先されるので、そちらの浄化が終わるまでは下手に手出しができない。瘴気溜まりの浄化にどれだけ力を使うのか、まともに力を使ったことのないセレアには未知数だからだ。
「きゃっ」
雑木林に近づいたセレアは、思わず悲鳴を上げた。
ぬちゃっと足元で嫌な感触がして下を向いてみたら、タールを流したようなねっとりと黒い液体が地面を覆っていたからだ。
「瘴気溜まり⁉」
「これは違う。瘴気溜まりからあふれる瘴気によって、このあたりの動植物が徐々に溶かされているんだ。これはその残骸だろう」
それを聞いて、セレアはゾッとした。
この黒いどろっとした液体は、ここで暮らしていた動物たちの慣れの果てなのだ。
(可愛そうに……)
きっと、苦しかっただろう。
セレアはきゅっと唇を引き結ぶと、黒い靄に覆われている雑木林を睨む。
ぬちゃ、ぬちゃ、とタール状の液体で覆われた地面を慎重に進む。
雑木林に入るなり、四方八方から魔物が飛び出してきた。
すべて結界にはじかれたが、魔術師の一人が低くうめいて倒れそうになる。
倒れる前に騎士が抱き留めたが、魔術師の額には脂汗が浮かんでいた。
(これ以上結界を張り続けるのは厳しそうね)
急がなくてはいけない。時間が経てばたつほど、魔術師への負担が増大する。
(どこにあるの……?)
セレアは黒い靄に覆われている雑木林の中に目を凝らす。
「ジル様、あれ!」
雑木林の中にひと際黒い水たまりのようなものを見つけた。
こぽこぽとお湯が沸騰するように下から泡が湧き出ていて、その中から魔物がゆっくりと顔を出す。間違いない、あれが瘴気溜まりだ。
「全員構えろ! 油断するな!」
瘴気溜まりの中から特に大きな魔物が顔を出すのを見て、ジルベールが緊張した声で叫んだ。
騎士たちに緊張が走る。
(あれはまずいわ……)
あれが完全に瘴気溜まりから出てこちらへ向かってきたら、魔術師の一人が脱落した今では結界を保っていることはできないだろう。
ちらりとジルベールを仰ぎ見れば、見たこともないくらいに強張った表情をしていた。
(だめ! のんびりしていられない!)
周囲を警戒しながらゆっくりと瘴気溜まりに近寄っていたのでは間に合わない。
セレアはジルベールに握られている手を振り払った。
「セレア⁉」
ジルベールの制止を無視して駆けだす。
「待て、セレア! くそっ!」
「いけません‼」
結界を飛び出し、駆けだそうとしたジルベールを騎士の一人が止める声がした。
セレアは襲い掛かって来た一体の魔物に浄化の力をぶつけて消し去ると、そのまま瘴気黙りに突っ込む勢いで走っていく。
「消えて‼」
べたん、と躊躇いなく瘴気溜まりに両手をついた。
その、直後――
セレアを中心に、白銀にも似たきらめきが溢れた。
そして、セレアに手を差し出してくる。
「騎士たちに周囲を囲ませているが、気を付けてくれ」
ジルベールの声がいつになく硬質で、このあたりは本当に危ないのだということがわかった。
ジルベールの手を借りて馬車を降りると、なんといえばいいのだろう、生ごみのような、思わずぎゅっと眉を寄せて鼻を覆いたくなるような匂いがする。
奥に山と、それから田畑の間を縫って小川が流れているのが見えたが、春だというのに山の一部は茶色く枯れていて、小川の水も茶色に淀んでいた。匂いはどうも、小川から漂っているようだ。
(これも全部、瘴気溜まりや魔物の影響なの?)
道や田畑の中で騎士や魔術師が魔物を相手にしているのが見える。
中には負傷している人もいて、彼らを守るように別の騎士が立ちはだかり、治癒魔術が使える魔術師が治療をしていた。
自然と表情がこわばる。
こんなにひどいとは、正直思っていなかった。
セレアの知る瘴気溜まりは、良くも悪くも七年前の王都で見たものだけだ。あれを基準に考えていたから、想像もできなかったのかもしれない。
(わたしに……浄化できるのかしら)
急に不安になってくる。
セレアが瘴気溜まりを浄化したのは、七年前の一度切り。
あの時の瘴気溜まりは小さかった。
こんな風に空気が淀んでもいなかった。
魔物も大量に発生していなくて――、騎士や魔術師が大勢出動するような状況でもなく、大きな魔物もいなかった。
「セレア、大丈夫か?」
セレアの手を掴んだまま、ジルベールが訊ねてくる。
「……大丈夫よ」
大丈夫だと、自分自身に言い聞かせなければ震えそうだ。
(もたもたしていられないわ)
この状況を打破できるのは、現状ではセレアしかいないのだ。
自身がなくても、怖くても、瘴気溜まりを浄化すると決めたのはセレアなのだから、自分の発言には最後まで責任を持ちたい。
「瘴気溜まりはどこにあるの?」
「あの奥だ」
ジルベールが指さした山の麓には、小さな雑木林があった。
いや、雑木林だったもの、と言った方がいいのかもしれない。
ここから確認できる限り草木はすべて枯れていて、黒い煙のような靄のようなものが立ち込めている。
「あのあたりの空気を吸うと気分が悪くなる。魔術師が俺たちの周りに結界を張るから、固まって行動しよう」
「わかったわ」
見るからにあのあたりは異常だ。
ジルベールが二人の魔術師と、それから三人の騎士を連れて、セレアの手を引きながらゆっくりと瘴気溜まりに向かって移動する。
その途中で何度か魔物が襲い掛かってきたが、弱い魔物だったのか、魔術師の結界にはじかれて吹き飛んで行った。
けれど、結界が攻撃されれば、その分魔術師の魔力が奪われていくようで、彼らの表情が徐々に険しくなっていく。
セレアが浄化の力で加勢できればいいのだが、瘴気溜まりを浄化することが優先されるので、そちらの浄化が終わるまでは下手に手出しができない。瘴気溜まりの浄化にどれだけ力を使うのか、まともに力を使ったことのないセレアには未知数だからだ。
「きゃっ」
雑木林に近づいたセレアは、思わず悲鳴を上げた。
ぬちゃっと足元で嫌な感触がして下を向いてみたら、タールを流したようなねっとりと黒い液体が地面を覆っていたからだ。
「瘴気溜まり⁉」
「これは違う。瘴気溜まりからあふれる瘴気によって、このあたりの動植物が徐々に溶かされているんだ。これはその残骸だろう」
それを聞いて、セレアはゾッとした。
この黒いどろっとした液体は、ここで暮らしていた動物たちの慣れの果てなのだ。
(可愛そうに……)
きっと、苦しかっただろう。
セレアはきゅっと唇を引き結ぶと、黒い靄に覆われている雑木林を睨む。
ぬちゃ、ぬちゃ、とタール状の液体で覆われた地面を慎重に進む。
雑木林に入るなり、四方八方から魔物が飛び出してきた。
すべて結界にはじかれたが、魔術師の一人が低くうめいて倒れそうになる。
倒れる前に騎士が抱き留めたが、魔術師の額には脂汗が浮かんでいた。
(これ以上結界を張り続けるのは厳しそうね)
急がなくてはいけない。時間が経てばたつほど、魔術師への負担が増大する。
(どこにあるの……?)
セレアは黒い靄に覆われている雑木林の中に目を凝らす。
「ジル様、あれ!」
雑木林の中にひと際黒い水たまりのようなものを見つけた。
こぽこぽとお湯が沸騰するように下から泡が湧き出ていて、その中から魔物がゆっくりと顔を出す。間違いない、あれが瘴気溜まりだ。
「全員構えろ! 油断するな!」
瘴気溜まりの中から特に大きな魔物が顔を出すのを見て、ジルベールが緊張した声で叫んだ。
騎士たちに緊張が走る。
(あれはまずいわ……)
あれが完全に瘴気溜まりから出てこちらへ向かってきたら、魔術師の一人が脱落した今では結界を保っていることはできないだろう。
ちらりとジルベールを仰ぎ見れば、見たこともないくらいに強張った表情をしていた。
(だめ! のんびりしていられない!)
周囲を警戒しながらゆっくりと瘴気溜まりに近寄っていたのでは間に合わない。
セレアはジルベールに握られている手を振り払った。
「セレア⁉」
ジルベールの制止を無視して駆けだす。
「待て、セレア! くそっ!」
「いけません‼」
結界を飛び出し、駆けだそうとしたジルベールを騎士の一人が止める声がした。
セレアは襲い掛かって来た一体の魔物に浄化の力をぶつけて消し去ると、そのまま瘴気黙りに突っ込む勢いで走っていく。
「消えて‼」
べたん、と躊躇いなく瘴気溜まりに両手をついた。
その、直後――
セレアを中心に、白銀にも似たきらめきが溢れた。
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