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 魔王と言うから、恐ろしい外見の大きな男を想像していたのに、目の前の魔王は想像とは真逆とも思えるような男だった。

 大きな男という点は間違ってはいないが、縦にも横にも大きい男を想像していたのに、目の前の魔王は背は高いが痩躯の美丈夫である。

 涼し気な目元は優しそうではなかったが、怖そうでもない。シミ一つ見当たらない真っ白な肌はうらやましいほどだ。

 長い髪の下に除く耳はピンととがっているが、それ以外は人間と全く変わらない見た目をしている。強いて言えば、きれいすぎることが人間離れしていた。だがそのくらいだ。どんな恐ろしい相手が出てくるのかと覚悟を決めていたセシリアは拍子抜けだった。

 魔王はベッドサイドの椅子に長い脚を組んで座ると、ぽかんと魔王を見つめているセシリアに言った。

「まだ転移酔いから回復していないのか? 四時間も眠っていたのだから、なおっていると思ったが……」

 話ができないほど気持ちが悪いのかと言われて、セシリアは慌てて首を振った。

「大丈夫です! もう気分は悪くないです! ええっと、ええっと……は、はじめまして! セシリア・グリモアーナです! あなたの妻になりに来ました! よろしくお願いいたします!」

「………………、は?」

 勢いよく頭を下げたセシリアに、魔王はたっぷり沈黙した後で、ぱちぱちと目をしばたたいた。

 状況がつかめていない魔王に、セシリアの膝の上に寝そべっていたリュークが笑いながら言う。

「セシリアはリュシルフル様に求婚しに来たんだって」

「そうです!」

「はあ?」

「いいじゃない、リュシルフル様、まだお妃様いないし、セシリア可愛いからお嫁さんにしちゃいなよ」

「……リューク」

 魔王――リュシルフルはじろりとリュークを睨みつけた。

 怒られそうな気配を感じたのだろう、リュークは慌てたようにセシリアの背後に隠れて、背中から顔半分だけを出してリュシルフルを見る。

「だ、だって、もともとグリモアーナ国のお姫様がリュシルフル様の婚約者だったじゃない。本当の婚約者は二百年前のお姫様だけど、もう死んじゃっていないんだから、セシリアでもいいでしょう? 同じお姫様だもん」

「馬鹿者! いいわけあるか!」

 魔王がリュークに向けて怒鳴る。

 セシリアはハッとした。そうだ。魔王は二百年前、グリモアーナ国王に騙されて封印されたのだ。そのせいで婚約者だった二百年前の姫とは結婚できず、もしかしたら、まだその姫君のことを思っているのかもしれない。それに、魔王を封印したグリモアーナ国王の末裔であるセシリアに対して思うところもあるだろう。グリモアーナ国の王族の末裔として謝罪もせずにいきなり求婚したのは、ものすごく失礼なことだったに違いない。

 セシリアはベッドの上で居住まいを正し、深々と頭を下げた。

「大変失礼しました! わたしに対していろいろ思うところもありますよね? 魔王陛下が結婚したかったのは二百年前のお姫様でしょうし……、封印されたことも、さぞお怒りですよね。不躾なことを言ってすみませんでした!」

 これ以上レバニエル国に迷惑をかけないため、グリモアーナ国を再興すべく魔王に嫁ぐという目的は忘れてはならないが、やり方というものがあった。求婚する前に、信頼を勝ち得ることが先決だった。どうも自分は浅慮で行けない。セシリアは大いに反省して続けた。

「わたしはこの通り美しくないですが、掃除とか洗濯とか料理ならできます! 庭の草むしりもどんとこいです! 先ほどの求婚に嘘はございませんが、わたしのことなど信頼できないのはもっともです! ですからせめて、召使としてでかまいませんのでこの城においてくださいませんでしょうか?」

 リュシルフルの信頼を得る前に追い返されるわけにはいかないと必死に縋り付けば、魔王はあきれ顔で嘆息した。

「お前はいろいろ勘違いをしているようだが、言っておくが、別に私は今更二百年前のことを根に持つつもりもないし、むしろあの結婚はなかったことになって助かったと思っている。まあ、封印されていた二百年は退屈だったから、今度同じことをしようとする人間がいたら八つ裂きにしてやるつもりでいるが、その点、転移陣にも酔ってしまうほどに魔法に耐性のないお前が私をどうこうできるはずもないから、お前がこの城でうろうろしようとかまわない。だが、先に行っておく。結婚はしない」

「……やっぱり二百年前のお姫様のことが……」

「お前はいったい何を聞いていた? 私は結婚がなかったことになってよかったと言ったはずだが」

「え、だってわたしとは結婚したくないって……は! そうですよね! すみません! わたしが美しくないからですよね!」

 どうしよう。セシリアは魔王と政略結婚するつもりでここにやってきたから、自分の容姿が魔王の好みでない場合のことをまったく考えていなかった。少し考えればわかったはずなのに。姉曰く猿のようだというセシリアを好む男性はいないだろう。どうしよう。顔は魔王の魔法で変えられるだろうか。変えられるなら魔王の好きなように変えてもらっていいから、ちょっとくらい結婚することを考えてはくれないだろうか。今すぐじゃなくていいから。

 セシリアが頓珍漢なことを考えて一人あたふたしていると、セシリアの背中に隠れていたリュークが、前足でぽんぽんとセシリアの背中を叩いた。

「セシリア、セシリア。違うよ。セシリアは可愛し、べつにリュシルフル様はセシリアの見た目が好みじゃないから結婚したくないって言ってるわけじゃないから。ただ単に、リュシルフル様が女嫌いだからだよ」

「……え?」

 セシリアの目が点になった。

 魔王と言えば、美女をこれでもかと侍らせたハーレムで生活しているものではないのか。何十人もの美女が侍る中、玉座に寝そべって赤ワインを仰いでいるイメージを持っていたのに、その魔王が女嫌い? セシリアはこて、と首を傾げる。

「もしかして、魔王陛下は男色……」

「違う!」

 あらぬ方向に思考がぶっ飛んだセシリアを、魔王が一喝する。

 そして、これ以上話すのは耐えられないとばかりに立ち上がった。

「ともかく! この国はそなたらグリモアーナ王家のものでもあるから追い出しはしないが、これだけは覚えておけ! 私は結婚しない! 男色でもない! そして私は忙しい!」

「いつも昼寝してるじゃん」

「リューク!」

「キャン!」

 怒られたリュークがセシリアの背中に張り付く。

 魔王はくるりと踵を返した。

「そういうことだから、むやみに私に近づくな! いいな!」

 そう言って、魔王は大股で部屋を出ていく。

 セシリアはしばらくぽかんとしていたが、どうやら魔王はセシリアを追い出す気はないようなので、今後の対策はまた考えようと決めて、リュークを腕に抱くと、ごろんとベッドに寝そべった。

「よくわかんないけど、魔王陛下って思っていたより優しそうでよかったわ」

 そんなことをぼそりとつぶやけば、セシリアの腹の上に抱きしめられていたリュークが苦笑した。

「セシリアって、すっごく前向きだね。……図太いともいうけど」

 最後にぼそりと失礼なことを言われた気がしたが、ひとまず追い出される心配がないとわかったセシリアは、ふわっと一つ欠伸をすると、おやすみなさいと目を閉じた。
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