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「セシリア姫様には魔王に嫁いでいただきたく存じます」

「は!?」

 姉のプリシラが帰ってしばらくして、セシリアの住む離宮にハロルドがやって来た。

 ハロルドは旧グリモアーナ国から逃げてきた数少ない国民の一人で、父である国王たちとともに爆発に巻き込まれて他界した宰相の一人息子である。

 今年三十になる彼は、人のよさそうな顔をした中肉中背の男だ。姉に振り回されているのでいつも疲れ切った顔をしている。

「ちょっと待って! 魔王ってどういうこと? 魔王ってあれよね? うちの国を滅ぼしたあの魔王よね!?」

「姫様。お間違えの無いようにお願いいたします。グリモアーナ国は魔王に滅ぼされたのではなく、魔王の封印が解けた時の爆発に巻き込まれて滅びたのでございます」

 ハロルドがわざわざ言い直す。確かに、魔王が自ら旧グリモアーナ国を滅ぼしたのではなく、魔王の復活で城が吹き飛び、それを見た人たちが大慌てて国から逃亡したのだから、魔王が自ら国を滅ぼしたわけではないのだが、旧グリモアーナ国の国民の大半は魔王が国を滅ぼしたと言って疑わないので、わざわざ言い直すのはハロルドくらいなものだ。

「いいですか、姫様。そもそも、魔王と魔族、そしてわれわれグリモアーナ国民は共存して生きてきたのです。旧グリモアーナ国の地は魔王の持ち物でもあるのです。魔王が滅ぼしたわけではございません」

 ハロルドは昔から、国が滅びたのはそもそも二百年前の国王が魔王を封印したから悪いのだと言っていたから、彼にしてみればこの部分は相当に重要な部分らしい。

 セシリアはその言い分もわかるので、とりあえず頷いておくことにした。魔王の復活のせいで父や兄を失ってはいるものの、当時二歳だったためか。彼らの記憶はほとんどない。だから、母やほかの旧グリモアーナ国民と違って、セシリアは魔王に何の恨みもないのだ。

「で、その魔王に、どうしてわたしが嫁ぐの?」

 姉が「野蛮な方」と言っていたのは魔王だったらしい。だが、どうして魔王と旧グリモアーナ国の王女との縁談が持ち上がったのかがわからない。

「最近、旧グリモアーナ国の再興と騒いでいる輩がいることは、姫様もご存じですよね?」

「うん」

 ハロルドの言う通り、最近になって旧グリモアーナ国の生き残りが、国を取り戻せと騒いでいる。だが、実際に魔王の討伐に乗り出すほどの勇気は持ち合わせていない連中なので、ただ集会をして騒いでいるだけで、やかましいだけでそれほど実害はないので、みな放置しているのだ。

 ハロルドによると、その旧グリモアーナ国の再興をうたう連中が、国を取り戻すために旧グリモアーナ国の王女を魔王に嫁がせろと言い出したらしい。ただ騒ぐだけなら今まで通り放置できたが、よりにもよってレバニエル国の貴族たちも巻き込んでの騒ぎになってしまったため、このままでは収集がつかなくなってしまったそうだ。

 レバニエル国の国民の中には旧グリモアーナ国の王妃や王女たちが当然のような顔をしてレバニエル国で生活していることをよく思っていない人間がいる。どうして他国の王族の贅沢のために税金が使われるのだという声は日に日に大きくなっていて、彼らがこの機会に旧グリモアーナ国の王族をレバニエル国から追い出そうとしているそうだ。

「それでお姉様のところに縁談が行ったのね」

「はい。……ですが、姫様もご存じの通り、プリシラ様が拒否なさいましたので」

「それで代わりに、わたしってわけね」

「申し訳ございません」

「それはいいのよ、別に。ハロルドも困っているんでしょ? いつもお姉様の相手をさせて悪いわね」

 相手が魔王と聞いて驚愕しなかったと言えば嘘になるが、言い換えれば王族の務めだ。セシリアしかいないというのであれば、セシリアに拒否権はない。だが――

「でも、その縁談って、こっちで勝手に進めているだけでしょ?」

 そう。ハロルドの話を聞く限り、魔王と王女を結婚させてグリモアーナ国の再興を騒いでいるのはこちら側だけで、魔王側には何の連絡もしていないようなのだ。

 ハロルドは弱り顔で頷いた。

「姫様のおっしゃる通り、こちら側から魔王に連絡は入れておりませんので、まあ、勝手に進めているだけの縁談ですね。ですので姫様には、魔王に結婚を了承させるところから頑張ってもらわなくてはなりません」

「……ありえないわ」

 セシリアは頭を抱えたくなった。姉ではないが、セシリアもできることなら断りたいような縁談だ。プリシラは「山登り」がどうこう言っていたが、もしかしなくても、あちらからの迎えは一切来ずに、セシリアはえっちらおっちら山を越えて旧グリモアーナ国へ向かわなくてはならないのだろうか。

 ハロルドは心の底から申し訳なさそうな顔をした、

「姫様、お願いできますか?」

 旧グリモアーナ国、レバニエル国から旧グリモアーナ国の王族を追い出したい連中、そして嫁ぐことを拒否したプリシラ――いろいろな心労がたたってハロルドの顔色は倒れそうなほどに青い。

 セシリアははーっと大きくため息を吐きだすことで、言いたいことをすべて飲み込んだ。

「いいわよ。やってやろうじゃないの」
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