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墓参り 4
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千早様は、気まぐれである。
畳の上にお布団の準備をしていると、千早様はもの言いたげな目で、じーっとわたしを見ていた。
何か不手際があっただろうか。
今日はお天気がよかったから、お布団も干しておいた。
敷布もお洗濯したし、何もおかしなところはないと思う。
懐炉代わりになれと言われた時は少し驚いたけれど、今日はいつもより冷える。
温石だと寝ている間に冷めてしまうが、人肌なら冷めることはないだろうから、なるほど、と納得したのだけれど、今になってちょっとだけドキドキしてきた。
千早様にとってわたしなど炉端の石のようなものだろうけど、わたしにとっては違う。
懐炉代わりとは言え、精悍な殿方の隣で眠るのは、わたしの心臓にはあまり優しくないことだった。
「お布団の準備が終わりました。支度を整えてまいりますので、一度下がらせていただきます」
「あ、ああ……」
千早様の許可を得て、わたしは一度、使わせていただいている部屋に下がった。
わたしの部屋は下女に与えられるにしては豪華で、内風呂もついている。
なんでも、千早様のお邸には温泉が引き入れられているそうで、内風呂には常に暖かい湯が張っていた。
道間家で暮らしていたときですら、お風呂になんて滅多に入れなかったのに、ここでは毎日使うことができる。
湯の中に入ると、冷えた体に少し熱く感じたけれど、体が温まるとともにちょうどいい湯加減になった。
……千早様の懐炉になるんだから、ちゃんと温まって、そして綺麗にしておかなくちゃ。
今日の昼、青葉様にお風呂に入るように言われたため、髪はその時に洗った。
髪が濡れていたら千早様が寒かろうと思って、髪は高いところで束ねて濡らさないように気を付ける。
丁寧に体を洗ってまた温まり、ほかほかと体から湯気が立ち上るくらいになってようやくお風呂から出た。
手早く白の単衣を身に着けて、その上に体を冷やさないように千早様から頂いた分厚い羽織を羽織るとお部屋に向かう。
すると、千早様は文机の前に何をするでもなく座っていらっしゃった。わたしが部屋を出てからもずっとそこにいたらしい。
「戻りました、千早様」
「……ああ、本当に戻って来たのか」
千早様は軽く目を見張り、それから細く息を吐き出す。
「先に寝ていろ」
わたしの体が冷えたら懐炉として役に立たないからだろう。
千早様はそう言いおいて、寝支度をするのか、部屋の外へ出て行った。
もともと油が少なくなっていたのか、お布団の中に入って千早様を待っている間に、灯台の灯りがふっと掻き消える。
薄暗くなった室内に、月明かりを映した障子だけがぽっかりと浮かび上がっていた。
お布団が温かくて、待っている間に眠くなってくる。
だけど、千早様をお待ちしている間に眠りにつくのは大変失礼なことだ。
目をこすりながら意識を繋いでいると、お風呂を使って来たのか、髪の毛の先を湿らせた千早様が戻って来た。
「先に寝ていればよかったものを」
吐息交じりにそう言って、千早様がお布団に潜り込む。
わたしの鼓動がどきりと跳ねたけれど、千早様は平常そのもので、それでいてどこか面倒くさそうにわたしの体を引き寄せた。
「さっさと寝ろ」
ぽんぽんと背中を叩かれて、わたしは逆に目が冴えてしまう。
懐炉代わりなのだから密着してもおかしくないはずなのに、緊張で頭の中が真っ白になった。
湯上りの千早様からは、ほんのり、柚子の香りがする。お風呂に浮かべていたのかもしれない。
とても緊張しているのに、柚子の香りと、ぽんぽんと、あやすように規則的に背中を叩かれるのが気持ちよくて、わたしの瞼が徐々に重くなっていく。
「お前は、変な女だな……」
意識が夢の中に引きずり込まれる間際、千早様の、吐息のようなささやきが落ちた。
畳の上にお布団の準備をしていると、千早様はもの言いたげな目で、じーっとわたしを見ていた。
何か不手際があっただろうか。
今日はお天気がよかったから、お布団も干しておいた。
敷布もお洗濯したし、何もおかしなところはないと思う。
懐炉代わりになれと言われた時は少し驚いたけれど、今日はいつもより冷える。
温石だと寝ている間に冷めてしまうが、人肌なら冷めることはないだろうから、なるほど、と納得したのだけれど、今になってちょっとだけドキドキしてきた。
千早様にとってわたしなど炉端の石のようなものだろうけど、わたしにとっては違う。
懐炉代わりとは言え、精悍な殿方の隣で眠るのは、わたしの心臓にはあまり優しくないことだった。
「お布団の準備が終わりました。支度を整えてまいりますので、一度下がらせていただきます」
「あ、ああ……」
千早様の許可を得て、わたしは一度、使わせていただいている部屋に下がった。
わたしの部屋は下女に与えられるにしては豪華で、内風呂もついている。
なんでも、千早様のお邸には温泉が引き入れられているそうで、内風呂には常に暖かい湯が張っていた。
道間家で暮らしていたときですら、お風呂になんて滅多に入れなかったのに、ここでは毎日使うことができる。
湯の中に入ると、冷えた体に少し熱く感じたけれど、体が温まるとともにちょうどいい湯加減になった。
……千早様の懐炉になるんだから、ちゃんと温まって、そして綺麗にしておかなくちゃ。
今日の昼、青葉様にお風呂に入るように言われたため、髪はその時に洗った。
髪が濡れていたら千早様が寒かろうと思って、髪は高いところで束ねて濡らさないように気を付ける。
丁寧に体を洗ってまた温まり、ほかほかと体から湯気が立ち上るくらいになってようやくお風呂から出た。
手早く白の単衣を身に着けて、その上に体を冷やさないように千早様から頂いた分厚い羽織を羽織るとお部屋に向かう。
すると、千早様は文机の前に何をするでもなく座っていらっしゃった。わたしが部屋を出てからもずっとそこにいたらしい。
「戻りました、千早様」
「……ああ、本当に戻って来たのか」
千早様は軽く目を見張り、それから細く息を吐き出す。
「先に寝ていろ」
わたしの体が冷えたら懐炉として役に立たないからだろう。
千早様はそう言いおいて、寝支度をするのか、部屋の外へ出て行った。
もともと油が少なくなっていたのか、お布団の中に入って千早様を待っている間に、灯台の灯りがふっと掻き消える。
薄暗くなった室内に、月明かりを映した障子だけがぽっかりと浮かび上がっていた。
お布団が温かくて、待っている間に眠くなってくる。
だけど、千早様をお待ちしている間に眠りにつくのは大変失礼なことだ。
目をこすりながら意識を繋いでいると、お風呂を使って来たのか、髪の毛の先を湿らせた千早様が戻って来た。
「先に寝ていればよかったものを」
吐息交じりにそう言って、千早様がお布団に潜り込む。
わたしの鼓動がどきりと跳ねたけれど、千早様は平常そのもので、それでいてどこか面倒くさそうにわたしの体を引き寄せた。
「さっさと寝ろ」
ぽんぽんと背中を叩かれて、わたしは逆に目が冴えてしまう。
懐炉代わりなのだから密着してもおかしくないはずなのに、緊張で頭の中が真っ白になった。
湯上りの千早様からは、ほんのり、柚子の香りがする。お風呂に浮かべていたのかもしれない。
とても緊張しているのに、柚子の香りと、ぽんぽんと、あやすように規則的に背中を叩かれるのが気持ちよくて、わたしの瞼が徐々に重くなっていく。
「お前は、変な女だな……」
意識が夢の中に引きずり込まれる間際、千早様の、吐息のようなささやきが落ちた。
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