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第一部 悪役令嬢未満、お兄様と結婚します!
ヴォルフラムの提案 1
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劇場に戻って来たお兄様とアレクサンダー様からの詰問を受けたわたしだったが、「なんか天井から床板が降って来たんです!」という言葉でなんとか逃げ回ることに成功した。
お兄様の方はまだ怪しんでいる様子だったけど、ひとまず追及は諦めてくれたようだ。
そして翌日の日曜日。
わたしはハイライドに「散歩に連れて行け」と言われたので、彼を肩に乗せて学園の庭園を歩いている。
鳥かごの扉はずっと開けたままだし、自由に遊びに行けばいいのに、ハイライドは一人で出かけてまた捕まえられたら危険だと警戒して、一人ではあまり外に出たがらない。
……気分は犬のお散歩ですよ。鳥のお散歩なんて聞いたこともないけどね。
おかげで、ヴィルマには変な目で見られてしまった。
……いや、あれは変な目じゃないわね。思いっきり馬鹿にした目だったわ。
というか、ハイライドは妖精の世界に帰らないのだろうか。いったいいつまで家出王子を続けるつもりだろう。
ちょっぴり、クッキーで餌付けしてしまった感も否めないが、ハイライドも攻略対象の一人であるため、悪役令嬢のわたしが必要以上に関わり続けるのは危険な気がする。
このあたりで、人間の世界に飽きて帰ってくれると嬉しいのだけれど。
……もちろん、せっかく友達みたいになれたハイライドがいなくなるのは、寂しくもあるんだけどね。
五月も終わりにさしかかり、日中の気温はぐーっと上がった。
ゲーム「ブルーメ」は日本人が作ったゲームのためか、この世界の季節感は日本によく似ている。一年も十二か月だし、春夏秋冬があるのだ。
学園の庭園をぐるっと回って、わたしは噴水の近くのベンチに腰を下ろす。
持って来ていたハイライド用のクッキーを取り出すと、彼はわたしの手のひらの上に座ってクッキーを食べはじめた。
ハイライドは、本当にクッキーが大好きだ。
ほかのものも食べるのだが、彼曰く「三食クッキーでいい」というくらいクッキーがお気に入りらしい。
噴水のそばだからだろうか、さわさわと吹き抜けていく風は少しひんやりとしていて気持ちがいい。
ぼーっと噴水を眺めながらハイライドがクッキーを食べるのを待っていると、学園の方から、何やら険しい表情をしたヴォルフラムが歩いてくるのが見えた。腕に複数の本を抱えているので、学園の図書室にでも行ってきたのだろうか。
……でも、なんでそんなに機嫌が悪そうなのかしら?
ほしい本が誰かに借りられていたとかだろうか。
正直、機嫌が悪そうな攻略対象には関わり合いになりたくないが、わたしがいる場所はおそらく彼の動線上にありそうだ。まっすぐこっちに向かって歩いてくるから。
ハイライドがクッキーを食べている以上、わたしは立ち上がって逃げることもできない。
……うん、極力目を合わさないようにしよう。
と、わたしはヴォルフラムから視線をそらしたのだけれど、どういうわけか、わたしを嫌っているはずの彼の方からわたしに話しかけてきた。
「……君は、カナリアにクッキーを与えるのか」
どうやら、ハイライドがクッキーを食べているのが気になったらしい。
……お言葉ですけどね、彼は実はカナリアではなくて妖精なんですよ! だから、クッキーも食べるんです!
なぁんて反論できるはずもなく、わたしは適当に笑って誤魔化す。
「この子はクッキーが好きなんですの。ほ、ほほほ……」
「好き嫌いの問題ではない。飼い主は、ペットの健康に気を配るべきだと思うがな」
いつもわたしのことなんて眼中にないくせに、今日はやけに食って掛かって来るわね。
わたしだってねえ、ただのカナリアにクッキーを与えたりしませんとも! ハイライドだからあげているんですぅ!
ムッとしたわたしだったが、どうやら「ペット」呼ばわりされたハイライドの方が腹が立ったらしい。
わたしの手のひらの上でクッキーに夢中になっていたハイライドが、ひらりと飛び上がってヴォルフラムの頭に飛び乗る。
そして、小さな手でヴォルフラムの蜂蜜色の髪を引っ張りだした。
「い、いて! 痛い‼ 何なんだこいつ! どうして俺の頭をつつく!」
なるほどー、ハイライドの姿がカナリアにしか見えない人には、あれはつつかれていることになるのねえ。
……ちょっと面白いしいい気味だから眺めていよ~っと。
ぷくくくく、と笑っていると、キッとヴォルフラムに睨まれてしまった。
「これは君の鳥だろう! 何とかしろ! 飼い主が飼い主なら、ペットもペットだな!」
あー、だから、ペット呼ばわりはダメだと思いますよ。ほら、ハイライドがもっと怒っちゃったじゃないですか。
「なんなんだ、この失礼な男は! 俺様は光の妖精の国の王子だぞ‼ 頭が高い‼」
などと言って、今度は地団太をはじめている。
ハイライドの声はヴォルフラムには聞こえないから、カナリアがさえずっているように聞こえるだろう。
囀りながらげしげしされて、ヴォルフラムが顔を真っ赤に染めて怒り出した。
「ええい! 離れろ‼」
ヴォルフラムに手でぱたぱたされて、ハイライドが不満そうな顔でわたしのそばまで戻って来る。
「マリア、あれは知り合いか? 失礼にもほどがあるぞ! この俺様をペット呼ばわりしやがった!」
……あー、うん、気持ちはわかるけど、まあ、ただのカナリアに見える人にはペット以外には見えないでしょうねえ。
もちろん口に出して言うとハイライドが怒るので、わたしはまあまあと彼をなだめる。
ハイライドは不貞腐れた顔で、わたしの手のひらの上で食べかけのクッキーを食べはじめた。
「おい、君」
……あら、まだいたのね。
ハイライドを見つめていると、ヴォルフラムに話しかけられてわたしは顔を上げる。
ヴォルフラムはわたしのことが嫌いなはずなのに、今日はどうしてわたしに話しかけるのかしら? いつぞやのように、靴箱の前でヴォルフラムの進行の邪魔をしているわけでもないでしょう?
「君に、少し訊きたいことがある」
ものすごい不機嫌顔でそんなことを言われてもねえ。
だけど、これまでのお高く留まった悪役令嬢候補マリア・アラトルソワから脱却を試みているわたしとしては、ヴォルフラムを邪険に扱うわけにもいかない。
「何かしら?」
「……隣に座ってもいいか?」
「ええ」
あら珍しい。
話しかけるだけじゃなくて、隣に座ると言い出しましたよ。
これは明日は雨かしらね~と思いつつ頷くと、ヴォルフラムがわたしの隣に腰を下ろす。
ハイライドが嫌そうな顔をしたが、カナリアが顔を上げたようにしか見えないのだろう、ヴォルフラムが気にする様子はない。
「訊きたいことって、何かしら?」
ヴォルフラムは抱えていた本を脇に置くと、真剣な顔でわたしを見つめて、こう言った。
「君は昨日、王立劇場で俺に似た男と話していただろう。そのときのことを教えてくれ」
わたしは、ひゅっと息を呑んだ。
お兄様の方はまだ怪しんでいる様子だったけど、ひとまず追及は諦めてくれたようだ。
そして翌日の日曜日。
わたしはハイライドに「散歩に連れて行け」と言われたので、彼を肩に乗せて学園の庭園を歩いている。
鳥かごの扉はずっと開けたままだし、自由に遊びに行けばいいのに、ハイライドは一人で出かけてまた捕まえられたら危険だと警戒して、一人ではあまり外に出たがらない。
……気分は犬のお散歩ですよ。鳥のお散歩なんて聞いたこともないけどね。
おかげで、ヴィルマには変な目で見られてしまった。
……いや、あれは変な目じゃないわね。思いっきり馬鹿にした目だったわ。
というか、ハイライドは妖精の世界に帰らないのだろうか。いったいいつまで家出王子を続けるつもりだろう。
ちょっぴり、クッキーで餌付けしてしまった感も否めないが、ハイライドも攻略対象の一人であるため、悪役令嬢のわたしが必要以上に関わり続けるのは危険な気がする。
このあたりで、人間の世界に飽きて帰ってくれると嬉しいのだけれど。
……もちろん、せっかく友達みたいになれたハイライドがいなくなるのは、寂しくもあるんだけどね。
五月も終わりにさしかかり、日中の気温はぐーっと上がった。
ゲーム「ブルーメ」は日本人が作ったゲームのためか、この世界の季節感は日本によく似ている。一年も十二か月だし、春夏秋冬があるのだ。
学園の庭園をぐるっと回って、わたしは噴水の近くのベンチに腰を下ろす。
持って来ていたハイライド用のクッキーを取り出すと、彼はわたしの手のひらの上に座ってクッキーを食べはじめた。
ハイライドは、本当にクッキーが大好きだ。
ほかのものも食べるのだが、彼曰く「三食クッキーでいい」というくらいクッキーがお気に入りらしい。
噴水のそばだからだろうか、さわさわと吹き抜けていく風は少しひんやりとしていて気持ちがいい。
ぼーっと噴水を眺めながらハイライドがクッキーを食べるのを待っていると、学園の方から、何やら険しい表情をしたヴォルフラムが歩いてくるのが見えた。腕に複数の本を抱えているので、学園の図書室にでも行ってきたのだろうか。
……でも、なんでそんなに機嫌が悪そうなのかしら?
ほしい本が誰かに借りられていたとかだろうか。
正直、機嫌が悪そうな攻略対象には関わり合いになりたくないが、わたしがいる場所はおそらく彼の動線上にありそうだ。まっすぐこっちに向かって歩いてくるから。
ハイライドがクッキーを食べている以上、わたしは立ち上がって逃げることもできない。
……うん、極力目を合わさないようにしよう。
と、わたしはヴォルフラムから視線をそらしたのだけれど、どういうわけか、わたしを嫌っているはずの彼の方からわたしに話しかけてきた。
「……君は、カナリアにクッキーを与えるのか」
どうやら、ハイライドがクッキーを食べているのが気になったらしい。
……お言葉ですけどね、彼は実はカナリアではなくて妖精なんですよ! だから、クッキーも食べるんです!
なぁんて反論できるはずもなく、わたしは適当に笑って誤魔化す。
「この子はクッキーが好きなんですの。ほ、ほほほ……」
「好き嫌いの問題ではない。飼い主は、ペットの健康に気を配るべきだと思うがな」
いつもわたしのことなんて眼中にないくせに、今日はやけに食って掛かって来るわね。
わたしだってねえ、ただのカナリアにクッキーを与えたりしませんとも! ハイライドだからあげているんですぅ!
ムッとしたわたしだったが、どうやら「ペット」呼ばわりされたハイライドの方が腹が立ったらしい。
わたしの手のひらの上でクッキーに夢中になっていたハイライドが、ひらりと飛び上がってヴォルフラムの頭に飛び乗る。
そして、小さな手でヴォルフラムの蜂蜜色の髪を引っ張りだした。
「い、いて! 痛い‼ 何なんだこいつ! どうして俺の頭をつつく!」
なるほどー、ハイライドの姿がカナリアにしか見えない人には、あれはつつかれていることになるのねえ。
……ちょっと面白いしいい気味だから眺めていよ~っと。
ぷくくくく、と笑っていると、キッとヴォルフラムに睨まれてしまった。
「これは君の鳥だろう! 何とかしろ! 飼い主が飼い主なら、ペットもペットだな!」
あー、だから、ペット呼ばわりはダメだと思いますよ。ほら、ハイライドがもっと怒っちゃったじゃないですか。
「なんなんだ、この失礼な男は! 俺様は光の妖精の国の王子だぞ‼ 頭が高い‼」
などと言って、今度は地団太をはじめている。
ハイライドの声はヴォルフラムには聞こえないから、カナリアがさえずっているように聞こえるだろう。
囀りながらげしげしされて、ヴォルフラムが顔を真っ赤に染めて怒り出した。
「ええい! 離れろ‼」
ヴォルフラムに手でぱたぱたされて、ハイライドが不満そうな顔でわたしのそばまで戻って来る。
「マリア、あれは知り合いか? 失礼にもほどがあるぞ! この俺様をペット呼ばわりしやがった!」
……あー、うん、気持ちはわかるけど、まあ、ただのカナリアに見える人にはペット以外には見えないでしょうねえ。
もちろん口に出して言うとハイライドが怒るので、わたしはまあまあと彼をなだめる。
ハイライドは不貞腐れた顔で、わたしの手のひらの上で食べかけのクッキーを食べはじめた。
「おい、君」
……あら、まだいたのね。
ハイライドを見つめていると、ヴォルフラムに話しかけられてわたしは顔を上げる。
ヴォルフラムはわたしのことが嫌いなはずなのに、今日はどうしてわたしに話しかけるのかしら? いつぞやのように、靴箱の前でヴォルフラムの進行の邪魔をしているわけでもないでしょう?
「君に、少し訊きたいことがある」
ものすごい不機嫌顔でそんなことを言われてもねえ。
だけど、これまでのお高く留まった悪役令嬢候補マリア・アラトルソワから脱却を試みているわたしとしては、ヴォルフラムを邪険に扱うわけにもいかない。
「何かしら?」
「……隣に座ってもいいか?」
「ええ」
あら珍しい。
話しかけるだけじゃなくて、隣に座ると言い出しましたよ。
これは明日は雨かしらね~と思いつつ頷くと、ヴォルフラムがわたしの隣に腰を下ろす。
ハイライドが嫌そうな顔をしたが、カナリアが顔を上げたようにしか見えないのだろう、ヴォルフラムが気にする様子はない。
「訊きたいことって、何かしら?」
ヴォルフラムは抱えていた本を脇に置くと、真剣な顔でわたしを見つめて、こう言った。
「君は昨日、王立劇場で俺に似た男と話していただろう。そのときのことを教えてくれ」
わたしは、ひゅっと息を呑んだ。
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