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第一部 悪役令嬢未満、お兄様と結婚します!
墓地の妖精 4
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ああ、まずいわ――と、わたしに絡みつく真っ黒い影を見ながら思う。
これは、かなりまずい状況だ。
ずぶりずぶりとわたしの体が影の中に飲み込まれていっている。
もう、足の先は真っ黒くなって、自分の足が見えなくなっていた。
……このまま全部飲まれてしまったら、どうなるのかしら。
脳裏をかすめた疑問に、わたしの全身から血の気が引いていく。
「マリア!」
駆け寄って来たお兄様がわたしに向かって手を差し出した。
お兄様の手を取ろうと手を伸ばすけれど、その腕に影が絡みついて、手の先から闇に飲まれてしまう。
「マリア! くそ!」
「だめ! お兄様!」
「よせジークハルト!」
お兄様が影に触れようとしたのを見てわたしが悲鳴を上げるのとアレクサンダー様がお兄様の手首をつかんで後ろに引っ張るのは同時だった。
おそらくこの黒い影はアンデットだと思う。
しかも、先ほどわたしたちを取り囲んでいたアンデットとは比べ物にならないくらいに大きい。
「止めるなアレクサンダー!」
「止めるに決まっている! 不用意にあれに触れて、お前まで飲み込まれたらどうするんだ!」
アレクサンダー様の言う通りだ。
……怖い、怖い怖い怖い怖い! でも、お兄様を巻き込んではダメ!
わたしはカチカチと鳴る奥歯をぐっと食いしばった。
「お兄様、わたしは大丈夫ですから、このアンデットを何とかしてくださいませっ」
影に飲まれていっているが、痛みはない。全部飲まれてしまったらどうなるかはわからないけれど、今のところ頭ははっきりしている。ただ怖いだけだ。
「何とかしろというが……」
「さすがにこの状況で君を守りながら魔法を使うのは難しいぞ!」
お兄様とアレクサンダー様がわたしに触れていない部分の影に向かって、威力の大きくない下級魔法を放つが、影はわたしから離れない。
「多少わたしに当たってもいいですから、わたしごと――」
「「馬鹿を言うな‼」」
わたしに当ててでも何とかしてくれと言いたかったのに、二人の声に遮られてしまった。
「私にお前を攻撃しろと?」
「私はもう二度と君に傷を負わせたくない」
うぅ、ではどうしろと⁉
お兄様とアレクサンダー様が下級魔法で地道にわたしから黒い影を削り取ろうとしていると、新しいアンデットたちが、ゆらゆらと集まって来はじめた。この墓地にはまだまだアンデットが残っていたらしい。
……なんでこんなにいっぱいいるのよ! ゴ〇ブリか‼
わたしは泣きたくなってきた。
お兄様とアレクサンダー様が近づいてこようとするアンデットたちを魔法で蹴散らすが、次から次に湧いて来てきりがない。
……もしかしてこの大きなアンデットが呼んでいるんじゃないでしょうね⁉
それは直感だったが、この推測は間違っていない気がする。
なんか、こいつが親玉っぽい気がするのだ。
ということは、逆にこいつさえ何とかすれば、他の雑魚いアンデットたちはいなくなるのではなかろうか?
……正解かどうかはわかんないけど、試して損はなし!
お兄様とアレクサンダー様がほかのアンデットに手を取られているので、不安で仕方がないが、この大きなアンデットはわたしが何とかせねばなるまい。
……できるか⁉ わたし、ファイアーボール二発しか打てないんだよ⁉
わたしのレベルは二。習得魔法レベルは一。仕える魔法はファイアーボール一択で、魔力が十しかないから一発で魔力を五消費するファイアーボールは二発しか打てない。
……あとは意味不明な「仲間」がいるけど、一分召喚するごとに魔力が百いるし、「レベルが低いと言うことを聞いてくれません」って注意書きがあったからね!
レベル二のわたしの言うことを、サラマンダーが聞いてくれるとは思えない。
……こういうのを、万事休すって言うのかしら⁉
ぐずぐずしている間に、わたしの体は半分くらい影に飲まれていた。
このままだと本当にまずい。
お兄様とアレクサンダー様がほかのアンデットを相手取りつつ、隙を見てわたしを飲み込もうとしているアンデットに攻撃を当ててくれているけれど、二人ともわたしが怪我をしないように加減しているから、わたしから引きはがすには足りないみたいだ。
「マリア!」
……ああっ、まずいわ!
このまま飲まれ続けたら、お兄様が危険を顧みずに飛び込んでくるかもしれない。
もしかしたら、わたしへの仲間意識に目覚めたらしいアレクサンダー様まで飛び込んでくるかも。
そうなったら全滅だ。全滅する未来しか見えない。
未来の悪役令嬢に巻き込まれて、悪役令嬢の兄と攻略対象の一人が、もしかしたら死んでしまうかもしれないのだ。
……そんなの絶対にダメ‼
わたしだって死にたくないが、二人を巻き込むのはもっとだめだ。
……何か方法はないかしら? ああもうっ! 一か八かサラマンダーを召喚したいけど魔力が足りない! 何で一分に魔力が百も……一分?
こういうのを、火事場の馬鹿力というのかしら?
おバカさんなわたしの頭に、普段のわたしなら思いつかないであろう名案が浮かんだ。
……そうよ。一分以下なら、魔力が百じゃなくてもいいんじゃない?
わたしの全魔力は十。
……一分の十分の一だから……ああっ、もう何秒だかすぐに出てこないけどとりあえず数秒はサラマンダーを召喚できるはずよ!
半ばパニック状態のわたしは、六十秒割る十という単純計算ができなくなっているくらいに冷静ではなかった。
だからこそ、こんな捨て身の作戦を思いついたのだろう。
わたしは何も考えず、大声で叫んだ。
「サラマンダー‼ わたしごと、こいつを燃やしちゃってー‼」
直後。
わたしは、わたしを飲み込もうとしているアンデットともども、真っ赤な炎に包まれた。
これは、かなりまずい状況だ。
ずぶりずぶりとわたしの体が影の中に飲み込まれていっている。
もう、足の先は真っ黒くなって、自分の足が見えなくなっていた。
……このまま全部飲まれてしまったら、どうなるのかしら。
脳裏をかすめた疑問に、わたしの全身から血の気が引いていく。
「マリア!」
駆け寄って来たお兄様がわたしに向かって手を差し出した。
お兄様の手を取ろうと手を伸ばすけれど、その腕に影が絡みついて、手の先から闇に飲まれてしまう。
「マリア! くそ!」
「だめ! お兄様!」
「よせジークハルト!」
お兄様が影に触れようとしたのを見てわたしが悲鳴を上げるのとアレクサンダー様がお兄様の手首をつかんで後ろに引っ張るのは同時だった。
おそらくこの黒い影はアンデットだと思う。
しかも、先ほどわたしたちを取り囲んでいたアンデットとは比べ物にならないくらいに大きい。
「止めるなアレクサンダー!」
「止めるに決まっている! 不用意にあれに触れて、お前まで飲み込まれたらどうするんだ!」
アレクサンダー様の言う通りだ。
……怖い、怖い怖い怖い怖い! でも、お兄様を巻き込んではダメ!
わたしはカチカチと鳴る奥歯をぐっと食いしばった。
「お兄様、わたしは大丈夫ですから、このアンデットを何とかしてくださいませっ」
影に飲まれていっているが、痛みはない。全部飲まれてしまったらどうなるかはわからないけれど、今のところ頭ははっきりしている。ただ怖いだけだ。
「何とかしろというが……」
「さすがにこの状況で君を守りながら魔法を使うのは難しいぞ!」
お兄様とアレクサンダー様がわたしに触れていない部分の影に向かって、威力の大きくない下級魔法を放つが、影はわたしから離れない。
「多少わたしに当たってもいいですから、わたしごと――」
「「馬鹿を言うな‼」」
わたしに当ててでも何とかしてくれと言いたかったのに、二人の声に遮られてしまった。
「私にお前を攻撃しろと?」
「私はもう二度と君に傷を負わせたくない」
うぅ、ではどうしろと⁉
お兄様とアレクサンダー様が下級魔法で地道にわたしから黒い影を削り取ろうとしていると、新しいアンデットたちが、ゆらゆらと集まって来はじめた。この墓地にはまだまだアンデットが残っていたらしい。
……なんでこんなにいっぱいいるのよ! ゴ〇ブリか‼
わたしは泣きたくなってきた。
お兄様とアレクサンダー様が近づいてこようとするアンデットたちを魔法で蹴散らすが、次から次に湧いて来てきりがない。
……もしかしてこの大きなアンデットが呼んでいるんじゃないでしょうね⁉
それは直感だったが、この推測は間違っていない気がする。
なんか、こいつが親玉っぽい気がするのだ。
ということは、逆にこいつさえ何とかすれば、他の雑魚いアンデットたちはいなくなるのではなかろうか?
……正解かどうかはわかんないけど、試して損はなし!
お兄様とアレクサンダー様がほかのアンデットに手を取られているので、不安で仕方がないが、この大きなアンデットはわたしが何とかせねばなるまい。
……できるか⁉ わたし、ファイアーボール二発しか打てないんだよ⁉
わたしのレベルは二。習得魔法レベルは一。仕える魔法はファイアーボール一択で、魔力が十しかないから一発で魔力を五消費するファイアーボールは二発しか打てない。
……あとは意味不明な「仲間」がいるけど、一分召喚するごとに魔力が百いるし、「レベルが低いと言うことを聞いてくれません」って注意書きがあったからね!
レベル二のわたしの言うことを、サラマンダーが聞いてくれるとは思えない。
……こういうのを、万事休すって言うのかしら⁉
ぐずぐずしている間に、わたしの体は半分くらい影に飲まれていた。
このままだと本当にまずい。
お兄様とアレクサンダー様がほかのアンデットを相手取りつつ、隙を見てわたしを飲み込もうとしているアンデットに攻撃を当ててくれているけれど、二人ともわたしが怪我をしないように加減しているから、わたしから引きはがすには足りないみたいだ。
「マリア!」
……ああっ、まずいわ!
このまま飲まれ続けたら、お兄様が危険を顧みずに飛び込んでくるかもしれない。
もしかしたら、わたしへの仲間意識に目覚めたらしいアレクサンダー様まで飛び込んでくるかも。
そうなったら全滅だ。全滅する未来しか見えない。
未来の悪役令嬢に巻き込まれて、悪役令嬢の兄と攻略対象の一人が、もしかしたら死んでしまうかもしれないのだ。
……そんなの絶対にダメ‼
わたしだって死にたくないが、二人を巻き込むのはもっとだめだ。
……何か方法はないかしら? ああもうっ! 一か八かサラマンダーを召喚したいけど魔力が足りない! 何で一分に魔力が百も……一分?
こういうのを、火事場の馬鹿力というのかしら?
おバカさんなわたしの頭に、普段のわたしなら思いつかないであろう名案が浮かんだ。
……そうよ。一分以下なら、魔力が百じゃなくてもいいんじゃない?
わたしの全魔力は十。
……一分の十分の一だから……ああっ、もう何秒だかすぐに出てこないけどとりあえず数秒はサラマンダーを召喚できるはずよ!
半ばパニック状態のわたしは、六十秒割る十という単純計算ができなくなっているくらいに冷静ではなかった。
だからこそ、こんな捨て身の作戦を思いついたのだろう。
わたしは何も考えず、大声で叫んだ。
「サラマンダー‼ わたしごと、こいつを燃やしちゃってー‼」
直後。
わたしは、わたしを飲み込もうとしているアンデットともども、真っ赤な炎に包まれた。
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