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猫王妃と離婚危機
フィリエルの答え 3
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「フィ、フィリエル⁉」
ステファヌが滞在している部屋に向かうと、呑気な顔をして妻とお茶を飲んでいた兄がギョッと目を見開いた。
「まあ、フィリエル様?」
ルシールも目を丸くして、おっとりと頬に手を当てる。
「今よろしいかしら、お兄様」
心の中で臨戦態勢を整えてにっこりと微笑めば、ステファヌが何故か視線を泳がせた。
(……これはやっぱり何かあるわね)
十中八九、リオンがおかしかったことに関係があるはずだ。
「フィリエル、体調は……」
「おかげさまでこの通りとっても元気ですわお兄様。お邪魔しますわよ」
部屋に入ると、ルシールが微笑んで自分の隣を開けてくれたので、フィリエルは彼女の隣に腰を下ろした。
対面に座るステファヌは落ち着かない様子だ。
「お兄様、お話がありますの」
「あ、ああ、わかった。……では、ルシール、席を外してくれないか?」
「あら、わたくしがいてはできないお話ですの?」
「そういうわけじゃ、ないんだが……」
フィリエルはステファヌとルシールを見比べて、薄く笑う。
(お兄様、ルシール義姉様に黙って何かしたわね)
ここはルシールに側にいてもらった方が都合がよさそうだ。
フィリエルはベルを鳴らしてメイドを呼ぶと、人間のフィリエルを見てギョッとしたメイドににっこりと微笑んで、三人分の新しいお茶を用意してもらう。
(人に戻ったとは、まだ周知してないから、そりゃあ驚くわよね)
ここに来るまでも、みんなに「え⁉」という顔をされた。
フィリエルの着替えを手伝ってくれたポリーも驚いていたが、またもとに戻れてよかったと喜んでくれた。ただ、コルセットを締めながら、「たまにはお猫様に戻ってくださってもいいんですよ」と言われた時は何と答えたものかと困ったが。
お茶が運ばれてくると、フィリエルは単刀直入に訊ねた。
「それでお兄様。一昨日、リオン陛下に何をおっしゃったんですか?」
「え、いや……」
「いや、じゃなくて。何をおっしゃったんですか? お答えにならないのならリオン陛下に直接お訊ねいたしますけど、それでよろしいですか?」
「イ、イザリアを側妃にどうか、と……」
「それだけですか?」
それだけで、リオンの様子がおかしくなるはずがない。
「ほかにもまだ何かあるんじゃないですか? 脅すようなこととか、おっしゃったんじゃありませんか?」
「いや、べつに……」
「そうですか。なら話は早いですね。イザリアの件は陛下に代わってわたしがお断りしますので、解決ですね」
「ちょ、ちょっと待て! 何を勝手に……」
「勝手はそっちでしょう? わたしに相談もなくイザリアを側妃に勧めるなんて、いくらお兄様でも許しませんわよ」
「相談しようにもお前、手紙の返信をよこさなかったじゃないか! それに、これには深いわけがあるんだ!」
「あら、病人に筆を取れなんて酷なことをおっしゃるのね。それで? 深いわけって?」
ステファヌはつい、と視線を逸らした。
夫と義妹の様子を見ていたルシールが、にっこりと笑みを深める。
「まあ、まさかあの件を、リオン陛下にお話になったのかしら?」
ぎくり、とステファヌが肩を揺らした。
(あの件?)
やはり、イザリアの件以外に何か隠し事があったのだろうか。
ルシールに視線を向けると、彼女はフィリエルに微笑んでからステファヌに視線を戻す。
「あの件は、フィリエル様のお気持ちにお任せするというお話でしたわよね? お義母様も、フィリエル様がこれ以上傷つかないように、こちらで勝手なことはしないようにと、くぎを刺していたはずですけれど……そうですか、言ってしまったんですか、リオン陛下に」
ステファヌが顔色を悪くして、だらだらと汗をかきはじめた。
(お義姉様って、おっとりしているけど、意外と強いのかしら?)
これはちょっと面白そうなので、少し静観しよう。
義姉に任せていたほうがうまく運びそうだ。
「お義母様も、男性は性急で困るとおっしゃっていましたけど、本当に、どうしようもない方ですわね。もしリオン陛下がこちらの提案をお飲みになった場合、そしてその結果フィリエル様が泣くようなことになった場合、どうなさるおつもりだったのかしら? 嫁ぎ先で泣き暮らせと、それが王女の務めだと、そうおっしゃるのかしら? だったら、これまでと大差ないのですから、こちらが無用に引っ掻き回す必要はどこにもなかったと思いますけど、違うのかしら? それとも男性は、一方的な思いを向けられれば女は幸せだと、そうおっしゃるのかしら?」
ゆっくりとした口調で、微笑みを浮かべたまま、確実に兄を責めるルシールにフィリエルは拍手を送りたくなった。
兄がここまで顔色を失くすのを、いまだかつて見たことがない。
(なんか気になる言葉はあったけど、確認は後でいいわ)
これは本当に面白い。
「フィリエル様にご帰国を促すのも、お義母様が直接フィリエル様の気持ちを確かめたいからと、そうおっしゃっていましたよね? ずっとずっと気をもんでいたお義母様の思いを、あっさり踏みにじるなんて……、そんなひとでなしだったなんて……、わたくしも、いろいろ、考え直そうかしら。ねえ、いろいろ」
「ま、ま、待て! ちょっと待て! この件には父上の――」
「あら、じゃあロマリエ国王夫妻の離縁が先かしら……」
「だから待て早まるな‼」
(うわー、なにかしらこれ、修羅場ってやつ?)
よくわからないが、兄夫婦と両親が離婚の危機らしい。
(なるほど、こういう脅し方もあるのね。わたしが陛下に使うことはないと思うけど、なんか勉強になるわ)
ほーほーと頷いていると、ステファヌががしがしと頭をかいた。
どうやら観念したらしい。
「あー、もうわかった! 何を話したかまず説明するから、話しはそのあとにしてくれ」
ルシールは優雅にティーカップに口をつけて、首肯した。
「そうですわね。この先どうするかは、結果を見て検討しますわ」
ステファヌの顔色が、一段と悪くなった。
ステファヌが滞在している部屋に向かうと、呑気な顔をして妻とお茶を飲んでいた兄がギョッと目を見開いた。
「まあ、フィリエル様?」
ルシールも目を丸くして、おっとりと頬に手を当てる。
「今よろしいかしら、お兄様」
心の中で臨戦態勢を整えてにっこりと微笑めば、ステファヌが何故か視線を泳がせた。
(……これはやっぱり何かあるわね)
十中八九、リオンがおかしかったことに関係があるはずだ。
「フィリエル、体調は……」
「おかげさまでこの通りとっても元気ですわお兄様。お邪魔しますわよ」
部屋に入ると、ルシールが微笑んで自分の隣を開けてくれたので、フィリエルは彼女の隣に腰を下ろした。
対面に座るステファヌは落ち着かない様子だ。
「お兄様、お話がありますの」
「あ、ああ、わかった。……では、ルシール、席を外してくれないか?」
「あら、わたくしがいてはできないお話ですの?」
「そういうわけじゃ、ないんだが……」
フィリエルはステファヌとルシールを見比べて、薄く笑う。
(お兄様、ルシール義姉様に黙って何かしたわね)
ここはルシールに側にいてもらった方が都合がよさそうだ。
フィリエルはベルを鳴らしてメイドを呼ぶと、人間のフィリエルを見てギョッとしたメイドににっこりと微笑んで、三人分の新しいお茶を用意してもらう。
(人に戻ったとは、まだ周知してないから、そりゃあ驚くわよね)
ここに来るまでも、みんなに「え⁉」という顔をされた。
フィリエルの着替えを手伝ってくれたポリーも驚いていたが、またもとに戻れてよかったと喜んでくれた。ただ、コルセットを締めながら、「たまにはお猫様に戻ってくださってもいいんですよ」と言われた時は何と答えたものかと困ったが。
お茶が運ばれてくると、フィリエルは単刀直入に訊ねた。
「それでお兄様。一昨日、リオン陛下に何をおっしゃったんですか?」
「え、いや……」
「いや、じゃなくて。何をおっしゃったんですか? お答えにならないのならリオン陛下に直接お訊ねいたしますけど、それでよろしいですか?」
「イ、イザリアを側妃にどうか、と……」
「それだけですか?」
それだけで、リオンの様子がおかしくなるはずがない。
「ほかにもまだ何かあるんじゃないですか? 脅すようなこととか、おっしゃったんじゃありませんか?」
「いや、べつに……」
「そうですか。なら話は早いですね。イザリアの件は陛下に代わってわたしがお断りしますので、解決ですね」
「ちょ、ちょっと待て! 何を勝手に……」
「勝手はそっちでしょう? わたしに相談もなくイザリアを側妃に勧めるなんて、いくらお兄様でも許しませんわよ」
「相談しようにもお前、手紙の返信をよこさなかったじゃないか! それに、これには深いわけがあるんだ!」
「あら、病人に筆を取れなんて酷なことをおっしゃるのね。それで? 深いわけって?」
ステファヌはつい、と視線を逸らした。
夫と義妹の様子を見ていたルシールが、にっこりと笑みを深める。
「まあ、まさかあの件を、リオン陛下にお話になったのかしら?」
ぎくり、とステファヌが肩を揺らした。
(あの件?)
やはり、イザリアの件以外に何か隠し事があったのだろうか。
ルシールに視線を向けると、彼女はフィリエルに微笑んでからステファヌに視線を戻す。
「あの件は、フィリエル様のお気持ちにお任せするというお話でしたわよね? お義母様も、フィリエル様がこれ以上傷つかないように、こちらで勝手なことはしないようにと、くぎを刺していたはずですけれど……そうですか、言ってしまったんですか、リオン陛下に」
ステファヌが顔色を悪くして、だらだらと汗をかきはじめた。
(お義姉様って、おっとりしているけど、意外と強いのかしら?)
これはちょっと面白そうなので、少し静観しよう。
義姉に任せていたほうがうまく運びそうだ。
「お義母様も、男性は性急で困るとおっしゃっていましたけど、本当に、どうしようもない方ですわね。もしリオン陛下がこちらの提案をお飲みになった場合、そしてその結果フィリエル様が泣くようなことになった場合、どうなさるおつもりだったのかしら? 嫁ぎ先で泣き暮らせと、それが王女の務めだと、そうおっしゃるのかしら? だったら、これまでと大差ないのですから、こちらが無用に引っ掻き回す必要はどこにもなかったと思いますけど、違うのかしら? それとも男性は、一方的な思いを向けられれば女は幸せだと、そうおっしゃるのかしら?」
ゆっくりとした口調で、微笑みを浮かべたまま、確実に兄を責めるルシールにフィリエルは拍手を送りたくなった。
兄がここまで顔色を失くすのを、いまだかつて見たことがない。
(なんか気になる言葉はあったけど、確認は後でいいわ)
これは本当に面白い。
「フィリエル様にご帰国を促すのも、お義母様が直接フィリエル様の気持ちを確かめたいからと、そうおっしゃっていましたよね? ずっとずっと気をもんでいたお義母様の思いを、あっさり踏みにじるなんて……、そんなひとでなしだったなんて……、わたくしも、いろいろ、考え直そうかしら。ねえ、いろいろ」
「ま、ま、待て! ちょっと待て! この件には父上の――」
「あら、じゃあロマリエ国王夫妻の離縁が先かしら……」
「だから待て早まるな‼」
(うわー、なにかしらこれ、修羅場ってやつ?)
よくわからないが、兄夫婦と両親が離婚の危機らしい。
(なるほど、こういう脅し方もあるのね。わたしが陛下に使うことはないと思うけど、なんか勉強になるわ)
ほーほーと頷いていると、ステファヌががしがしと頭をかいた。
どうやら観念したらしい。
「あー、もうわかった! 何を話したかまず説明するから、話しはそのあとにしてくれ」
ルシールは優雅にティーカップに口をつけて、首肯した。
「そうですわね。この先どうするかは、結果を見て検討しますわ」
ステファヌの顔色が、一段と悪くなった。
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