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猫王妃と離婚危機

「愛」とは 3

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「……フィリエル、苦情が来たよ」

 夜。
 晩餐を終えて部屋に戻って来たリオンが、微苦笑を浮かべながら開口一番にそう言った。

「にゃ?」
「イザリアに飛び掛かったんだって? 肩に爪のあとがついたと、執務室に乗り込んでこられたんだが……」
「にゃあ⁉」
(あの子、国王陛下の執務室に苦情を言いに行ったの⁉)

 なんて非常識なと唖然としていると、フィリエルの表情から考えていることがわかったのか、リオンが「今日はどっちもどっち」と嘆息した。

「まあ、何があったのかは兵士から報告を受けているけどね」
「な!」
「不細工って言われて腹を立てたんだって?」
「に、にゃ!」
(そ、そうだけどそれだけじゃないですよ!)
「心配しなくてもフィリエルは可愛いよ」
「にゃー!」
(えへへー)

 ひょいっと膝の上に抱っこされて、ごろにゃーんとお腹を見せて甘えたフィリエルは、ハッとした。

(甘えてる場合じゃない! 側妃問題! あいつ、側妃になった暁にはって言ったもの!)

 今どういう状況かが知りたくて「にゃー」とリオンに訊ねるも伝わらなかった。
 リオンが時計を確認して、フィリエルを抱えたまま立ち上がる。

「お風呂に入ろうか」
「にゃ⁉」
(え? 待って? 今日はお風呂の日じゃないよ⁉)

 どうして当たり前のようにフィリエルをバスルームに連行しようとしているのだろう。
 ぴしっと固まったフィリエルに、リオンがにっこりと笑った。

「おいたをしたからお仕置きだよ」
「にゃ⁉」
「というのは冗談だけど、今日は一緒に入りたい気分なんだ。いいだろう?」
「に……にゃあ……」

 冗談、なのだろうか。目が本気だった気がするが。
 逆らったらよくない気がして、フィリエルは覚悟を決めた。
 とはいえ、怖いものは怖いので、バスタブの中でひしっとリオンの腕にしがみつく。

「そんなに必死にしがみつかなくても、離したりしないよ」
「にゃ」

 よしよし、とフィリエルの頭を撫でていたリオンが、ふと、考え込むように視線を落とした。

「フィリエル、ちょっと訊きたいことがあるんだ」
「な?」
(訊きたいこと?)

 訊かれても、今のフィリエルは猫語しか喋れない。リオンに答えを返すことはできないと思うのだが、それでもいいのだろうか。
 不思議に思っていると、リオンがまた考え込むように黙る。

(やっぱり昨日から陛下、ちょっと変)

 こういうとき、人間の姿だったならば、リオンの相談に乗ってあげることができるだろうか。
 猫のままでもただ聞くことはできるけれど、彼の言葉に答えを返してあげたり、慰めたりしてあげることはできない。

「……フィリエルは、もし、もしもだけど、君をずっと大切に、一生愛してくれるという男が現れたら、どうする?」
「にゃ?」
「その男が結婚したいから俺と離縁してくれと言ったら、応じるか?」
「にゃあ?」
(えっと、何を言っているのか意味がわかりません)

 リオンは何の話をしているのだろう。

「女性はやっぱり……、愛されたいものなのだろうか」
「なー?」
(女性はというか人間誰しも愛されたいものだと思いますけど……)

 リオンだってそうではないのだろうか。
 母親に拒絶され傷ついたのが、彼の人間嫌いの根底にあると思う。もちろんそれだけではないだろうが、少なくとも王太后がリオンを慈しみ愛してくれたら多少なりとも違っていたはずだ。

(陛下も誰かに愛されたい人だと思いますよ)

 ただ、拒絶されるのが、裏切られるのが、怖いだけだろう。だから人が信じられなくて心を閉ざしていたのだ。

「フィリエルは、愛されたいか?」
「にゃあ!」
(それはもちろん!)

 リオンの「訊きたいこと」の意味はよくわからないが、愛されたいかと訊かれて出せる答えは一つしかない。
 大きく頷くと、リオンがどこか淋しそうに、「そうか」と言った。

「……でも俺には、その『愛』というものが、わからない」

 それきり、リオンは黙り込んでしまった。





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