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猫王妃と離婚危機
もう一つの理由 3
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午後になってリオンが迎えに来たので、彼に抱っこされて、フィリエルは王妃の部屋に向かった。
ステファヌたちはまだ来ていない。
部屋に入ると、フィリエル人形がベッドに横になっていた。
「確か、喋る機能を起動するには右肩に触れろ、だったよな。……不安しかないが」
ステファヌたちが見舞いに来ているのに、「フィリエル」が終始無言であれば怪しまれる。
よって、ステファヌたちが来ている間は喋る機能を起動させておこうということになったのだ。究極の二択による、苦渋の決断である。
(大丈夫かなあ)
ぱちぱちと瞬きをしている人形を見て、フィリエルは唸った。何度見ても自分が変になったみたいで気持ち悪い。
リオンがフィリエル人形の右肩に触れ、喋られるようになったかを確かめるために「おはよう、フィリエル」と話しかけた。
「今は朝ではなく昼です」
「…………不安だ」
(…………不安だわ)
そこは素直に「おはようございます」と返しておけよと、フィリエルは心の中で嘆息した。
しかし、今はもうこの不安しかない人形にすがるしかないのだ。
フィリエル人形は話しかけない限り反応しないようなので、リオンとフィリエルはステファヌたちが来るまでソファで待つことにした。と言っても、フィリエルはソファではなくリオンの膝の上だが。
リオンに背中をなでなでされて、うとうとしはじめたとき、コンコンと扉が叩かれた。
リオンが誰何すると、外からステファヌたちを案内してきた騎士団長が「お連れいたしました」と返事をする。
フィリエルは、ぴょんとリオンの膝から飛び降りた。
もし問題が発生したらすぐに対応――すなわち大騒ぎをしてステファヌたちの気を引けるように、ベッドに飛び乗る。
リオンが許可を出すと、扉が開いてステファヌとルシール、それからイザリアが入って来た。
ステファヌがまずフィリエルの見舞いの許可を出したリオンへ礼を述べる。
イザリアは物珍しそうに部屋の中を見渡していたが、ステファヌとルシールは内装には目もくれずベッドに近づいてきた。
「フィリエル、調子はどうだ? 昨日無理をしたんじゃ――」
「病気です」
「…………え?」
(全然だめじゃないー!)
ステファヌが目を点にしたのを見て、フィリエルは心の中で悲鳴を上げた。
しかしさすがに目の前の「妹」が人形だとは思わないのだろう。ステファヌが戸惑ったように視線を動かし、こほんとひとつ咳ばらいをする。
「そうだな、わかり切ったことを聞いて悪かった。それで、具合はどうだ」
「病気です」
「いや、病気なのはわかったが、具合だ具合。悪いのか?」
「わかりません」
「え?」
「義兄上! 侍医によると数日寝ていれば回復するだろうということです!」
リオンが慌てて口を挟んだ。
「だそうです」
と、フィリエル人形が余計な合の手を入れる。
フィリエルは今すぐフィリエル人形の口を塞いでやりたくなった。
ダメダメだ。ダメダメすぎる。むしろ喋る機能を起動させない方がよかったかもしれない。
ステファヌが怪訝そうにリオンとフィリエルを交互に見やった。
「それならばいいんだが……。もし体調がそれほど悪くないなら、フィリエル、私と二人きりで少し話をしないか?」
(だめー‼)
「わかりまし――」
(わかるなー!)
「にゃああああああ‼」
フィリエルはたまらずフィリエル人形の顔に飛び掛かった。
ステファヌとルシールがギョッとして「フィリエル⁉」と声を上げたので、もしかして正体に気づかれたかと思ったが、どうやらそうではなかったらしい。
猫に飛び掛かられたフィリエルを心配しているようだ。
イザリアは「本当に凶暴な猫ね」と顔を引きつらせている。
リオンが慌ててフィリエル人形の右肩に触れて喋る機能を消すと、ははは、と乾いた笑い声を立てた。
「きょ、今日はあまり体調がよくないようなので、このあたりで勘弁してやってください」
「いや、リオン陛下、それより猫が……」
「あの猫とフィリエルはとても仲がいいので大丈夫ですよ。せっかく来ていただいたのに申し訳ありません。行きましょう」
「もう少し妹の顔を見ていたいのですが……」
「また今度の機会ということで!」
リオンがぐいぐいとステファヌの背中を押す。
ステファヌは訝しそうに眉を寄せたが、この国の王であるリオンに逆らってまで居座り続けることはできないので、渋々と言った様子で妻とイザリアを連れて部屋を出た。
ぱたん、と扉を閉めると、リオンが大きなため息を吐く。
「……ご、誤魔化せたか?」
「みゃー」
(怪しまれたに一票)
もうこの人形、ヴェリアに頼んでただ寝ているだけの人形にしてもらった方がいい気がした。瞬き機能とかいらないから、ずっと目を閉じさせていてほしい。
ものの数分で終わった見舞いに、この後リオンがどのようにステファヌたちに言い訳をするのか、想像するだけで申し訳なくなって来る。
(もう一回、人に戻れないかなあ)
フィリエルさえ元に戻ればどうとでもなるのだが、「戻りたい」と願っても戻れないのがこの魔法の残念なところだ。
フィリエル人形の顔に張り付いたままのフィリエルを、リオンが腕に抱き上げる。
「なあフィリエル。君の兄上は、あれで納得したと思うか?」
フィリエルは即答した。
「にゃあー」
(無理だと思います!)
ステファヌたちはまだ来ていない。
部屋に入ると、フィリエル人形がベッドに横になっていた。
「確か、喋る機能を起動するには右肩に触れろ、だったよな。……不安しかないが」
ステファヌたちが見舞いに来ているのに、「フィリエル」が終始無言であれば怪しまれる。
よって、ステファヌたちが来ている間は喋る機能を起動させておこうということになったのだ。究極の二択による、苦渋の決断である。
(大丈夫かなあ)
ぱちぱちと瞬きをしている人形を見て、フィリエルは唸った。何度見ても自分が変になったみたいで気持ち悪い。
リオンがフィリエル人形の右肩に触れ、喋られるようになったかを確かめるために「おはよう、フィリエル」と話しかけた。
「今は朝ではなく昼です」
「…………不安だ」
(…………不安だわ)
そこは素直に「おはようございます」と返しておけよと、フィリエルは心の中で嘆息した。
しかし、今はもうこの不安しかない人形にすがるしかないのだ。
フィリエル人形は話しかけない限り反応しないようなので、リオンとフィリエルはステファヌたちが来るまでソファで待つことにした。と言っても、フィリエルはソファではなくリオンの膝の上だが。
リオンに背中をなでなでされて、うとうとしはじめたとき、コンコンと扉が叩かれた。
リオンが誰何すると、外からステファヌたちを案内してきた騎士団長が「お連れいたしました」と返事をする。
フィリエルは、ぴょんとリオンの膝から飛び降りた。
もし問題が発生したらすぐに対応――すなわち大騒ぎをしてステファヌたちの気を引けるように、ベッドに飛び乗る。
リオンが許可を出すと、扉が開いてステファヌとルシール、それからイザリアが入って来た。
ステファヌがまずフィリエルの見舞いの許可を出したリオンへ礼を述べる。
イザリアは物珍しそうに部屋の中を見渡していたが、ステファヌとルシールは内装には目もくれずベッドに近づいてきた。
「フィリエル、調子はどうだ? 昨日無理をしたんじゃ――」
「病気です」
「…………え?」
(全然だめじゃないー!)
ステファヌが目を点にしたのを見て、フィリエルは心の中で悲鳴を上げた。
しかしさすがに目の前の「妹」が人形だとは思わないのだろう。ステファヌが戸惑ったように視線を動かし、こほんとひとつ咳ばらいをする。
「そうだな、わかり切ったことを聞いて悪かった。それで、具合はどうだ」
「病気です」
「いや、病気なのはわかったが、具合だ具合。悪いのか?」
「わかりません」
「え?」
「義兄上! 侍医によると数日寝ていれば回復するだろうということです!」
リオンが慌てて口を挟んだ。
「だそうです」
と、フィリエル人形が余計な合の手を入れる。
フィリエルは今すぐフィリエル人形の口を塞いでやりたくなった。
ダメダメだ。ダメダメすぎる。むしろ喋る機能を起動させない方がよかったかもしれない。
ステファヌが怪訝そうにリオンとフィリエルを交互に見やった。
「それならばいいんだが……。もし体調がそれほど悪くないなら、フィリエル、私と二人きりで少し話をしないか?」
(だめー‼)
「わかりまし――」
(わかるなー!)
「にゃああああああ‼」
フィリエルはたまらずフィリエル人形の顔に飛び掛かった。
ステファヌとルシールがギョッとして「フィリエル⁉」と声を上げたので、もしかして正体に気づかれたかと思ったが、どうやらそうではなかったらしい。
猫に飛び掛かられたフィリエルを心配しているようだ。
イザリアは「本当に凶暴な猫ね」と顔を引きつらせている。
リオンが慌ててフィリエル人形の右肩に触れて喋る機能を消すと、ははは、と乾いた笑い声を立てた。
「きょ、今日はあまり体調がよくないようなので、このあたりで勘弁してやってください」
「いや、リオン陛下、それより猫が……」
「あの猫とフィリエルはとても仲がいいので大丈夫ですよ。せっかく来ていただいたのに申し訳ありません。行きましょう」
「もう少し妹の顔を見ていたいのですが……」
「また今度の機会ということで!」
リオンがぐいぐいとステファヌの背中を押す。
ステファヌは訝しそうに眉を寄せたが、この国の王であるリオンに逆らってまで居座り続けることはできないので、渋々と言った様子で妻とイザリアを連れて部屋を出た。
ぱたん、と扉を閉めると、リオンが大きなため息を吐く。
「……ご、誤魔化せたか?」
「みゃー」
(怪しまれたに一票)
もうこの人形、ヴェリアに頼んでただ寝ているだけの人形にしてもらった方がいい気がした。瞬き機能とかいらないから、ずっと目を閉じさせていてほしい。
ものの数分で終わった見舞いに、この後リオンがどのようにステファヌたちに言い訳をするのか、想像するだけで申し訳なくなって来る。
(もう一回、人に戻れないかなあ)
フィリエルさえ元に戻ればどうとでもなるのだが、「戻りたい」と願っても戻れないのがこの魔法の残念なところだ。
フィリエル人形の顔に張り付いたままのフィリエルを、リオンが腕に抱き上げる。
「なあフィリエル。君の兄上は、あれで納得したと思うか?」
フィリエルは即答した。
「にゃあー」
(無理だと思います!)
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