上 下
41 / 85
猫王妃と離婚危機

猫王妃の日常 2

しおりを挟む
「にゃあああああああ‼」
(い~や~~~~~~~!)

 フィリエルの絶叫が、バスルームに大きくこだました。

「フィリエル、いい加減慣れてほしいんだけど」
(慣れるかー‼)

 むしろ、自分がフィリエルだと気づかれてしまったから、余計に恥ずかしくて仕方がないのだ。

(猫のシャンプーとか、メイドに任せればいいじゃないっ。なんで相変わらず陛下がわたしをお風呂に入れるの⁉)

 ポリーも少し前に、「王妃様のシャンプーはわたしがしましょうか?」と訊いてくれたのだ。それなのにリオンが「俺がするからいい」とせっかくの申し出を突っぱねてしまったのである。

 フィリエルは未だに人間には戻らない。
 人間に戻ったのは、たった一度、リオンを毒矢からかばおうとしたときだけだ。
 たぶんあの時は、無意識に猫の姿ではリオンを守り切れないと思ったのかもしれない。
 ヴェリアの言う、「本心から人に戻りたいと思ったら戻れる」という言葉の意味はまだ理解できないが、また同じような状況になれば元に戻れるような気がした。

 が、同じような状況とはリオンが命の危険にさらされた時ということなので、もう二度と会ってほしくないと思っている。
 ということは、このままフィリエルは元には戻れないのかもしれない。

(ああ……)

 とりあえず、「王妃蒸発」だと思われていたのが、「王妃猫化」に変わったのだから、少しは状況が改善したとみていいだろうか。
 それともこれは悪化だろうか。
 ともかく、猫であっても王妃がいるからか、リオンへ後妻の話は持ち込まれていないが、そのうち側妃の話が持ち上がるのは必至かもしれない。何故なら猫のままでは妃の務めを果たせないから。

(やだなあ……)

 ブリエットのような女が現れたら、フィリエルはまた噛みついてしまうかもしれなかった。
 王太后が幽閉されても、リオンの弟エミルは相変わらず城の敷地内の離宮で生活しているし、跡取り問題はそれほど切羽詰まってはいないと思いたい。

 あれからリオンも思うところがあったのか、少しずつ頑張って人とコミュニケーションを取ろうとしている。
 これまで避けていたエミルとも、少しは会話ができるようになったし、エミルはもともと純真無垢で可愛らしい性格をしているので、リオンさえ歩み寄れれば兄弟仲はすぐに改善するだろうと思われた。
 十歳とは言え、王子として相応の教育を受けてきたエミルは、母が捕縛されて幽閉されたことにショックは受けたものの、国王を殺害しようとした罪の重さは理解しているようだった。
 まだ完全にはその事実を消化できてはいないようだが、判断を下したリオンを責める様子はない。むしろ、一緒に暮らしていた母親がリオンの命を狙っていたことに気づけなかった自分を責めているようだった。

(エミル様可愛いのよね~)

 王太后を幽閉してから、リオンも気を使ってエミルの様子を見に行くようになっている。
 準備が整い次第、エミルを離宮から城の部屋に移すとも言っていた。

「フィリエル、泡を流すぞ」

 できるだけ現実を見ないようにしていたのに、リオンのその一言で現実に引き戻されてしまった。
 わしゃわしゃとフィリエルを泡だらけにして洗っていたリオンが慎重に泡を流していく。

(うう、だからね、目の前でね、しゃがまないでほしいの!)

 ぎゅうっと目を閉じてフィリエルはぷるぷると耐える。
 絶対見ない絶対見ない絶対見ないと心の中で唱え続けていると、「相変わらず水が怖いんだな」とリオンが苦笑した。

(水も怖いけど、それ以前の問題ですっ)

 ヴェリアに、一緒にお風呂は嫌ってリオンに伝えてほしいと頼んだのに、「人間に戻ったらもっとすごいことをするんだから、今から慣れておいた方がいいんじゃないのかい」とさらっと言われて脳が沸騰しそうになったし、リオンはリオンでヴェリアの「この子が、人に戻りたいと心の底から思うように、これからこの子を大切にすることだ。でないと、あんたの妻は一生猫のままだよ」という余計な言葉の意味を、スキンシップを取ることだと曲解している節があった。
 裸のお付き合いをスキンシップの一環にされたらたまったものではないが、フィリエルの苦情をヴェリアが通訳してくれないからどうしようもない。

「はい、終わり」

 泡を流し終わったリオンが、ひょいと濡れネズミ状態のフィリエルを抱えてバスタブに入る。
 この暑い初夏に温かいお風呂とか意味がわからないと、フィリエルはぐてっとリオンの腕によりかかった。
 これから夏本番になっていくと思うと北の国に移住したくなってくる。

「みゃ~」
(そろそろ上がりたいな~)

 上目遣いで訴えてみると、どうやらリオンに心が伝わったらしい。
 リオンはにっこりと微笑んだ。

「あと十秒ね」
「にゃ~にゃ~にゃ~にゃ~にゃ~……!」

 早くお風呂から上がるべく、フィリエルが高速で猫語で十を数えだすと、リオンに何故か爆笑されてしまった。




しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす

リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」  夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。  後に夫から聞かされた衝撃の事実。  アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。 ※シリアスです。 ※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。

あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します

矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜 言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。 お互いに気持ちは同じだと信じていたから。 それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。 『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』 サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。 愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。

酒の席での戯言ですのよ。

ぽんぽこ狸
恋愛
 成人前の令嬢であるリディアは、婚約者であるオーウェンの部屋から聞こえてくる自分の悪口にただ耳を澄ませていた。  何度もやめてほしいと言っていて、両親にも訴えているのに彼らは総じて酒の席での戯言だから流せばいいと口にする。  そんな彼らに、リディアは成人を迎えた日の晩餐会で、仕返しをするのだった。

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

処理中です...